【第10話】魅力的なあなた
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田中とその仲間達は「俺らそろそろ帰るわ」と言って、志乃と女子生徒のことを見て何か悟ったのか颯爽と去っていった。志乃は昔から何かと気にかけてくれる田中の存在をありがたく感じていた。
蒼真と紅賀は志乃がまた危険な目に遭うといけないと言って残ろうとしていたが、田中が帰り際に何か耳打ちしてくれたおかげで蒼真と紅賀もそそくさと帰っていった。
田中が何を察したのか、それは――女子会、である。女子会と言っても2人だけなのだが。
志乃は先ほどの言い合いの素となった中庭の中央にあるアンティーク調のテーブルやら椅子などが置かれた空間に移動し、女子生徒を座らせる。一向に話し出さないので、志乃は痺れを切らして頭をかきながらどこか申し訳なさげに謝罪した。
「えっと、さっきは大丈夫だった? 助けるの遅くなってごめんねぇ!」
志乃の謝罪に対して、今まで俯き加減であった女子生徒はサーモンピンクの髪をバッバッと振り乱して反応する。
「あ、あなたが謝罪するのは違いますっ! 周りに誰もいなくて、心細くて泣いてしまった時に肩を持ってハンカチを渡してくれたあなたにはとっても感謝しているんです! だから謝らないでくださいっ!」
志乃は彼女がこんなにも喋る人だったとは思わなかったので、思わず「プッ」と吹いてしまった。
「ふ、ふふ……! ごめんね! さっきとは違っていっぱい話してくれるから思わず、笑っちゃった! 君、こっちの方がいいよ! 明るくて私は好き!」
「ふ、ふぇ……」
志乃の言葉に過剰に反応する女子生徒。そんな彼女の反応を見て、志乃はふと思い出した。
「そういえば、あなたの名前は? 私は朧月志乃! 1年B組で小等部からずっとここに通ってるんだ!」
「あ……えと、花香茉莉と言います……私も1年でC組です……高校からの入学です……」
「へぇ! 花香茉莉ちゃんかぁ! 茉莉ちゃんにぴったりの名前だね!」
「え! あ、え、そうですかね……嬉しいです。私なんかには勿体無い名前だってずっと思っていたので」
茉莉のその言葉に志乃はキョトンと首を傾げた。
「勿体無いって……茉莉ちゃん、もしかして気づいてない?」
「な、何がですか……?」
茉莉の前髪の隙間からエメラルドグリーンが覗く。志乃は茉莉の前髪を上に退けた。
「やっぱり! とっても綺麗な目だねぇ! こんな綺麗なエメラルドグリーンの瞳って私見たことないかも……! 本物の宝石みたい!」
前髪を退けると、髪と同じ色のサーモンピンクのまつ毛の中に大きなエメラルドグリーンの宝石がはまっていた。くりくりとした大きな瞳に、すらっとした鼻、形のいい口。茉莉は本人は気が付いていないが、相当な美人であった。
志乃が茉莉の瞳をほめると、耳まで真っ赤にして恥ずかしそうに、そしてなぜだか申し訳無さそうに顔を背けた。
「ん? 綺麗な目なんだから、前髪切ったらいいと思うんだけどなぁ……」
「だ、ダメなんです! 私の目が綺麗だって感じるのも朧月さんが魅了されているからで……」
「魅了して、何が悪いの?」
「へ?」
思ってもみなかった返事をされて茉莉の声は裏返る。志乃は自分の眼鏡をとり、またもや茉莉の前髪を退けて目を見た。
「茉莉ちゃんは、私のことどう思った?」
「え……その、とっても綺麗だなって思いました……私なんかと違って……」
「ふふっありがと! お母さんから聞いた話なんだけどね、人外は元から人を惑わすために綺麗な見た目の者が多いんだって。だから私も『他人を魅了する』なんて能力は持ってないけど、茉莉ちゃんは私のことを綺麗だと思った。私は茉莉ちゃんのことを可愛いと思った。茉莉ちゃんは他人よりも魅力的だから他の人よりもちょっとだけ注目を集めてしまうだけ。人外はね、他人を魅了する生き物なんだよ。可愛くて、美しいそんな存在に誰もが憧れている。魅力的で、綺麗で、可愛くて何が悪いの?」
その言葉に茉莉は目を輝かせる。志乃は茉莉の表情を見て、ふふと微笑みながら言葉を付け足した。
「そ・れ・と! 『私なんか』って言って自分を卑下しないの! あと、私のことは志乃でいいよ!」
志乃の言葉に少し固まっていた茉莉であったが、パァッと顔を赤らめて宝石のような瞳に少し涙を浮かべ、いつもより輝かせて返事をする。
「はいっ! 志乃ちゃん……!」
2人だけの心の庭には様々な花が咲き乱れ始める。ただの雑草だらけの庭が眩い陽光によって、一瞬にして美しい花園に変わる。
志乃には茉莉がたった今、花開いたような感覚を覚えた。
夕焼けで中庭の草花にオレンジ色のコントラストがかかる。1年中咲き誇れる花たちの様子が変わることはない。しかし今この時だけはいつもより花が艶めいていた感じがした。まるで茉莉花の名を冠する彼女の門出を不思議な庭園の花々が祝福しているかのようだった。
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「おいおいおいおい……! 隣のクラスのピンク髪の子! あんなに可愛かったのか!?」
「化けたもんだよねぇ……あの長い前髪の中にあんな綺麗な目を隠してたなんて……もちろん顔もめっっちゃ可愛いけどな」
次の日、志乃が学校に到着すると、クラスではある女子生徒の話が話題になっていた。しかし、志乃はそれどころでは無かった。なぜなら学校に着いた瞬間、日南という名の鬼が仁王立ちで待ち構えていたからである。
「志乃ぉ……あんた、昨日喧嘩したって聞いたけど、ほんと?」
「うっ……してませ……はい、本当のことです」
志乃は咄嗟に嘘を吐こうとしたが、それは叶わず。すぐに訂正する。志乃は日南の顔が直視できず、斜め下を向いて口をへの字に曲げている。日南は「はぁ……」とため息をつくと、志乃に抱きついてきた。
「えっ!」
「大事になってなくて、よかったぁ……」
志乃は完全に怒られると思っていたので、驚愕の表情だ。一方日南は安堵の表情で志乃を強く抱きしめている。その様子を萌黄がニヨニヨしながら観察している。
「ほっぺた叩かれたみたいだけど、大丈夫?」
「えっ、どうして萌黄ちゃん知ってるの!?」
「えっ! 叩かれたの!? ……あいつら、やっぱ殺しておけば良かったか?」
萌黄はどこから仕入れたのか昨日の正確な情報を持っており、叩かれたことは内緒にしておこうと思っていた志乃には大打撃であった。そして真実を知った日南からは何やら不穏な言葉が紡がれる。
「え、日南ちゃん、もしかして、来栖くんたちボッコボコに……」
志乃が目を点にして言いかけたその時だった。
「志乃ちゃん!」
肩より少し長いくらいのサーモンピンクの髪を揺らして、一際目立つ女の子が入ってきた。花香茉莉である。しかし変わったことが1つあった。
「ま、茉莉ちゃん!? 前髪、前髪どうしたの?」
志乃は昨日とは違って短くなった前髪を見てひっくり返るのではないかと思うくらい驚いた。前髪を切ったおかげで宝石のようなエメラルドグリーンの瞳がよく見える。
「えっと……どうですかね? 思い切って切ってみたはいいのですが、切りすぎちゃって……」
茉莉は眉毛よりも上の方にある前髪をいじいじしながら返事をまった。茉莉の癖っ毛のある髪がツノのようにピコンと跳ねる。
志乃はとても驚いたが、素直に感想を述べた。
「めっちゃ可愛いよ! 明るい感じがしてとってもいいと思う! やっぱり私の目に狂いはなかったね……ふふ」
志乃のその言葉に茉莉はほんのり顔を赤くする。その様子を見ていた日南と萌黄は何かを察したように茉莉の肩を持ってそっと連行していった。
志乃は後に言う。
あの時の日南と萌黄の顔は何かを決意した顔だったと。
実際は決意をしたのではなく、何かと面倒ごとに巻き込まれる志乃を守るため、もとより日南1人によって創設されていた志乃親衛隊に加入しないかという勧誘をしようと息巻いていた顔であったのだった。




