表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
87/257

冬の花火

この夜から、玉の精神は真の意味で安定していきます。

彼女にとって、大切な殿と大好きな佳奈さんと心地よい夜を過ごし、自分の決意を表明した事がとても大きな経験になりました。

これからの玉は、大好きな殿を支える強さを身につけていきます。

「森伊蔵は確かに菊地さんとこにあったけど……シンクの下に味醂やサラダ油と一緒に無造作に。オマケに洗剤と一緒に。」


まぁねぇ。どうせ普段飲まないし、調理酒として最適かどうかもわからないし。ほったらかしですな。


「他に仕舞うとこ無いもん。我が家は最近、玉の糠味噌が増殖して、冷暗所は壺と甕だらけ。冷蔵庫で見慣れないタッパーを開けると胡瓜が入ってたりするよ。」

「ふひひひ。殿とお婆ちゃんが美味しいって言ってくれるから、どんどん増えるです。増やすのです。」

「玉、悪い顔してますよ。」

「森伊蔵より糠味噌が上位のご家庭ってなんなのかしらね。」

今後もうちに出入りする気なら、さっさと慣れなさい。


それにね。

今、無職な僕は、居酒屋に行くような知り合いは近所に居ないし(玉を連れて行けば、居酒屋メニューに喜ぶだろうけど、世間の目ってものがあるからね)、晩酌と言う習慣もないから。


「こんなお高いお酒、飲んだ事ないし、1人じゃ飲む機会なんかないよ。」

と、瓶を「へーほー」としげしげ眺める青木さん。

どうでもいいけど、森伊蔵は焼酎だぞ。

接待の御相伴に預かった事があるから、お陰様で浅葱の力の対象内になっているけど、僕自身は貧乏舌なので、実はワンカップとの違いもわからなかったりする。


「そう言えば、こんなお酒も呑んだ事あるなぁ。青木さん、ほいっと。」

「うわ、わ、わ、わ。」

食卓に並ぶ鍋の邪魔にならない様に(もはやキャンプ飯の画には見えないけど)青木さんの手元に現れる白木の木箱。


「……。ねぇ、この長細い木箱に“越乃寒梅''って書いてあるんだけど。」

「昔、部内に来た御歳暮にあったんだ。興味がなかったから争奪戦には参加しなかったけど、運ぶ為に触った経験がある。青木さん、自由に呑んでいいよ。」

「私も別に呑兵衛って訳じゃないから、高いお酒って聞いてるだけだよう。」

高い、と言うよりは、量が作れないから出荷数が限られている方が強いかな。


「殿、殿。お燗をしましょうお燗。夜は寒いですよ。冷えますよ。」

「はいはい。」

何故か玉がウキウキしているので、徳利を4本お猪口を2つを出すと、玉はそれこそ無造作に越乃寒梅の箱を開けて、包みの白紙を破った。


「あ、あ、あ、あ、あ。」

物の価値を知らない玉がぺりぺり剥がして行くのに、青木さんは口の中だけで悲鳴を上げているけど、自分に所有権ないし、僕が知らん顔してるから、それ以上の手出しはしない。出来ない。

青木さんにも、世間的にはどんなに貴重品であろうと、我が家的にはこんな程度な事もわかっているからね。


僕が出した徳利とお猪口は、亡き親父が亡きお袋に酌をされていた、小さい頃の記憶をトレースしたもの。

食事を終えた僕はテレビに夢中になり、好き嫌いにあった妹は、人参に四苦八苦。

そんな夕食の風景が思い出される。


少し表面を凸凹させただけの白いシンプルな徳利と、同じく、ただ白いだけのお猪口。よくある中に青い◯がぐるぐる書いてあるものじゃなく、円錐形のお猪口と言えばこれ、と言う程よくある奴。

なんでも、旅先の陶芸体験で作ったものだそうだ。

…本当に器用で、仲睦まじい両親だったなぁ。


★ ★ ★


「殿。殿。お酌を。」

ウキウキと玉が徳利を差し出してくる。

まぁたまにはね。

僕は別に下戸ではないし。


「玉ね、ずっと殿にお酌したいなって思ってたんです。殿と直接触れ合えないけど、こうやれば、殿と繋がれますから。」


玉が、誰に言う訳で無い声量でポツリと言った。


それを受けて、青木さんが似た声量でポツリと漏らす。


「なんかいいなぁ。玉ちゃんと菊地さん。」

「ん?何が?」

「距離感が。なんて言っていいかわからないけど、玉ちゃんは菊地さんが本当に大好きで、菊地さんも玉ちゃんを信頼してる。しきってる。…私は男の人でも、女の人でも、多分家族にも、そんな信頼を寄せた事も寄せられた事が無いもん。」

「そんなモンかねぇ。」

「かねぇ。」

「(くすっ)………本当、羨ましいなぁ。」


★ ★ ★


食事が終わって、一休み。

結局、僕も青木さんも、顔を赤くする程お酒も呑まず。

玉が燗をしてくれた4合でお終い。

寒い分、酔いも大して回らないみたい。

夢雀は開けてもいないよ。


この家に引かれている水道なんてものは、水道管はまだ通じているのだろうけど、とうの昔に解約しているので、ガロンのポリ容器で用意してある。

でも。

「殿。お水はいくらあっても困りません。」

て事で、汚れ物が洗えない。

直ぐそこに川が流れているんだけど、暗いから危険。

と言う事で、キッチンペーパーを湿らせて、軽く拭いて終わり。


いや、僕は出せるよ。どこぞの関西の山の美味しい水的な水を。

でもまぁ。2人して仲良く片付け始めちゃったから、野暮な事は言いません。

…ていうか、“家族“の玉は気が付けよ。


★ ★ ★


「夜空。」


全ての片付けを終えて、僕たちは焚き火を囲んでいた。焚き火と、キャンプストーブで暖かいから、みんな防寒着を脱いでいる。

「こんな綺麗な星空。私、見た事無い。」


青木さんは、普段は知らないけれど、僕と玉の前では、時々、相当、気の抜けた顔を見せてくれる。

今も、前歯の裏どころか喉ちんこが丸見えになる程大きな口を開けて、空を眺めている。


「殿。佳奈さん。」

逆に玉の方は、気が張った顔なんか、なかなか見せてくれない。

いつでも、ほにゃら~とでも言うしか無いのんびり顔をしている。でも今は。



「玉は。玉はね、こんな空をいつも眺めてました。あの3つ並んだ星とか、そうそう、夏は空に星の川がかかるんです。お母さんが教えてくれました。」

「天の川って奴だ。簡単に言うと、星がアッチに集まっているから、密度が高くて川に見えるんだ。」

「でも、いつのまにかお母さんがいなくなって、玉は1人で見上げていたんです。あの、祠に囚われるまでは。」


「……。」

「……。」


「でも、殿に救われて。今は。今は、殿と佳奈さんと一緒に見てます。玉の大切な人と。」


「……。」

「……。」


「そして、またお母さんと、この星を見られる様に頑張らないと。…その時、その時も、殿と佳奈さんが居ると、嬉しいな。わぁあああ。」

「大丈夫。私は玉ちゃんの隣に居るよ。」


あぁ、感極まった青木さんの必殺抱っこ攻撃が始まった。青木さんに、うちの御狐様みたいな尻尾があれば、さぞかしぶるんぶるん振っているんだろうな。

玉がタップしてるのに、気が付いているかなぁ。


★ ★ ★


そうそう。

2人が落ち着いた頃合いを見計らって、バックからあるものを取り出す事にした。


「玉、実はこれを持って来たんだ。」

「花火!殿!花火!」

そう。あの日、市川の梨園のハズレで2人きりで楽しんだ花火です。

あの時は、近所に家があったので静かな線香花火しかしなかったけれど、今日ここならば打ち上げ系はともかく、手持ち系花火はなんでも出来るでしょ。

あれから変には忙しくて、花火が出来なかったし。


「もうすぐ真冬になるよ。なのに花火?」

「佳奈さん。これね、多分、玉が一番最初に殿に言った我儘で買って貰ったんです。そして、殿と花火をしたんです。」

「…なんかズルいなぁ。私の居ない所で2人きりで思い出を積み重ねてるんだ…。」

「何君は突然我儘を言い始めたんだ。」

「我儘なのかな?私ね、玉ちゃんと菊地さんが羨ましくなっただけです。今は3人一緒だけど、明日の晩は、また私1人になるんだなぁって、何か突然思っちゃったの。」


それは、それだけ君が僕らに近づいたと言う事だよ。

君が本当に隣に越してくるなら、それはもう、僕も何かを認める必要が出る…んだろうなぁ。


そんな事言い出したくせに、ご本人は花火をあれこれ選ぶ事には夢中だ。

「ねぇ玉ちゃん。前は何やったの?」

「線香花火です。殿と、どちらが長持ちするか、競争したんですよ。」

「じゃあ最初にそれやろ。私も玉ちゃん達に追いつきたい。」

「良いですよ。殿、3人でやりましょう。」

「はいはい。今、行くよ。」


こうして、僕らはのんびりと冬の花火を楽しんだ。

聖域でやろうと言ったけど、何しろ陽が沈まない特殊空間とは思わなんだし。


……………。


「ねぇ玉ちゃん、菊地さん。私、多分。この夜の事は忘れない。ううん、絶対忘れちゃダメだよね。」

「うん。」



なんか2人で盛り上がっているから、まぁいいか。


★ ★ ★


気がつくと、僕の隣に大小の茶色いものが並んでお座りをしていた。

またか。


ええと。何か残っていたかな。

あぁ、蒲鉾が残っている。

食うか?


「きゅう」

一番小さい茶色が鳴いて、諾の意思を表した。一番大きな茶色は、僕の靴に頭を乗せて焚き火に暖まっている。

食わせるけど良いんか?

「くぅ」

そっか。お前も食え。

「くぅ」



「ねぇ玉ちゃん。ちょっと目を離したら、あの男、何かに囲まれているわよ。」

「イタチかなぁ。可愛いなぁ。」



という訳で、僕は今、テンの親子に囲まれて、というか。

親は僕の靴に顎を乗せて蒲鉾をもしゃもしゃ食べてるし、子テンたちは、僕の膝の上でもしゃもしゃ食べてる。

房総に、こんな動物居たんだなぁ。


「そう言う問題?」

「わぁ、一匹玉のところにも来てくれました。」

「そう言う問題?って言うか、何故この2人の前に来ると、み~んな野生がどっか行っちゃうの?」


まぁ、何処へ行っても、うちはうちなので。




あぁ、また増えました。

主人公が何処かへ出掛けて何も起こらない事はありません。

この夜も、まだ長いですから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ