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【第9話】中庭での口論

 志乃はこの八ツ不思議の水瓶を探しにきた訳ではなく、ただ単に一年中咲き続けるという花畑を見たかっただけなのであった。

 小等部の頃に見に行こうとしたのだが、高等部の敷地内に入ることを禁止されていたので、見にいけなかったのだ。


(本当は入学式が終わったら、その日中に見に行こうと思ってたんだけどなぁ)


 日南と見に行きたかったのだが、日南はあいにく家の用事で颯爽と帰ってしまった。


「あ、ついた」


 そうこう思っているうちに中庭へと続く扉がある食堂に辿り着いた。放課後なのもあって、食堂には多数の生徒がお菓子を片手に談笑している。志乃がズンズンと中庭に繋がる扉に向かおうとすると、途中、席に座っていた小等部からの知り合いである田中という黒髪の男子生徒に止められた。


「朧月、今はやめとけって。なんか中庭の方にややこしそうな連中がゾロゾロ進んでいったから、みんな中庭に入らないようにしてるんだよ」

「え、そうなの? ややこしそうな連中って、誰のこと?」


 お互いにこそこそと話し込む。田中の周りの男子たちもうんうんと頷いて同意していた。


「そりゃ勿論、来栖集団だよ……! あいつらに関わってもいいことないから、マジでやめとけ」

「来栖……ああ、あの人か」


 志乃は今日の授業で日南に罵詈雑言を浴びせた人物を思い浮かべた。その時、中庭の方から女の子の声が聞こえた気がした。


「……女の子の声がする。言い争ってるみたい。ちょっと行ってくる!」


 ガクンと体が揺れたと思えば、田中が志乃の制服の袖をひいて必死に止めていた。

 

「待て待て待て、お前、あいつの中学の頃のやばい噂知らないから言えるんだよ! 来栖ってやつは中学の時、何人も退学にさせたって聞いたぜ、だから、その……」

「行くのはやめろって?」


 志乃は田中の手を取って、袖から手を引かせる。そして、ニカっと笑って自信満々に答えた。


「大丈夫! 私強いから!」


 そう言って足早に中庭の方に行ってしまった。最後の笑顔で小等部からの男子たちは少し顔を赤らめて「かっこいいんだから、もう」と女子のように悶えていたことをここに綴ろう。ちなみに田中は眼鏡なしの志乃の素顔を知っている数少ない友達の1人であった。


「いや、そういうことではなく……お前素顔めちゃくちゃ美人だから、目ぇつけられるって話……はぁ」


 1人、諦めて周りの男子と一緒にある場所に向かったのであった。




***

 その頃、中庭――


「あんた、邪魔だからどっか行ってくんない? 私らが今日からここ使うからぁ」


 来栖の取り巻きの女子が1人中庭のテーブルに座っていた女子に突っかかっていた。


「先に座っていたのは私です……! 今日から使うって……ここは共有スペースですよ……!」


 サーモンピンクの髪色の女子も負けじと言い返していた。それがいけなかったのだろう。取り巻きの男子の1人があることに気がついた。


「お前、人外じゃん! へぇ、人外って綺麗な子が多いって思ってたんだけど、こんなもさい陰キャみたいなのもいるんだな」

「……っ」


 その女子生徒は見た目のことを気にしているのであろう。動揺して言葉に詰まってしまった。そこから来栖たちの言葉はエスカレートしていく。


「人外のくせに、綺麗に人間に化けられないって……人外の中のゴミじゃん!」

「顔は綺麗に化けられなかったみたいだけど、体型は綺麗じゃん? どうよ、俺らと遊ばない?」

「キャハハッ! あんたたちこんなのと遊べんの? ウケるんだけど」

「というか下心丸見えすぎ! もっと隠せよぉ! こいつが勘違いしたらどうすんの?」


 長い前髪で顔が隠れている女子生徒はどんどん縮こまっていく。その様子を来栖はニヤニヤしながら傍観していたのだが、唐突に「そういえば」と話を切り出し始めた。


「今日、俺に喧嘩売ってきた女もブスだったな。人間の方は勿論だけど、人外の方もブスでさ……! めっちゃおもろかったわ!」


 その言葉に取り巻き4人は大爆笑である。女子は耐えきれず、とうとう泣いてしまう。


「あっははははは……! 何、人外がみんな綺麗って言うのは訂正したほうがいいんか? ブスばっかじゃん!」

「ぷ、クスス……結局は人間様の方が上ってことだよ」

「ふーん、それって日南ちゃんと私のことかな?」

「そうそう、そんな名前のやつだった……ってお前!」


 志乃は会話に割り込み、泣いてしまっている女子にハンカチを渡して背中を摩っていた。来栖はなんでここにと言いたげな顔で佇んでいたが、取り巻きたちは志乃の顔と制服を見て耐えられないと言う様子でまた笑い出した。


「さっき言ってたやつって、こいつの事? マジでブスじゃん!」

「どんだけブスなんだろって思ってたけど、マジの陰キャで笑うわ!」


 志乃はその様子をただにこやかに見つめて、言い放った。


「別に、私のことはいいんだけど……日南ちゃんと、この子の事、馬鹿にするのは許せないなぁ」


 その言葉に取り巻きの女子は「はあ?」と言い返す。前髪の長い女子生徒はその言葉に驚きを隠せていない。


「わ、見ず知らずの私に対しての言葉でも怒ってくれ……」

「ブスにブスって言って何が悪いのよ! ブスはブス同士慰め合っとけよ!」


 女子生徒の言葉を遮るようにして、取り巻き女子は喚く。それに志乃は見せつけるようにため息を吐いて答えた。


「君たち人間にはわからないかもしれないけど、人外は違う種族でも家族のように手を取り合ってさまざまな愛を交換するんだよね。友愛、敬愛、恋愛、家族愛……人外は仲間に対する愛が深いんだ。だから見過ごせなかったって言うのかな? まぁただ単に泣いてる女の子を放っておける訳ないって言うのも理由、かな?」


 妖艶に、美しく口の形が変形する。女子生徒は髪の隙間から見えるエメラルドグリーンの瞳をキラキラとさせて志乃を見つめていた。志乃も女子生徒に優しく微笑みかける。その様子にイラついた取り巻きの女子は手を振り上げて志乃の頬を引っ叩いた。


――パシンッ!


 志乃の眼鏡は吹っ飛び、志乃は頬を抑えて下を向く。取り巻きの女子2人は志乃の様子を見てご満悦そうに嗤う。取り巻き男子2人は女子の行動に驚いていたが、すぐににやけ顔になって女子と一緒に雑言を浴びせる。


「あ、あんたが変なこと言うから悪いのよ! 頬が腫れていい感じのブスになったんじゃない?」

「というか、この女もいい体つきじゃんかよ! 何? 人外は体型だけは綺麗に変化できるの?」


 来栖は志乃の登場で最初の方はビクビクしていたが、叩かれた志乃を見て愉快そうにしている。


「俺らに楯突いたんだ、今後の学生生活、覚悟しとけよ! ブース?」


 いつまで経っても下を向いている志乃を見て来栖たちはつまらなさそうに顔を顰めた。一方、前髪の長い女子生徒は志乃の顔を見て、言葉を失っていた。


「……ふふっ! 先に手を出したのはあなた達の方だから、正当防衛だよねぇ?」


 志乃は頬を痛がるふりをしていただけだった。母、美麗から素顔は絶対に出してはいけないという約束を思い出してどうしようかと考えていたのだ。

 

 志乃が顔を上げる。

 来栖たちは醜い顔を隠しているのだと勘違いをしていたので、志乃の素顔を見て、皆目をまん丸にして言葉を失った。

 西日で少し橙色に艶めく黒髪、瞳はアメジストのような透き通った紫。まつ毛は長く、目を伏せればまつ毛の陰が頬に落ちる。そして妖艶に美しく笑みを浮かべる小さな口。

 その笑みが美しすぎて恐ろしく感じる。それくらい美しい存在だった。


「な、なによ、その顔……!」


 取り巻きの女子はワナワナと震えることしかできない。来栖はというと、目を見開いて言葉を失っていた。その時、食堂の方から声が聞こえた。


「おーい、朧月ぃ! 兄ズ呼んできたぞぉ! 大丈夫かぁー!」


 先ほど話をしていた田中であった。田中と田中の友達と一緒に蒼真と紅賀が走ってくる。


「志乃! 大丈夫……って、ほっぺた赤くなってんじゃんかぁ!」

「よし、殺す。1回じゃ足りない。3回殺す」

「ハハッ同意」


 蒼真と紅賀が殺気を解き放って臨戦体制に入ったのを見て、来栖たちは急いで逃げていった。ただし、来栖の様子はどこかおかしく、取り巻き達がわーきゃー言って逃げていたのに対し、来栖は無言で去っていったのだ。追いかけようとしていた蒼真と紅賀だったが、女子生徒の声で我に返る。


「ほ、ほっぺた! 大丈夫ですか!? わ、私のせいでぇ……ぐす」

「わ、わわ! 泣かないで! ほら、見てみて? もう赤くないでしょ? 昔から治りは早いんだぁ! だから大丈夫だよ」


 泣き崩れる女子生徒を元気づけるために顔を近づけて頬を見せる。女子生徒は美しすぎる志乃の素顔を間近に見て、うと唸ったが、涙と一緒に堪えた。

 側から見れば百合のように近い志乃と女子生徒を遠目に蒼真・紅賀、田中含める男子達は目を掠めていた。


「清らかすぎて、俺らは入っちゃいけないと思うんだ」

「今回ばかりは同意」

「同じく」


 男子は清らかな乙女のオーラに浄化されそうな気分であった。


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