【間話】興味を惹くモノ③
「ナウマク・サンマンダ・ボダナン・カン・カク・ソワカァッ! 天鼓響かせ、雷鳴轟けっ! 雷電招来っ!」
――ドーンッ! バチバチィッ!
僕の兄、桃麻が雷電招来の呪印を結び、叫んでいた。雷は家の屋根を突き破り、女に直撃する。その隙に僕は女の鎌を退け、兄さんの方まで逃げた。
「大丈夫かっ!? 大きな音がしたから来て見たら、お前が組み敷かれてるから……もうすぐ親父も来る。2人で持ち堪えるぞ……!」
「……あ、ありがと、兄さん…………でもあれは直撃を免れなかったんだ。どうにかなるさ……」
僕が女の方を見た時、廊下には女の姿はなかった。急いで、外を見る。
女はゴキゴキと肩を回して、伸びをしていたのだ。兄さんは信じられないという表情で女を見ている。
「は、な、なんで……直撃してたろ……」
「うーん、やっぱり肩こりには電気だよねぇ! 少年、ありがとねぇ!」
女は雷のことを電気、と言った。雷電招来の術は並の術師には扱えない。兄さんは厳しい修行の末に習得していた。それくらい、高等な術式なのに。その時、援軍が到着したようで、辺りを照らす眩い照明の光と大勢の人影が現れた。
「遅くなってすまない! お前たち大丈夫か」
焔朝の陰陽師たちだった。父が心配そうにしかし、油断せずに俺たちに話しかける。俺はそこでやっと安堵した。この大勢の人には女も驚いたようで、深紅の大鎌を杖のようにして体重をかけて呟いた。
「……人、多いなぁ……こんな大騒ぎになる予定では無かったんだけどなぁ……うーん」
照明の光で女の顔は普通なら見えるはずなのに、フードの暗がりのせいで一向に見える気配がなかった。それでも、女が困惑しているのは分かった。焔朝の作戦部隊長っぽい人が女に話しかける。
「どこの人外か知らんが、お前には陰陽師重要拠点侵入罪及び、人間に対する傷害罪等々の容疑がかけられている。大人しく武器を置いて、投降せよ!」
「え、やだよ……」
女は当たり前のように拒否する。そして焔朝などいないかのように、僕の方を見てこう言った。
「ねぇ君さぁ……とっとと約束してくれないかな? 不用意に嗅ぎ回らないって言う約束。約束してくれて、ちゃんと守ってくれるなら、私もさっさと帰るからさぁ」
その言葉に兄は怪訝な顔で女に尋ねる。
「……何を調べないで欲しいんだ?」
「君には聞いてない。そこの眼鏡の少年に聞いてる。ねぇどうなの?」
女は有無を言わさないような圧で僕を責め立てる。僕が答えようとした時、焔朝の陰陽師たちが動いた。
「恵土の土気より、隆起し固めよ。それは渦巻く竜と成る」
「輝剣掲げて、照らし給え。それは千剣の雨と成る」
女の足元の土が竜のように巻き上がり、女を封じ込める。そしてそこに金属の槍の雨が降り注いだ。
「ここで処罰……と言うのはとても心苦しいが、お前はとてつもなく危険だ。大人しくなってもらう」
作戦部隊長の男がボソと呟いていた。僕はあの時、約束すると言いかけたのだが、言えなかったのは少し心苦しかった。しかし、僕がしんみりするには早かった。
「あのさぁ、さっきの雷、わざと受けたんだけど……あれで分からなかったのかな?」
女は金属の槍が刺さっている土の中から声を上げると、土も、槍も、陰陽師の人間も、そこにあった全てを大鎌で薙ぎ払ったのだ。女は無傷で、ブンブン鎌を振り回している。
陰陽師たちは術が振り解かれる、ましてや無傷で振り解かれるなんて思っても見なかったのだろう。唖然としている。中には戦意を喪失したものもいるようだった。
「陛下、お時間です。御戯れもほどほどに」
女の後ろにいつの間にか黒と赤のメイド服の少女がいた。前髪が長いせいで片方の目は隠れている。もう一方の桃色の瞳は冷静に状況を把握しているようで、言葉は淡々と事実を述べる。女はそれを聞いて、「えー!」と声をあげた。
「もうそんな時間!? まじかぁ……まぁちゃっとやってちゃちゃっと帰る予定だったからな……こんなことになるなんて予想外だよ……」
女はそう言うと、大鎌を消失させて代わりに血を一滴、その場に垂らした。すると、どこからともなく、純白で金の装飾と赤い薔薇が美しい、豪勢な扉が出現した。
僕ははっと我に帰って、女に言葉を伝えようとした。
「ふふ、分かってるよ、目は口ほどにモノを言う。君のその表情で言いたいことは分かっている。だから……」
美しい装飾の扉は開かれる。
「ちゃんと約束は守ってね、雷の愛し子よ」
そう言って女は消えた。
その後は大変だったよ……父さんにも兄さんにもめちゃくちゃ怒られるし、焔朝はメンツ丸潰れだから、必死に僕が調べてたこと言えって言ってくるしで、もう僕はヘロヘロ。この一連の事件が、猫矢先生の言ってた「好奇心は猫をも殺す」なのかなぁ……そうなんだろうなぁ……
にしても、焔朝の陰陽師たちが手も足も出ない存在って……一体あなたは何者なんですか……朧月さん……
僕はここで思いついた。もう朧月家のことを調べたりはしないけど、朧月志乃さんだけを観察するのはいいのでは、と。
観察……ゲフンゲフン、見守るのは大人として当たり前のことだから、約束を破っていることにはならない! と言う訳でこれからも朧月さんの見守りは続けていくよ! いやぁ僕ってやっぱり天才だよね!
アクション回でした。どうだったでしょうか。この世界が少し垣間見えたのなら光栄です。




