【間話】私のかっこいい王子様
私は花香茉莉、種族は夢魔です。
私はある時からずっと自分の種族も、見た目も、釣り合わない名前も全てが嫌になったんです。お母さんからは夢魔として自分に自信を持ちなさいと言われてきましたが、私の心は塞ぎ込んでいきました。
まず、「夢魔」という言葉でどういう人外か連想されるのは、夢の中に現れて性行為をするというモノ。男性なら「インキュバス」、女性なら「サキュバス」と呼ばれる低級の悪魔のことだといつも勘違いされます。でも、「夢魔」は「悪魔」ではないのです。
実は「夢魔」というのは夢の中を自由に、代償なしに行き来できる人外のことなのです。夢の中では夢魔は無敵で、なんでもできます。その能力を用いて、悪夢に魘される人たちから依頼を受けたり、カウンセリングの仕事があったりするんです。
悪魔、という存在は人外の括りには適用されません。実は悪魔は神の括りなんです。天使も然りです。
これは私たち夢魔などの「魔」を冠する一族にしか伝えられていません。夢魔も昔は悪魔に類するモノだったのかも、なんて言われています。
私は小学校6年生の最後の方に開花しました。夢魔の本来の姿は人間と指して変わりません。耳が少しとんがって、尻尾が生えた程度だったのでちょっと残念だったなぁなんて記憶があります。
そこから魅了眼という夢魔の中でも珍しい目を発現させました。周りの人からは先祖返りだと言われてその時はとても嬉しかったです。でもその幸せは長くは続かなかった。
私の周りに無条件に人が寄り付くようになったんです。今まであまり関わったことのない人も集まってきました。その時は魅了眼のせいで仲良くなってるなんて知らなかったので、すっごく嬉しかった。新しい友達ができて、なんだかクラスの人気者になった気分で。小学校のうちは良かったんです。
問題は中学。中学生になると、女子はみんな思春期に入っていました。そうです、恋愛やら人間関係やらでややこしくなる時期です。
その時の私は何もわかっておらず、私は男女構わず、仲良くなりました。最初の方は良かったのですが、1人、また1人と付き合いだす子が現れ出したとき、事件は起こりました。
その日は私と男の子が日直で、放課後残って日誌を書いていたんです。
「西山くん、字綺麗だねぇ! 男子ってみんな字汚いって思ってた」
「おいおい、花香さん! それは男子みんなに対して喧嘩売ってるみたいだぜ?」
「もーそういうことじゃないもん!」
たわいもない話をして盛り上がってたんです。1つの机に向かい合わせに座って。今思えば顔は近かったと思います。
「にしても、花香さんの目、綺麗だよなぁ……」
「そ、そう? えへへ、ありがと」
男子――西山くんはクラスで人気者の男子でした。良くも悪くもモテる男の子で、ファンクラブがあるくらい。私の当時の親友も西山くんのことが好きだと言っていました。
西山くんは私の目を褒めた後も、ずっと私の顔を見ていて、なんだか恥ずかしかったと覚えています。
「なあ、花香さんって、彼氏いる?」
「えっ! い、いないけど……まだ作る予定もないし」
「ふーん、そうなんだぁ……」
親友は本当に西山くんのことが好きだと言っていたので、なんだか嫌な予感がして全力で拒否しました。でも私の勘は当たってしまったんです。
「じゃあさ、俺が彼氏候補1になってもいい?」
彼が太陽のような笑顔でそんな言葉を言ったんです。私は慌てて、「もーまたからかって!」とわからないフリをしました。
でも西山くんは中学生ながらも急に真剣な表情に変わって、
「本気なんだけど」
と囁いてきたんです。
運悪く、その様子を親友が見てしまった。そこからです、地獄が始まったのは。
親友には私の魅了眼の話をしていました。彼女はそれを学校中に言いふらしたんです。
今まで仲良くしてくれていた同級生たちは急に冷たくなり、私は学校でいじめられるようになりました。私は魅了眼が見えないように前髪を伸ばし始め、口調も角が立たないように敬語にしました。それでも特に女の子たちからの罵倒が私の心を壊してしまった。
「ビッチ!」「尻軽女!」「私の彼氏も魅了したんでしょ!」「最低」「こっち見んな、もうその手には乗らないよ」
私は耐えきれなくなって、転校しました。でも最後まで私のことを庇ってくれた人もいたんです。西山くんでした。彼にはずっと感謝しています。別れの挨拶はできませんでしたけどね……
次の中学でも1番仲の良かった大親友に裏切られたことから、馴染むことはできませんでした。学校もほぼ行けておらず、ずっと塞ぎ込んで、お母さんには苦労をかけました。
中3の時、お母さんの親戚から天明学園高等部をお勧めされて、天明学園という学舎の門戸を叩きました。
入学式の日も、クラスのギャルのような女の子たちに、笑われて辛かった。そんなことだけで私の心は折れてしまいそうになる程、自分に自信がなくなってました。明日から休もうなんて考えてるうちに、入学式が終わった後、隣のクラスで事件が発生して2週間学校がお休みになったのは嬉しかったです。
その時に親戚の子にどんな事件だったか聞いて、その突き飛ばされた女の子がすごいと思いました。朧月志乃さん、というらしく、彼女の話をたくさん聞きました。親戚は中等部から通っていたので、彼女のことをよく知っていたんです。話を聞いて、私とは到底縁のない、すごい人だなと感じました。私なんかとは違って、明るくて優しくて強い、そんな女の子。一生関わることはないと思っていました。
2週間後、親戚の子から落ち着くところがあると言って紹介されたのが中庭、「四季の箱庭」でした。
入学式の時は心が折れきっていたので、何もわからなかったんですが、中庭を見て、天明学園に来て良かったと少し思いました。それくらい美しい庭で、それと同時に私には似合わないとも思いました。これが最初で最後だからと思って、中央にあった如何にもご令嬢とかがお茶会をしてそうなテーブルに座って、本を読んでいました。
そんな時、彼らはやってきたんです。私は最初は抵抗しましたが、エスカレートしていく暴言の弾丸に涙が出てしまった。多分それだけではなかったんです、こんなにも理不尽に罵られているのに、周りの人たちは誰も助けようともしない。食堂の人たちにも声は届いているはずなのに。私はやっぱり罵られることがお似合いなんだ……と。
「あっははははは……! 何、人外がみんな綺麗って言うのは訂正したほうがいいんか? ブスばっかじゃん!」
「ぷ、クスス……結局は人間様の方が上ってことだよ」
「ふーん、それって日南ちゃんと私のことかな?」
「そうそう、そんな名前のやつだった……ってお前!」
私ではない誰かの悪口を言い始めた時、彼女は現れました。急に現れた彼女に向かって相変わらず暴言を吐いていましたが、彼女は全く動じず。
「別に、私のことはいいんだけど……日南ちゃんと、この子の事、馬鹿にするのは許せないなぁ」
でもそんな彼女は自分の友達の分だけでなく、私の分まで怒ってくれた。
「君たち人間にはわからないかもしれないけど、人外は違う種族でも家族のように手を取り合ってさまざまな愛を交換するんだよね。友愛、敬愛、恋愛、家族愛……人外は仲間に対する愛が深いんだ。だから見過ごせなかったって言うのかな? まぁただ単に泣いてる女の子を放っておける訳ないって言うのも理由、かな?」
王子様みたい、だなんて女の子に対して思ってしまうくらい輝いていてカッコよかったんです。でもまた暴言が吐き出されて、ついに暴力まで振ってきました。頬を叩かれた衝動で眼鏡が吹き飛びました。しかし彼女のその素顔に、私は見惚れてしまった。私の魅了眼よりも美しい紫の瞳。本当に綺麗だったんです。
私が見惚れているうちに、あれよあれよとことは解決? そして私と彼女でお話をすることになりました。
彼女は見ず知らずの私のことを純粋な瞳で褒めちぎり、私は困惑しました。そして、彼女が朧月志乃さんだったのです。
朧月さんは話せば話すほどに私のコンプレックスを褒めていきました。そして私の中でずっと渦巻いていた闇をいとも簡単に消し去ってくれた。
「魅了して、何が悪いの?」
「お母さんから聞いた話なんだけどね、人外は元から人を惑わすために綺麗な見た目の者が多いんだって。だから私も『他人を魅了する』なんて能力は持ってないけど、茉莉ちゃんは私のことを綺麗だと思った。私は茉莉ちゃんのことを可愛いと思った。茉莉ちゃんは他人よりも魅力的だから他の人よりもちょっとだけ注目を集めてしまうだけ。人外はね、他人を魅了する生き物なんだよ。可愛くて、美しいそんな存在に誰もが憧れている。魅力的で、綺麗で、可愛くて何が悪いの?」
朧月さん――志乃ちゃんは妖艶な笑みで私自身を見てくれる。
私は彼女の意見を採用して、前髪を切った。少し失敗して結局はお母さんが手直しをしてくれたけど。
前髪を切った瞬間から、私の世界には輝きが戻った。
前髪で隠れていた世界の煌めきが見えるようになった。
私は志乃ちゃんがかけてくれた言葉の全てを忘れない。忘れてなんてやるもんか! 今度こそ、自分と向き合うんだ。志乃ちゃんが私のことを見てくれたように。私も私のことを見てあげよう。
志乃ちゃん、ありがとう。ずっとずっと志乃ちゃんの側にいる。志乃ちゃんの心がもしも壊れてしまった時には私が修復してあげる。私の恩人、かっこいい私の王子様!




