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おいで、たぬきち

題名通り、狸のたぬきちがやって来る回です。

ただわたぬきちが可愛いだけの回です。

「うふふふふふ。」

青木さんを送って行った翌朝、玉の様子がおかしい。

「うふふふふふ。」

少し怖いんですけど。


あ、あと。結局、青木さんはちゃんと彼女の家の玄関先まで送りましたよ。


「こんな時間に女を一人歩きさせる気ですか?」

「ですか?」


と、うちの姉妹に責められたので。

別に街灯が無くて薄暗い訳でないし、そこまで遅い時間ではない普通の住宅街のアパートなのに。

大体君、普段からこの時間は帰宅とかで外いる事珍しく無いでしょ。


「今度は私が菊地さんと玉ちゃんを招待したげるから、覚悟しときなさい。」

「なさい。」


「何を?」とか、聞ける筈もなく、僕達は大人しく帰った。はい。


「うふふふふふ。」

その後は、普通に入浴して、骨煎餅で軽く缶リキュールを一杯やっているうちに、あちこち遠出した疲れでも出たか、玉が先にさっさと休んで、起きたらこれだ。

まだ朝ごはん前なので掃除をしている玉が、ずっと笑ってる。

壊れたかな?でも、一緒に庭仕事してる大家さんまで

「うふふふふふ。」

って、笑ってたんだよなぁ。


なお、聖域産のキャベツをお裾分けしても、

「うふふふふふ。」

って笑ってましたよ。うふふふふふ?


★ ★ ★


さて、今日も別にやる事ない。

「働け。」

「働け。」

玉と巫女装束が説教してくるから逃げよう。

にも逃げらんないんだよな。


新しい方の水晶玉を探索してみようかな。

玉の実家はともかく、浅葱の本家は前回中に入ってないし。

あ、聖域の方もたぬきちに逢いに行かないと。


「玉。たぬきちに逢いに行きますか。」

「行きますですうふふふふふ。」

玉は大丈夫なんだろうか。主に頭が。


「わんわん」

僕達が聖域に姿を現すと、真っ先にたぬきちが飛び付いてきた。

「昨日は狐様にも抱きつかれてたし、殿いいなぁ。」

体長も豆柴くらいの小ささなので、成田山で御狐様に組み敷かれたのとは違って、僕の腕の中にすっぽり収ましてね。僕の顔をぺろぺろ舐めてくる。


「お前、お腹は減って無いかい?」

「わふ!」

「大丈夫だと思いますよ殿。だって私もずっとここに居ましたけど、お腹も減らなかったし咽喉も乾かなかったです。しかも、今ここには綺麗なお水がありますし、トマトやキャベツが食べ放題です。」  

「わん」 

うーん。玉の食い意地が張っているのも、そこら辺に問題があるのだろうか?


アレ、が出るかな?


妹が結婚した時に聞いた話。妹と旦那さんの縁を結んだのは一頭の子犬だったそうだ。

詳しい事は妹夫婦に惚気られて、背中がむず痒くなるから説明はしないけど、その犬は妹夫婦の大切な家族と紹介されたのでお土産にアレを進呈したんですよ。

細長いアルミ製のパウチに入った半生フード。


アレ1本で彼と友好関係を結んだ僕は、妹に嫉妬される程、彼に懐かれた。

何しろ飼い主をほったらかして、ずっと僕に寄り添っていたらね。ましてや両親を早くに亡くした事もあって、妹は兄さんっ子だったし。


そんな想い出にほっこりしていると、

「殿、殿。玉もたぬきち君を抱っこしたい。」

と駄々っ子玉ちゃんが久しぶりに登場したので、そっと玉の平な胸にたぬきちを押し付けた。

たぬきちが僕に少し名残り惜しそうにしているのを感じ取った玉が少しシュンとしているので、例のアレを玉の頭に乗せる。


「ん?殿なんですか、これ?」

「たぬきちにあげてごらん。」


こちらも名残り惜しそうにたぬきちを下ろすと、頭からアルミパウチを取り出す。

狸も犬科だから大丈夫だよね。

というか、頭に◯ゅ~るを乗せたままたぬきちを下ろす玉さん、何気に凄くない?


封を開けると、僕の足元でお座りしていたたぬきちが、ピューというオノマトペを見えそうな速度で玉、というか◯ゅ~るの元へ走っていった。

少し落ち込み気味だった玉の顔は忽ち明るくなって、たぬきちを撫でながら、おやつをあげている。


◯ゅ~るの破壊力は絶大な様で。

巫女さん姿に着替えた玉が、毎日のお勤めとしてお社の掃除を始めると、たぬきちが後から着いて行ってる。

竹箒やモップが気になるみたい。


「駄目ですようたぬきち君。お掃除の邪魔しちゃいけません。」

「わんわん」


茶店の屋根では雀が鳴いてるし。青い岩壁に囲まれたこの聖域の何処から入り込んでくるんだか。

毎日来るたびに、新しい発見がある、


さてと。あっちはあれで良し。

僕は畑の収穫。キャベツはこれで取り終わり。

トマトが丸々と赤くなっているので、幾つか取って。キャベツが空いた畝には大根でも植えようかな。

どうせ2~3日で収穫出来るし。


★ ★ ★


「とのとの!」

「わんわん」


なんかちっこいコンビが走って来た。

掃除が終わったら、茶店でお茶を飲んで一休み。

その後、現実世界に戻って、という生活を今日も繰り返しているんだけど。

どうやら新しい日課が加わった様だ。

今さっきは有った、玉とたぬきちの距離はすっかりなくなったらしい。


しかし、巫女さんと狸の組み合わせっていうのは独特過ぎないだろうかね。


玉とたぬきちは、美味しそうにトマトを並んで齧っている。玉の前には湯呑み、たぬきちの前には水を入れた器も並んでいる。そういえば、畑の作物にたぬきちが手をつけている跡は無かった。狸は雑食性だから、食べてもおかしくないんだけどな。


「たぬきち君は、どうしましょうか?」

「くぅん?」

トマトと、茶店備え付けのお煎餅でお腹いっぱいになった玉とたぬきちが、そこら辺の緋毛氈に寝っ転がる姿を見ることが、これからの日常になるんだろうなぁ。

「ねぇ、殿。」

「本人はどうしたいんだ?たぬきち、僕らと一緒に僕らの家に行くか?」

「くんくん」

首を横に振る狸。

「なら、ここで暮らすか?」

首を縦に振る狸。

「だ、そうだ。」

「わん」

「…たぬきち君って殿の言葉がわかるの?」

「わん」


何が起こっても今更驚かないけれど、鎌倉時代から来た狸と意思疎通が出来ますか。浅葱の力。


玉が色々たぬきちに話しかけて、たぬきちはそれに返事して。

そのやりとりを見ている限りでは、玉とたぬきちの間にも意思疎通は成立している様だ。

だったら、僕のやる事は一つ。

妹よ、ワンコとの繋がりを作ってくれてありがとう。



★ ★ ★


「ねぇ殿。いくら誘ってもたぬきち君は、殿と玉のお部屋に来てくれませんよう。」

「くぅん」

ごめんなさいと言う様に、たぬきちは頭を下げる。


「確かうちのアパートは犬猫禁止だし。」

「たぬきち君は犬猫じゃありません。」

「たぬきちは野生動物だから、もっとうるさいんだよ。」

「でもでも。」

「玉にわかりやすく言うと、地頭がたぬきちを連れてっちゃいます。」

「くぅん」

うんうんと頷くたぬきち君。

「それは許さん!です。」

「それじゃ玉は規則を破るんだ。」

「それは……。」

玉は神職という事もあって、実は四角四面に生真面目な面がある。その生真面目さは、青木さんにも大家さんにも菅原さんにも、実は伝わっている。


「あんないい子」と菅原さんが玉を評しているね。

あんな黒尽くめで酒飲みで怪しさ大爆発な、それでも真面目に児童相談所の公務員をしている彼女が認めているわけだし。


「玉さ。たぬきちが何処にいる事が幸せなのか、よく考えてみなさい。たぬきちは多分、僕らに逢いに来てくれた。」

「わん」

元気の良い肯定の返事。それは僕もちょっと嬉しい。

「それは、ここ。この聖域なんだろう。確かにたぬきちが僕らの部屋に来れば、一日中可愛がれる。」

「わん」

「でもね。聖域の外に連れ出すにはたぬきちに首輪をつけて首紐もつけて、おまけに部屋から出すことが出来ません。でも、ここに居れば、たぬきちは自由に走り回れます。」

「わんわん」

そうだ、と言わんばかりに、一度外まで走って、すぐに走って帰ってくる。

「それに、僕らならいつでもここに来れますから。」


「………玉がたぬきち君に逢いたくなったら、すぐ連れてきてくれますか?」

「毎朝来ているでしょ。それに…。」


ここで一つ、切り札を切りましょか。


「僕が玉のお願いを聞かなかった事がありますか?玉は僕の大切な家族だし、もっと我儘を言って欲しいって言ってるでしょう。」

「……うん。いや、はい。わかりました。ごめんなさい、たぬきち君。玉はたぬきち君の都合を考えませんでした。」

「わんわん」


気にするなお嬢!とでも言ったのか、元気に鳴くと玉が膝に前脚を乗せて、玉の顔を舐めた。


「きゃはは。」

うふふふふふ、とか笑うよりよっぽど健康的な笑い声が玉の口から出たので一安心。

というか、たぬきちが狸なのか犬なのか。いくら犬科の動物とはいえ、区別がもうつかないぞ。


玉とたぬきちが仲良く寝息を立て始めたので、そっと外に出る。

この聖域には多分、気候の変化というものが無さそうだ。昼夜の区別はあるのだろうか。

玉が「暗くなったら寝てました」と、巫女生活を語っていたな。

玉は社の中には入らなかったみたいだし、女の子が何処で寝ていたのかは気になるところだけど。

聞くとなんだか可哀想な事を言い出しかねないので。


玉はかなり無理をしている。

玉が泣く姿なんか、僕も青木さんも二度と見たくない。あの姿を見てからの青木さんは明らかに変わった。玉を泣かせたくない。悲しませたくないって、それは僕と青木さんの共通する決意だから。


だから、この聖域の新しい住人であるたぬきちには、快適な暮らしを送って欲しいんだ。




妹は、建て直す前の僕らの実家で、さっきも言った通り犬を飼っていた。

基本は室内飼いで、ケージにペットシートを敷いただけだったけど、庭にも犬小屋を作っていた。

それは庭いじりやDIY好きの2人が自分で組み立てたキット。本来は、シェパードなどの大型犬用のちょっとした倉庫みたいな小屋だった。


「この壁を黄色をペンキで塗ったの、私なんだよ。」


犬小屋の壁を拳でもコツコツ叩いてた、漢みたいな新婚さんに呆れていた僕の足元では、その小屋の持ち主がお行儀良くお座りしていた訳で。


君の主人は僕じゃなくて、妹たちだよ。

「わん」

「なんで兄さんって、どんなペットでも直ぐ懐くのかしらね。」

「知らんがな。」


その犬小屋をそのまま現出。

「犬小屋!」

ボンッという軽い破裂音と共に、その時と同じ犬小屋が現れたので、えぇと何処に置こう。

狐と狸って、相性はどうなんだろう。


『問題なし』

わあ、地面から荼枳尼天の首が生えた。心臓に悪いですよ。もぉ。

『ここでは成田と違って話が出来ん。早よ巫女っ子の祝詞に力をつけさせよ』

それだけ、僕の意識に直接話かけると、また首を引っ込めた。なんなんだ、うちの神様。

あと、巫女っ子って…。


と、社に祀られた神様のお許しか出たので、犬小屋は池のそば、社側に設置しよう。

水場はあるし、畑ももう少し充実させないと。

たぬきちの事だ。僕の畑だという事で遠慮していたのだろう。果物とか沢山育てて、いつでも食べていいよって言ってあげよう。(玉にも言って大丈夫なくらい育てないと)


やっぱりこの2人だけにしておくと、話が全く進みませんが、それはそれで。

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