【間話】美しいと思える存在
俺はこれまでの人生で、今まで見てきたどんな高価な価値のある美術品よりも、美しいと言われる女優のような人間よりも、綺麗で美しい人外を2度、目にした。
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俺は来栖旬。日本を牛耳る来栖グループの社長子息だ。
来栖グループは偉大だ。
現存する平安から続く由緒ある華族であり、様々な分野に必ず1つは傘下の企業が存在しており、世界的にも有名で来栖の名前を知らない者はいない。政界にはお祖父様がいるので、政界での活躍も凄まじいものだ。ついには日本は来栖グループによって生かされている、動かされているなんて囁かれるほど、その力は凄まじい。
俺もその凄さを身をもって体感してきた。学校に行けば俺に逆らう奴なんていないし、もし逆らったり突っかかってきたりしても、来栖家の力で消し去ることができた。
来栖家は大昔は陰陽師を輩出してきた力ある家系だったからか、その力が失われた今でも人外を嫌っている。そういう俺も人外は嫌いだった。だから中学までは人間だけが通う普通の学校に通っていた。しかし、来栖家では人外に敵意がない事を表面上見せつけるために必ず高校からは天明学園に入学しなければならない決まりがあった。
俺は普通に受験勉強をして普通に合格して見せた。お祖父様からは天明学園には伝手があるから、勉強などしなくとも良い、と言われていたが、俺にもプライドはある。コネで入学なんてダサいことは俺のプライドが許さなかった。天明学園くらい、余裕で合格できるという事を来栖家の人間に見せつけてやりたかったんだ。
父さん、来栖グループ現社長は俺に関してあまり興味がない。俺には俺の他に2人の兄と1人の妹がいる。2人の兄はどちらも俺よりも要領がよく、頭の出来がいい。父さんはそっちにご執心なんだ。俺とたった1人の妹には全くと言っていいほど関心を示さない。でも一度だけ俺に関心を示した時があった。
俺が誘拐された時だ。いや、違うか。俺が開花武器を手にした時だ。
俺が小学生の頃、学校に俺を狙う組織の奴らが侵入してきて、誘拐された。俺はもちろん怖くて泣きそうだったが、父さんがどうにかしてくれると思っていた。しかし、身代金や会社の情報などを渡せと言ってきた組織に対して、父さんはその要求を無視した。結局俺は警察に助けられて、今ここにいる。
父さんが要求を無視したことによって俺は殺されかけた。その時にこの開花武器「鷹落」を手にしたんだ。
家に無事帰ってきた俺は父さんが要求を無視したことが信じられず、とりあえず開花武器のことを話した。すると、どうだ。今まで俺のことなんて1回もまともに見たことのなかったあいつが嬉しそうに開花武器を見せてくれと言い出したのだ。幼かった俺はやっと自分を見てくれたと勘違いをして、開花武器を見せた。父さんは開花武器を乱暴に奪うと美術品でも見るかのように嬉しそうに「やっとうちから力を持った奴が生まれてきた」と言った。
その言葉を聞いて、俺は絶望した。
結局は俺自身ではなく、開花武器という力を持った子供を見ていただけだったのだ。そこから俺は父さんに期待しなくなった。
まぁこんなくだらない話はさておきだ。
俺はお祖父様に様々な絵画などの美術品を見せてもらった。来栖家の人間たるもの、いろんな教養はつけておいて損はない、と言っていた。美術品だけでなく、様々な土地の景色も見にいった。お祖父様のフットワークの軽さにはいつも驚かされるよ。そしてハニートラップに引っかからないため、とか言って有名な女優にもたくさん会った。俺からしたら化粧と香水で自分を塗りたくってるただのバケモンだったが。世間的にはあれは美しい・綺麗って部類に入るんだろうな。
ある日、お祖父様の部屋に行くと、部屋から怒鳴り声が聞こえてきた。
「緋桜の女狐めっ! わしがあの手この手を使って手に入れようとしていた土地を、簡単に掻っ攫いよって!」
「どうしたんですか?」
「うん? 嗚呼、旬か……いやなに、わしが手に入れようと躍起になっていた土地を先に契約されてしまってな……くそっ緋桜財閥……大きすぎる目の上のたんこぶじゃわ……」
緋桜財閥というのは、明治時代からある企業だ。
昔から来栖グループと緋桜財閥はライバル関係にあり、仲が悪い。嗚呼、緋桜財閥の総帥や上層部が人外だという点も仲が悪い原因の1つだ。
来栖家が日本を裏から支配しているのでは、と噂されているが、あれは来栖家の人間が流した自作自演の話だ。実際のところは緋桜財閥の方が日本を支配していると言われてもおかしくない。それくらい大きな組織なんだ。
「近々、企業同士のパーティが開かれるが…………お前も緋桜の女狐を一度くらい拝んでおけ。あれはわしの知るどんなに美しいと言われる女よりも綺麗な顔つきをしておる。あれが人外でなければ求婚しているくらいじゃ……」
お祖父様の言葉で俺はパーティに出席する運びとなった。
パーティは来栖グループが他の企業と仲良くするために主催しているものだった。
パーティ会場は明治時代に建設されたにもかかわらず、様々な天災にも耐えてきたと言われる、人外の知識と技術が凝縮された「月ノ宮公会堂」と呼ばれる館で行われた。
少しアンティーク調な内装で落ち着いた雰囲気の会場とは裏腹に、人々は作られた笑みを浮かべて談笑し、盛り上がる。
「旬や……あれじゃ、あれ」
お祖父様が指差した場所にいた女は今まで見たことがないくらいに美しかった。女にしては少し身長は高く、艶めく黒い髪を赤い紐でポニーテールにしている。そこまではその辺の人間と指して変わらない。しかし、赤い瞳だけは全てを見抜いているのではと思うくらい、深く、綺麗な赤だった。
その女が俺の短い人生の中で見た、1度目の綺麗だと思ったモノ。
そして、2度目は――
「……ふふっ! 先に手を出したのはあなた達の方だから、正当防衛だよねぇ?」
俺の取り巻きを勝手にやってる女からほっぺたを叩かれて眼鏡が取れたその素顔に俺は言葉を失った。
夕日によって少しオレンジがかっている黒い髪が風でゆらめく。妖艶な笑みを浮かべたその口元は綺麗な形をしていて、紫の瞳はギラギラとギラついている。
今日、籠屋日南とかいう女と喧嘩した時に仲裁に入った女――朧月志乃。
あの時は人外のくせにパッとしない顔の女だと思っていた。まさか、あの眼鏡は認識阻害眼鏡か?
気づけば俺は人が来たせいで逃げていた。1度目は何歳かもわからない人外の女だったが、今回は15歳、俺と同い年の人外の女だった。俺は一瞬、欲しいと思ってしまった。手を伸ばせば届く距離にいる綺麗で美しい存在。俺は存外美しいもの好きなのかもしれない。
次の日、学校に行くとまた籠屋日南に絡まれ、あろうことか数発殴ってきた。俺はもちろんブチギレたが、女は全く反応を示さずやり切った顔で去っていった。
俺は欲しいものは絶対に手に入れる主義だ。
人外は嫌いだが、美しいモノは嫌いじゃない。いつか絶対俺のもんにしてやる。朧月志乃、その首洗って待っとけ。




