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玉の家

成田から帰って来た回です。

太陽の高さを見る限り、時間的にもそんな差異も無いのだろう。

僕達は寒村の片隅に立っていた。


目の前には田が広がっている。田とわかるのは稲穂が色づき始めているからで、畦の高さや田の形の規格性・統一性が全くない。

また、田の奥はただの湿地帯の様で、葦が群生している様がわかる。


「…すごい…。」

そう一言感嘆すると、青木さんは目を剥いて周囲の光景を見回している。

彼女からすると、茶店に閉じ込められていた時は時代がわからなかったし(今、僕達がいる時代の大体200年後かな)、実際に見る時代を越えた今を認識している最中だろう。僕の腕を掴む力の制御が効かなくなってて少し痛い。


「きもの。」


ジーンズやミニスカートの女性をそのままにしておくわけにもいかない。

彼女達の、そして僕の着ているものの上から羽織れる様に少しオーバーサイズの着物を出した。

水晶玉を持って来ていれば、聖域の方で身の丈に合ったものに着替えられてたけど、ね。


「着付けなんかした事ないのに。」


とぶつくさ言う青木さんだけど、簡易な浴衣に裏地を貼っただけの代物なので、玉がちょっと手伝うだけで着せる事が出来た。羽織って帯を締めるだけだもん。


「ねぇ、菊地さんは簡単に着付けしてるけど、経験あるの?」

「必要に応じてね、身につけましたよ。例えば革ジャンやスカジャン着て信長さんに会ったら、南蛮好きなあの人の事だから身包み剥がされるでしょ。」

「なるほど。女だし、私も覚えておいて損はないかなぁ。」

えぇとまぁ。スキルを一つでも身につけようとする前向きさは褒められるかな?



「玉?」


この時代に来て数分経つけど、玉が全く口を開いていない事に気がついた。

何度か話しかけて、やっと返事を返してくれる。


「……殿、ここは玉の村です。ほら、あそこで遊んでいる女の子。玉の友達のお美代ちゃんです。」

「別に声をかけていいんだよ?」

「わからないです。今の玉が。確かにここは玉の村です。でも、玉は玉ですか?」

トコトコと、はっきり目的を持って歩き始めた玉の後ろを僕達はついていく。


「ねぇ、玉ちゃんの様子、おかしくない?」

「玉はお母さんと離れた後、ずっとずっと1人であの神社に居たんだ。つまり、それ以来の里帰りなわけだよ。友達と無邪気に遊んでいた玉じゃないんだ。」

「玉ちゃんて、どのくらい1人でいたの?」

「1,000年から1,200年の間くらい。」

「そんなの想像がつかないわよ!」

「うわっぷ。」

青木さんの抱きつき癖は本物らしい。

玉を後ろから抱きしめて顎をすりすらし始めた。玉は青木さんを引きずりながら歩いている。

 

南北に走る道路を横切る。

崖に見える寺院の建造物から令和時代の記憶を脳内で重ね合わせると、おそらく本八幡から北国分の脇を抜けて稔台に向かう道路の原型らしい。

あの通りは台地直下を走っていたけれど、国分寺を筆頭に現代でもいくつかので寺が並んでいる。

今はただの踏分け道にしか過ぎないけれど、これが時を経て街道として整備されていくわけだ。


「あ、あそこです。玉の家です。残ってる!」

運動会の尺取虫競走みたいな2人が走り出していく。


やがて。


「お母さん!」


悲鳴の様な、玉の叫びが聞こえた。


★ ★ ★


僕はというと、周りをちょっと観察。

玉の家は、よくある農家だ。

壁の下半分に下見板を貼り、上半分はベージュの土壁。屋根に瓦は無く重しに石が置かれている。


南を向くと池がある。池のほとりに見覚えのある岩。

近寄ってみると、なるほど玉が願を掛けて掘っていたという稚拙な狐。という事はつまり。


「お母さん?」

顔を歪ませたバタバタと玉が走って来た。

目的は僕と同じだった様だ。

そして岩の狐を見ると、そのまま崩れ落ちた。


玉は母との再会を願ってこの狐を掘っていた。

つまり、母が行方不明になってからの時代だという事だ。

全てを悟って、玉は声を上げて泣いた。

号泣した。


………


「玉は泣いて泣いて沢山泣いて、もう泣けなくなりました。」

と、かつて僕に言った事がある。

「だから玉はいつも笑っているんです。」

違うんだ。玉は泣けるんだ。まだ泣けるんだ。

そして、この時代ならば、僕は玉に触れられる。


………


地面に四つん這いになって号泣する玉の頭をくしゃくしゃと撫でて上げると、玉は僕の胸に飛び込んで来た。

玉を追いかけ回していた青木さんは、僕達の姿に一瞬躊躇したものの、僕に目で許可を求めると、僕の反対側から玉を抱きしめた。

僕達は玉が泣き止むまで、そのまま2人で玉を抱きしめていた。


★ ★ ★


しばらく泣いていた玉は、泣き疲れたらしくゴシゴシと目を拭うとニッコリと笑った。


「ごめんなさい、取り乱しましたです。」

「駄目だ。許しません。」

僕はバスタオルを取り出すと、玉の頭にパサッと被せた。

「青木さん、すまん。玉を頼む。」

「…頼まれた。…。」

という割には僕の顔をじっと見る人。

「何?」

「菊地さんて、容赦ないくらい優しいね。」

「恥ずかしい台詞禁止!」



2人を放置して、僕は玉の家に「勝手に」入って行った。ちょっと探し物がある。


『多分、お仏壇に置いてあると思います。』


午前中、成田の荼枳尼天を前にした玉は何故か巫女装束姿になっていた。

玉はあくまでも普通の少女だ。僕や青木さんみたいにトンチキな血を受け継いだトンチキな能力者ではない。…筈だ。

1,000年も生きていたという辺りが色々おかしい気もするけれど、それは玉の能力というよりは聖域自体が持つ奇跡に巻き込まれたと見るべきだろう。


そして、あの巫女装束には、玉の母親が宿っている。

普段はお説教されてばかりいるけれどね。

彼女の言い分を信じるのならば、どの様な過程でああなったのかはともかく、玉の母親と玉は意思疎通ができる。でも、母親の方がそれを断っている。

実の母が「母恋しや」と泣く娘を放置している事は異常だろう。そして母親は玉を嫌っている訳じゃない。それは僕を玉の配偶者として認めた上で、就職を促しているところからもわかる。そこには何か特別な理由があるのだろうし、多分それは、浅葱の力を持つ僕にしか出来ない事だ。


荼枳尼天を前に敵意を見せた玉に巫女装束が着せられたあたりから、巫女装束はなんらかの形で常に玉と繋がっていると推測出来る。

そして、玉と僕の関係性から、僕と巫女装束(母親)も繋がっている。

そのキーワードとなったのが、岩に掘られた狐だ。

僕が玉と青木さんを追わず、家の周りを先ず気にして、あの岩に真っ直ぐ向かった理由はここにある。

浅葱の力ってのも、我ながら本当にその限界がわからない。


あの岩から響いて来た言葉は、いつも部屋でお説教してくる玉のお母さんの声だった。

そして、玉のお母さんか言った一言は、「何か」が「多分」仏壇の何処かにあると言う事だけだ。


その「何か」は直ぐわかった。

僕達にはお馴染みのものだったからだ。


仏壇から古ぼけた白木の位牌と、4つ目になる“水晶玉“を手に取ると、外に出ようとして一つの小さな葛籠が置いてある事に気がついた。

今さっきはなかったものだ。

その葛籠を背負い、2人が待つ外に出た。


ばたばたばたばた。

「ぎゅううううう!」

ばたばたばたばた。

「ぎゅうぎゅううううううう。」


「何してんの?」

「抱きしめてんの。」

「抱きしめられてます。殿助けてぇ。」


どうやら玉のテンションは回復した様だ。

「私あれね。多分子供産まれたら、猫っ可愛がりしそうだわ。しっかり叱ってくれるパパにしないと。」

「それは佳奈さんが殿を教育して下さいぃぃ。」


僕は、青木さんに教育されちゃうのか。

それはなんだか怖いなぁ。


★ ★ ★


「どっこらしょ。」


ジジ臭い声時共に、別に重たくもない葛籠を下ろした。

ようやく青木さんの抱っこ攻撃から逃げ出した玉が、とてとてと僕の方に逃げて来た。


「殿?その葛籠、なんですか?」

「家の中に置いてあったよ。」

「はい?」


玉を追いかけて来た青木さんと玉は顔を見合わせた。

多分、最初2人が家の中に入った時にはなかったんだろうなぁ。容易に想像出来るぞ。


「多分、玉の荷物だよ。開けてみなさい。」

「?」


目元に涙の跡を残して目も真っ赤なままだけど、声の調子はいつもの玉だ。

わからないものはわからない。

不思議なものは不思議。

“自分の悲しみ“以外は全部素直に出す、そんな少女が玉なんだ。


「これは…。」

葛籠に入っていたのは、一条の朱帯だった。

「帯?でも随分と細いわね。」

「…お母さんです…。」

「はい?」

「お母さんが、神楽の時に必ず締めていた特別な帯です。……玉もお社を継いで、お母さんのお古の巫女服を着てました。でも、この帯だけ見当たらなかったんです。」


あぁ、そういう事か。


「何故、殿がこの帯を持っているんですか?」

「そりゃあね。」


ここは言葉を選ばないと。

お母さんの存在はまだ教えるべきでは無いのでだろう。


「忘れたのか?僕は時間に関しては相当出鱈目が通用する人間だよ。玉の家に残る“想い“をサーチしてたら出て来たんだ。」


サーチとか、結構な英語だと思うけど、僕が敢えてボカしたかったし。それに玉は、前後の文脈から、大体の意味を考える能力に長けている娘だから、このくらい不親切なくらいがちょうどいい。


「お母さん、かな?」

ポツリと溢した玉の独り言に返答する必要はないだろう。



★ ★ ★


差し当たり、玉の家でやるべきことは済んだので、そのまま現代に戻ってみた。


「ここかあ。」

玉自身も目安をつけていた地図の範囲内ではあった様だ。

玉の家の現代は、我が家から歩いて来るには少し離れたところにあるスーパーマーケットになっていた。

「ついでだから、晩御飯のおかずを調べましょうです。」

「調べる?買わないの?」

「買う必要が無いのが殿なのです。」

「何度か説明されたけど、理解できませ~ん。」


今度は玉が僕に目で合図をしてくる。

やれやれ、僕はそんなに察しのいい男じゃないんだよ。2人してアイコンタクトをしてくるけどさ。


「帰りは送るから、晩御飯を食べて行きなさい。何か食べたい物はありますか?」


多分、このまだ3日しか会っていない埼玉県人への深入りが始まっちゃったんだろう。

まぁ、そんなに悪い気はしないからいいか。

玉が初めて感情を爆発させています。

我慢強い玉が我慢出来なくなった時、玉が頼るのは殿な事が確立した瞬間でもあります。


この経験から、「玉を泣かせない」事が、「僕」と「佳奈さん」の暗黙の了解になりました。

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