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早々不一

新編開始です。


「草々不一」


それだけ筆文字で書かれた葉書を前に、僕は頭を抱えていた。


「殿?普通、こう言うのって、お手紙では書き足りない事が、まだありますよ!って意味だと、玉は思っていましたが?違いましたっけ?」


ずずぅ。

自分で淹れた熱いお茶を啜った玉さんが、興味深そうに僕の手元を覗き込んだ。

ついでに、お茶請けから緑色のお煎餅を一枚。

近所のお煎餅屋で何気なく買った抹茶煎餅が、最近の玉のお気に入り。


隣のお菓子入れには、皮に求肥を使ってモチモチ感を増したどら焼きと、栗がたっぷり入った羊羹が入ってたりする。お茶請けの見本市みたいなテーブルだ。

全部、大家さんのお裾分け。

なんでも、松戸市の方に有名な和菓子屋があるそうで、わざわざ買いに行くそうで。


「美味しい朝ごはんをいつもご馳走になっていますし、お野菜をたくさん貰いましたから、そのお返しですよ。」


その和菓子屋の直ぐそばに、千葉銘菓・落花生のサブレの本店があるとかで、ご主人の尻を蹴飛ばして時々車を出させるんだと。


「妹さんからのお手紙ですよね。」


葉書の表を見た玉が、不思議そうに首を傾げている。

玉には、僕が肥後国出身な事しか話していない筈だけど、僅かな材料から見事に真実に辿り着いていた。


「女性だと普通、結びは“かしこ“だと思いますけど?」

「多分、それだけ言いたいことが溜まっているんだろう。葉書や手紙、多分メールでも書き切れない程に。まだ赤ちゃんも小さいのに、何しに来るんだか?」

「怖いです?」


怖い、のかなぁ。

面倒くさい、が正しいかな。

考えてみれば妹には、会社をリストラされて、寮を追い出されたから、市川に越したって、電話とメールで伝えただけだしなぁ。不義理をしていると言われてもおかしくないなぁ。正式にリストラされて、まだ2ヶ月くらいなんだけど。


しかもさっきから、熊本の家にも妹のスマホにも電話は繋がらないし、メールも返ってこない。

何を考えているんだか?というより、何を企んでいるんだか。


「大丈夫です。玉が殿から教わった美味しいご飯でお迎えします。」


一番の問題は、玉さんと同居している事ですが。

側から見たら、家出中学生と同棲にしか見えないし。


★ ★ ★


僕がソファで考え込んでいるのを他所に、お茶を飲み終わった玉は、湯呑みを台所で洗っていた。


二つの水晶玉を周り終えたら、今日は特に外出の予定も必要もない日。

雨はまだ降ってはいないけれど、雲は黒く厚く垂れ下がっていて、いつ降り出すかわからない。

お日様大好きな玉曰く、「午後から本降りだそうです。」って残念そうに乾燥機を回していたし。


などと、すっかり冷めてしまった玉が淹れてくれたお茶を飲み干しながら、胡麻煎餅はどこに埋もれたかとほじくり返していると。


チャイムがなった。


「はぁい。」

割烹着姿の少女が、手を前掛けで拭き拭き狭い玄関に向かって行った。

はて、誰だろう。

大家さんは帰ったし、今日は平日だから数少ないこちらの知り合いは来ないだろうし。


何げにそっちを向くと、玉が困った顔をして帰ってくる姿が見えた。

その後ろからは。


「やるねぇ兄さん。」


その妹がニヤニヤ笑って、何やら黒い箱を振って立っていた。


★ ★ ★


「いやぁね。宗次郎さんから連絡があったんだけどね。」

「どうぞ。」

「あ、ありがとう。」


玉が来客用の茶呑みを差し出した。

因みに、青木さんと大家さんは、とっくに自分の湯呑みを持ち込んでいる。

僕んちの茶箪笥には、僕の知らない食器が日に日に増えてたりする。

…僕んちは一体なんなんだ。


「…………美味しい。こんな美味しいお茶、初めて飲みました。」

「ありがとうございます。みんな美味しいって言ってくださるんですよ。」

「お茶請けが和菓子だらけだけど、兄さんって、そんな趣味だったっけ?ポテチとかスナックが好きじゃなかったっけ?」

「お煎餅はここの駅前に美味しい店があるから、と言うより美味しいお茶が手に入るから和菓子の方が合うだろ。あとはお裾分けだな。」

「そ。良かった。お裾分け貰える様な知り合いも出来ているんだ。」


どうでもいいが、お前これ、この箱、実家にいた頃散々見た芥子蓮根じゃねぇか。

熊本出身者にわざわざ食わせるか?


………………


「宗次郎さんがね。兄さんが女の人2人連れて来たって言ってたから、様子を見に来ました。」


あの人はもうあの人はもう、何バラしてんだよ。


「あと、宗次郎さんに頼まれごとしてるんでしょ。それは私にも手伝えるし、たまには兄さんの顔も見たいし。帰って来なさいよ。」

「それでこれか?」


草々不一とだけ書かれた葉書を投げつける。

「お前の名前が書いて無ければ、スパムだ。スパム葉書だぞ。」

「スパム葉書。それは新しい概念ね。」

間違えて配達されたDMと、な~んにも変わらんがな。


………………


「ところで、貴女が兄さんが連れていた女の人の1人ね。」


あぁ、早速、大変(修羅場?)な事に。

あれこれ言い訳を考えていた最中だったのに。


「はい。私は玉と申します。」

お?

「浅葱の関係者です。母とこちらの方がお知り合いと言う事ですが、母が少しの間、仕事で遠出するとの事で、私は我儘を言いまして、こちらに残りたいと。それでお世話になっています。」

お?お?

「ふーん。」


あぁこら、寝室の襖が開けっぱなしだからって覗き込むな。


「一緒のお布団でお休みですか。仲が宜しい事で。に~い~さ~ん?」

「私の希望です。寂しがり屋なもので……1人で寝ると寝付けないので。母も承知しています。」

「あ?え?そうなの?」

「私も憎からず想っていますし、なんならお嫁さんに貰って頂いても、私的にも、我が家的にも何ら問題はないんですが。何しろ本人がヘタレで。」


なんだこれ。微妙に嘘はついて無いぞ。


「こら兄さん!女に恥をかかせるんじゃありません。」

「お前は自分で何を言っているのか、わかっているのか?玉の歳を考えなさい。」

コイツは、人様の奥さんで一児の母だと言うのに、子供の頃からちっとも変わってやしない。


「結婚するとか、出産・育児を経験したら、私も少しは変わると思ったけどね。兄さんの妹である事に変わりはないのよ。」


だから、僕の周りの女性陣には、何故僕の考えが筒抜けなんだよ。


「知らなかった?私も浅葱の娘だよ。」


便利だな。浅葱の力。


「私に出来る事は、兄さんが何を考えているかわかるくらいだけどね。母さんが教えてくれたのよ。私や母さんは勘の鋭いとこがあったけど、それは血筋で、兄さんは先祖返りで凄い力を持って居るって。だから、兄さんが何か始めたら、貴女に出来る事を手伝いなさいって。」

「母さんは、お前にまでそんな話してたのかよ。」

「亡くなる直前くらいにね。私は小さかったしわからなかったけど、生理が始まったら突然色々わかったの。」

「妹の生理が如何とか聞きたくなかったぞ、こら。」

「父さんが大慌てで役に立たなかったんだもん。母さんが使ってた生理用品の残りをくれたけど、母さん死んで結構経ってたし、お金だけ貰って1人で買いに行きました。上通まで。お釣りで赤組のラーメンを食べました。」

「ローカルネタはやめなさい。」


役に立たないなぁ、親父。

死んでからも、妹に娘に言われてるぞ。


「でね、兄さんが何か知らないけど大きな力を持っていて、いずれ何か始めるって事だけはわかってたの。だから、私はずっと兄さんの言う事を一番に大事にしてたし、私が迷った時は兄さんに必ず相談してたの。今の旦那だって、兄さんが認めてくれたから、まだ早かったとは自分でも思ってたけど、結婚に踏み切れたんだよ。」

「そんな事、一言も聞いていないぞ。」

「知ってる?お母さんが最後、いよいよって時にね。たまたま私だけお母さんについていたほんの数分。殆ど意識のないはずのお母さんが、少しだけ目を開けて、話してくれたの。兄さんがいつか、また逢わせて貰えるからねって。」


親父はそんな事、全く知らずにお袋のとこに行ったんだろうな。


★ ★ ★


「だからね、玉さん。」

「はい。」

「貴女、ちょっと変?いや、なんだろ。普通の女の子に見えるけど?」


ふむ。

「試してみるかなぁ。玉。」

「はい。」

「妹に触ってみなさい。」

「え?あ、はい。」

「え?なになに?」


いつもならば僕の足元で読書をしたりして居る玉は、今給仕の為に台所の入り口に立っている。

僕の指示に従い、妹に手を伸ばして、空ぶった。

「え?ええ?」

玉は、妹に触れなかった。


★ ★ ★


「殿。これは…。」

「まぁ僕の妹だから、えにし的にね。妹の力自体は多分、青木さんより下だろう。彼女は実体験をして居るから。青木さんとの差は、浅葱の血の濃さだと思う。多分、死んだお袋も、このくらいの力を持っていたんだと思う。おそらく、宗次郎さんもね。」

「なるほど。」


すかっ。すかっ。

妹は玉の身体を抱きしめようとして、失敗し続けている。

悲鳴とかを上げない辺りが、うちの妹だね。

「兄さん?これは?玉ちゃんって幽霊なの?」

そう言う反応は初めてだな。

というか、幽霊だと思うのなら、少しは驚け。


「玉はこの時代の人間じゃないんだ。平安末期から鎌倉初期の頃のひと。言うならば時の狭間に閉じ込められていたところを、僕が助けた。そう言う事だ。」

「です。」

玉は僕の頭に顎を乗せて、のめり込ませる遊びをして居る。乗っからないけど。


「玉ちゃんて、生きてるの?」

「僕ら以外の人は普通に玉と触れられるし、玉も普通に人や物に触れ合っている。大体、玉が玄関の扉を開けたし、お茶も淹れてたろ。」

「です。」

「ええと。」


妹は眉間に皺を寄せて、人差し指をこめかみに当てている。漫画だったら、黒い渦巻きが頭の上にクルクル渦巻いてるだろう。


「えすえふ?たいむりいぷ?」

割と直ぐに本質に辿り着く人だな。


「むうむう。」


漏らすオノマトペが玉と一緒なんだけど。


「うん。玉ちゃんがそう言う存在なのは理解した。私達だけが玉ちゃんに触れないのが理解できない。」

「それはおそらく、僕と玉との間に紡がれたえにしが強すぎたせいだと推測しているんだ。」

「えにし?」

「この時代で、玉が僕の子を授かったら、それは時間に齟齬が発生する。そもそも玉がこの時間帯に居れる事があり得ないわけで。その滅茶苦茶を調整しているのが浅葱の力、じゃないかと思う。」

「思うって。」

「わからないから仕方ないの。触れないから一緒に寝てても間違いは起きないし。でも、玉が居て僕と暮らしてくれている事で、僕は色々助かってるよ。1人暮らしは寂しいからね。」

「兄さんがいいならいいです。」


いいんだ。


「いいに決まってるじゃん。要は私の新しい妹って事でしょ。」

「ええと、殿?どうしよう。」

「玉は玉で居れば良いよ。いつもの事だろう?」


仲良しお化けスキル。一般常識を軽々と吹き飛ばすの巻。

この妹は後に大家さんと共に、玉と青木さんの対菊地(兄さん)攻略軍師となり、主人公が手を焼く場面が増えていきます。

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