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鰻を食べよう

成田編その3。

鰻を食べるだけの回です。

なんだか訳の分からない神様との邂逅を終えた僕達は、出世稲荷神社とは比べ物にならない大きさの本堂や三重の塔を横目に、玉砂利を踏み総門から表参道に足を運んだ。


「せっかく成田山まで来たんだから、お詣りしてかない?」

と、青木さんが提案したのだけど。

「行秀様が可哀想なので、遠慮します。」

と、珍しく玉が強情に拒否したので、粗方の事情を知っている僕が、青木さんに片手で謝り急かしたんだ。 

僕達の空気を読んだ青木さんも、それ以上は何も言わなかった。


総門は本堂が建つ境内に対してかなり低い位置に建っていた。これも地形を利用したご本尊のお不動様を仰ぎ見る工夫なのだろう。急な階段を多くの参拝客や観光客が昇り降りしている。


その斜向かいは広いバスの展開場になっている。


「……なんだか駅前みたいな雰囲気がある所ね。ほら、田舎の駅ってこんな広場があるじゃない?」

「実際、戦前はここ鉄道が走ってたよ。」

「へぇ。」

「この先に煉瓦造りのトンネルが残っているけど、電車の金具が付けっぱなしのままだそうだ。ほら、あそこに看板が出てるけど、電車道とあるだろ。」

「ひょっとして、菊地さんって歴史好き?」

「人でも物でも、実物を見に行ける、からね。」

「…なんかズルいなぁ。」


そんな軽口を叩きながら、門前町のお土産物屋を冷やかす間に、「あれあれ!あれ可愛いから買います!」とぬいぐるみのキーホルダーを手に取る玉の口も軽くなっていった。

今さっき、青木さんに気を遣わせた事を一番気にしているのも玉なんだ。


川豊という、昔の旅館を料理屋に改装した成田山参道の写真に必ず出てくる木造3階建の店に入る。

日曜だし、どれだけ混んでいるのか心配だったけれど、何故かスムーズに2階席に案内された。


「これくらいはの。サービスじゃ。」


なんか荼枳尼天さんの空耳が聞こえたけど、2人には黙ってよう。

適度にそれなりな注文を適当に済ませる。

玉と青木さんがあたふた慌ててるけど無視しますよ。

ごくりとお茶を一口。いいとこのお茶は、やっぱり美味しいなぁ。


★ ★ ★


「………ねぇ、私の見間違いじゃなければ、注文した鰻重が一つ5,000円越えているんだけど…。」

「玉も食べるって言いましたけど、白焼が3,000円超えてます。殿と玉が外食する1回分ですよ…。」

「そりゃ高級店の特上だもん。そのくらいするさ。」

「…私のお給料考えてる?まだ殆ど新卒なんだよ。」

「…殿、無職じゃないですか。」

失礼な、鰻3人前くらい奢れる財力はあるわ。


せぇの!


「僕は両親を早くに亡くしてるから、生命保険がたんまりあるんだ。それを殆ど使ってないんだよ。それにね会社が傾いてリストラされたとはいえ、それなりに大きな会社でそれなりの給料を貰っていたし。独身寮にずっと居て金なんか使う必要もなく貯まる一方だったから、それなりに貯金も出来たし、退職金も失業手当もそれなりに出ているんだ。食べ物くらい歳上に集りなさい。そのくらい耐えられる財布だから。」


反論させない様に早口で捲し立てたので、2人とも口を開けてポカンとしてる。

成功、成功。


「…因みに、菊地さん貯金はおいくら万円くらいございますか?」

「ん~?今のうちの周りなら、新築の一戸建が2~3軒、現金で買えますが何か?」

「あの辺りって、結構お高いお屋敷街ですが。」

「でも僕の部屋は家賃安いよ。」

「…玉ちゃん、随分な優良物件引き当てたわね。」

「殿の部屋を見ましたよね。あの空っぽなお部屋を。玉に色々あれ買えこれ買えと贅沢させるくせに、殿本人は全然物を買わない人なんです。ご飯が勝手に出てきちゃう家なので買い物の必要もあまりないから尚更なんです。多分、殿は贅沢の仕方がわからない人です。玉だって、ただの神職してた庶民なので、贅沢とか全くわかりません。献立の値段を見るだけで、今でも気が遠くなりそうです。」

「玉ちゃんも、やっぱりこの人のところに来るべき人かぁ。」

「どうせ玉は正式な殿の御内儀にはなれませんから、だったら2人で殿を食べちゃいませんか?」

「……半分冗談で玉ちゃんの軽口に乗ってたけど、それもアリかも。」

「君達ねぇ…。」


「どちらにせよ、玉を家に置きっぱなしで働きに出るわけにもいかないでしょ。

とりあえず、失業手当が出ている間は、今の生活を続けるつもりですよ。」


そこまて言うと、やっと色々納得したらしく、出された碗物に彼女達は手をつけた。


まぁ、少しばかり贅沢したのは、僕の貧相な食経験値を上げる為だし、さっき受けた荼枳尼天さんからのリクエストに応える為でもある。

何より、彼女達が目の前でこんなにも幸せそうに、美味しそうに食べてくれれば、それは1人の男としても冥利に尽きるってものじゃないか。

普段はぱくぱく言いながらぱくぱく食べてる玉が、鰻を口に入れたまま、目を閉じて押し黙っているんだから。


★ ★ ★



「玉ちゃんの家の今を見てみたい。」

「です。」


お土産(誰に?)にピーナッツ饅頭を和菓子屋で買った2人の、午後が丸々空いているし、買い物なり何なりに付き合いますよ、と言う僕の提案への答えだ。


因みにお土産を買った和菓子屋はチェーン店なので、地元で買えますと注意したんだけど。

「うら若き乙女が1人で入るには、渋すぎるのよ。和菓子屋よ和菓子!」

って叱られました。僕は普通に買い物するのにな。

なんか理不尽。

「だから殿は殿なのです。」

玉にまで呆れられ、馬鹿にされました。

鰻を奢ったのに。


元・玉の家付近に行くならば、東関道から行った方が早い。日曜の上りは空いていて、富里ICから1時間もかからずに帰って来れた。


その間、うちの地図記録係は

「わあわあ早い早い。」

「殿との、酒々井ぱーきんぐで鯖のかれぇが売ってます。寄りましょう。」

「え?あっち行くと木更津ですか。知ってます。」 

何もかも、すっかりいつもの玉に戻ってました。

あと、気がついたのは、玉の隣にデカい玉が座って居た事かな。

「人をデカい玉ちゃんとか言うな!」

君ら、歳の差は5~6年あると思うけど、会話の中身が同レベルだから。

主に知識のレベルが。


★ ★ ★


大体の場所は玉が調べていたので、適当なコインパーキングに車を停めて徒歩で向かう事にした。

というか、僕はその場所を知っているし。多分。

玉が居た祠は台地の端に立つ民家。それもT字路の突き当たりだった。蕎麦を食べ損なった事は覚えている。

玉と玉のお母さんが通った祠だとすると、玉の脚で歩ける範囲も絞れてくる筈だ。


ところが、玉は迷っていた。

「崖の形が違うのです。」

関東ローム層は決して強固な地盤ではないからね。

北総台地自体は東日本大震災でも頑丈さを示していたけれど、1,000年の時を経れば当然シルエットは変わるだろう。


「どうしましょう。この日を割と楽しみにしてたのに…。」

「1,000年も経っちゃったらわからないか。仕方ないよ玉ちゃん。」

明らかにガッカリした玉を見て、青木さんが素早くフォローに入ってくれた。   

この2人は本当に常に相手を思い遣っている、仲の良さだ。

「…殿…なんとかなりませんか?」

「なんとか。」

出来るよ。ここには浅葱の人間が2人もいるし。


成田の川豊って鰻屋で、僕は一つのメニューを敢えて食べていない。骨煎餅だ。

2人はその場で美味しく頂いて居たけど、僕はおみやにテイクアウトして貰った。

別に深い意味があったわけではなく、単に今晩の晩酌のアテにしようかなって思っただけ。

我が家には森伊蔵をはじめとする、酒呑みではない僕が知らない入手困難なお酒が“勝手に“揃っている。

勿論、玉もお酒を飲まないのに、勝手に充実しているって事は、いずれ“役に立つ“場面もあるのだろう。

僕でも玉でもない誰かが集めたものだろうから。


玉も察している通り僕は貧乏舌なので、お高いお酒よりも甘いジュースみたいなリキュールをたまにナイトキャップ代わりに呑んだりする。

僕はお酒を呑むというよりも、お酒のつまみに合うものが手に入った時にお酒を呑む。魚の干物とかがそれだ。

僕にとって、お酒とはそう言うもので、あくまでもオマケでしかない。

「お酌したいのにです。」

と、玉にガッカリされた事は記憶に新しい。


「何?なんで。鰻食べたら元気出るの?どら焼き的な。」

青木さんは当惑しているけど、意味を知っている玉は黙っていた。


「青木さん、僕が過去に行ける条件が幾つかあってね。トリガーがあるか、道標となるものがあるか。」


道標は、水晶玉だったり、北春日部の女子高生の携帯電話だったりする。けど、水晶玉を家に置いてきた今の僕には道標がない。


「道標になりそうなものがないから、トリガーを弾く事にする、因みに僕のトリガーは“欲“だ。」

「はぁ。」

「生物の三大欲というものに心当たりは?」

「えぇと。食欲・性欲・睡眠欲よね。…まさか…あのですね…ここは道端だし玉ちゃんも居るし、まだ逢って3回目だし、そう言うのはもっとお互いを知ってからだと思うの。きちんとした場所で。」

「それだと、僕はエッチな事するたんびにどっかいっちゃうでしょ。」

「殿ォ、いっちゃうって言葉選びは失敗だと思います。」

玉につっこまれた。いかん、ツッコミという言葉すら意味深になる。


「ムッツリ佳奈さんは置いといて。」

「誰がムッツリだ!」

「佳奈さん。」

「玉ちゃん、否定してよ!」

ケタタマシイな。うちの女性陣。


「というわけで、一番制御しやすい欲望として、僕は食欲を選びました。僕が美味しいものを食べたと満足すれば、それが時間旅行に行くキーとなり、トリガーとなります。って普段から訓練してるんですな。だから。」

僕は肩掛けカバンからお土産の包みを取り出して、骨煎餅を一枚齧る。うん、こりゃ旨い。

これだと、お酒じゃなくてお茶けの方が合うな。


などと考えながら目を閉じて咀嚼する。

いつか、僕の右手に青木さんが組み付いて居た。

目を開けると青木さんには玉が齧り付いている。

成る程ね。こうすれば全員が離れる事がなくなる。

いいだろう。おとといぶりの長時間タイムトリップだ。骨煎餅を飲み込むと同時に、僕達は1,000年の旅に出た。


旅に出ると、大抵誰かをシリアスに直面させます。

トラブルを乗り越えて人は成長しますから、シリアスに直面するのは主人公以外です。

この呑気な「僕」は、トラブルをたっぷりと乗り越え済で、成長の余地がもうあまり残っていない残念な人でもあります。(後に変なベクトルに成長していきますが)

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