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【第14話】人間と人外の溝

「ふーん、それで志乃は微妙な顔してたんねぇ……」

「う、うん……」


 その日の昼休み。

 結局、日南からの疑いの念が晴れることはなく、志乃は思った事全てを詳らかに述べさせられていた。やはり日南に対して隠し事などできる訳が無かったのだ。

 日南は眉間に皺を寄せて、購買部で買ったメロンパンとコーヒー牛乳を両手に志乃の話に耳を傾ける。それに対して志乃は美麗作手作り弁当をつつきながらも、日南の剣幕に冷や汗をかく始末だ。


「志乃は知らないかもしれないけど、日本では人外と人間の関係って結構寛容というか、世界的に見るとあり得ないくらい仲がいいのよね」

「え、そうなの? てことは……」

「そう、海外では人外と人間は今にも戦争が勃発しそうなくらい仲が悪いところだってあるし、そうでなくとも、お互い干渉はしないって言うくらいギスギスしてんの」


 日南はなんでもなさそうな様子で話をしていたが、志乃にはその事実は衝撃的なものだった。持っている箸は動きを止め、志乃は少し俯いた。

 志乃は人外と人間が争っている場面を見たとこがない。ましてや種族という理由だけで罵ったり、不快にするような言葉を吐いている人を見たことが無かった。だから日南の言葉を聞いて、驚きもしたがそれ以上に悲しくなったのだ。


「ってことは、この前、萌黄ちゃんと話してた人外からしてみれば虚退治はいい迷惑っていうやつは……」

「もちろんそう感じてる人外は五万といるよ」

「……そっかぁ」


 やっぱり日南はさも当たり前かのように話し、コーヒー牛乳をゴクリと音を立てて飲む。


(やっぱり私はこの世界のことを何にも知らないなぁ……でも)


 志乃は箸を机に置くと、自分の頬を両手で包み込むように叩いた。それに日南はびっくり仰天の表情である。


「志乃!? 何してんの!?」

「いや、悲しんでるだけじゃダメだなって思って、気合を入れ直してたところ」


 志乃のキリリとした表情に日南は「え、え?」と困惑気味であったが、志乃のまっすぐな瞳を見て、すぐに納得の表情になった。


「私、世間知らず過ぎるからもっと勉強して、この世界のことをもっとよく知ろうって思ったの。その決意表明的な?」

「んふふ、んふ……頭脳派なんだか脳筋なんだか……さすが私の志乃。私の笑いのツボをよく押さえてる!」

「むっ! 別に笑いを取るためにやったんじゃないもん!」

「んはは! いや分かってるけど、なんか可愛くて!」


 志乃はポカリと大爆笑中の日南を小突いて怒ったが日南は昼休み中、落ち着いてはまた思い出し笑いをして、という繰り返しでずっと笑い転げていた。




***

(ということは……アリスちゃんって人外が苦手なのかな? 肝心の所を話さずにお昼休み終わっちゃったからな……うーん)


 放課後、志乃は猫矢に呼び出されたおかげで、1人教室で帰る用意をしていた。机の中に入れていたノートなり教科書なりを必要な分、カバンに入れていく。


「そういえば、『あの方』って誰のことだろ……」


 ふと思い立った言葉を誰もいない教室で呟く。普通ならシーンという静寂音が流れる所だが、返答が返ってきた。


「『あの方』っていうのは皇鬼(すめらぎ)陛下のことよ」


 志乃は驚いて、声が聞こえた教室の後ろの扉の方に目をやる。そこには志乃の中で話題の人間、水無瀬アリスが佇んでいた。

 カーテンを全開にしているおかげで教室は橙色のコントラストがかかる。アリスの金色の髪は夕日のおかげで星のように煌めいて見えた。アリスは惚けている志乃には目もくれず、淡々と話をし始める。


「私、生まれも育ちもイギリスなの。一応の父親が日本人だから日本語も完璧に話せるけど、生粋のイギリス人なの、私。だから日本みたいに人外と仲良しこよしなんてそう簡単にできないの。昔から絶対に人外とは仲良くできないって思ってた」

「アリスちゃん……」


 アリスの表情は暗く、俯いているせいで正しい表情が読み取れない。アリスの話は続く。


「人外は所詮、人の理の外にいる存在だから相入れないし、ましては綺麗、美しいなんて絶対に思う訳が無かった。でも」

「アリス、ちゃん……?」


 アリスが顔を志乃に向ける。

 それは笑顔だった。ごく普通の笑顔、怖い要素なんて一欠片もない、可愛らしい天使のような笑顔。

 でも志乃はその笑顔に恐怖を感じた。なぜだか分からないが底知れない何かを感じたのだ。


「でも、皇鬼様だけは違った。あの方は今まで見たどんな麗人よりも美しかった。だから日本に来たの。日本のいい学校を出て、『朧姫』になるために……!」

「朧姫……?」

「私が学校で注目の的になる予定だったのに、志乃ちゃんばっかり注目されて……しかも、今日は恥をかかされた。人外のことをもっとよく知れなんて、そんなことできる訳ないでしょう? バケモノなんてどこから見てもバケモノなの。わかる?」


 志乃の呟きは無視して、暴走したかのように喋るアリス。アリスの表情はずっと笑顔だ。アリスは優雅に志乃の前まで来ると志乃の頬を撫でながら、その群青色の瞳を揺らめかせた。


「志乃ちゃん、私が『朧姫』になったら側仕えにしてあげる。志乃ちゃんは賢いもん。賢い志乃ちゃんなら、分かってくれるよね?」

「それって、どういう……」


 アリスはそれを言うと颯爽と教室から去っていった。

 残された志乃は唖然として、空を見つめる。


(言うだけ言って、消えちゃった……アリスちゃんって私のこと嫌いなのかな……何にもした覚えないけど)


 呆然としながら今アリスから言われた言葉を頭の中で反芻して理解する。その中で何か引っ掛かる言葉があった。


「朧姫……皇鬼陛下……う、あ」


 言葉にした瞬間何とも言えぬ頭痛が志乃を襲う。頭を鈍器で殴られたような、割れるような激痛。ぐわんぐわん、ぐるぐると目眩がする。


「朧月ー忘れ物してるぞ……朧月!?」


 倒れる寸前、猫矢の声が志乃の耳に届いた。そして、志乃は深い眠りについた。

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