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御神刀下賜

成田編その2です。

境内の空気が明らかに変わり、秒毎に張り詰めて行く。と、同時に空気が清冽に変わって行った。


僕達の聖域では感じる事の出来ない神気。

玉が長い間1人で必死に護り続けていたとはいえ、おそらくその聖なる力は、大勢の人々の祈りを受け続けていたこの土地とは、比べ物にはならないのだろう。


そしてもう一つ、気がついた事がある。

さっき僕達が結構キツイなと思いながら坂を登って来た様に、ここは成田山でも高地に作られている稲荷社だ。

◯◯山◯◯寺と言う様に、修行用のお寺はかつて山中に建てられる事が多かった。 

ここ成田山新勝寺も、下総台地の端を上手く利用して険しい山中を表現している様子が窺える。


龍脈とか風水とか、そんな迷信というか信仰を聞いた事がある。

地形から推測するに、ここは言うなれば龍脈の、龍の息吹の吹き出し口と言っていい場所だった。

まぁ、太古より常に人が求めてきた「神」というものに「ほいほい」逢える僕達に今更、迷信も糞もないのだけど。

 

ここは成田山新勝寺の一番外れにある、通称出世稲荷神社。隣は若い僧達の宿坊となっており、その先はもう成田の市街地になっている。


が、高い木々に囲まれたこのあたりは、むしろ広々と整理された、新勝寺の本堂付近よりも森厳な雰囲気を湛えており別世界にも思える不思議な空間だ。

ピリピリとした空気圧を感じながら、僅か数メートルしかない参道を進むと、油揚げや蝋燭が奉納された小さな(僕らの聖域の方が大きい)拝殿がある。

その前には、昨日逢った、白狐に腰掛けた女性がいる。つまりは、そう言う事だ。

神威が弱い水晶玉の中よりも、土地的に彼女達の本拠地のここに、僕達を招待してくれた訳だ。


「ね、荼枳尼天様。」

「くにゃ」

御狐様が先に鳴くのかよ。

ていうか、何その鳴き声は。

「狐ってコンコンって鳴くんじゃないんだ。」

僕の左でブルブル震えてるくせに、随分と呑気な感想を漏らす青木さんでした。


「よくぞ参られた。浅葱の者達よ。」

えぇと、雄々しいけど透明感のある声が境内に響いた。少し印象が違うな。

「儂を彼女と言っておった様だが、何しろ儂には性別というものがないでな。」

「身体つきは完全に女性ですねー。」

「こら、玉ちゃん!」

半ば悲鳴の様なツッコミが僕の左側からはいる。

失礼千万な事をニコニコしながら言ううちの巫女さんは、油揚げを御狐様に直接奉納していた。


「必要ならば女にもなろう。人の祈りで儂の存在も変わる。それだけの事じゃ。」

狐を可愛がる玉の姿を、荼枳尼天は愛おしそうに眺め、そして僕に顔を向けた。


「浅葱の者よ。久しいの。」

「…僕、いや私はあなたと昨日逢ったばかりかと思いますが、いずれの時代かでお逢いしてましたか?」

「ふふふ。頭の回転の早い男は好みじゃ。」


途端に玉が玉串を構え、青木さんが僕を背中に隠す。

この2人から軽い殺気が伝わって来て怖いぞ。


「あっはっはっはっ。取りゃせん取りゃせん。神と人の合いの子は大体不幸になるからの。儂はただ、浅葱の者に礼と、話をしたかっただけじゃ。」


★ ★ ★


ところで、玉が変に攻撃的な姿勢を見せていますね。


「玉?」

玉は僕の呼び掛けに答えず、荼枳尼天に向かい合っている。


「荼枳尼天様に申し上げ奉ります。ご裁可を。」


いつものほえほえな少女ではなく、身に一分の隙もない巫女が背筋を伸ばして、ただ玉串を両手に抱えている。


「何故に成田におられます?我が社を創建された行秀様は、成田のお不動様に対抗すべく荼枳尼天様を呼ばれたと聞いています。」


「呼ばれてはおらんよ。」

「え?」


「玉とやら。儂を呼んだのはお主じゃ。お主の祝詞と祈りによって、儂はお主の社に宿った。それまでは社は空っぽじゃったよ。」

「……えーと。」

「お主がずっと草むしりしとる姿をじっと見とったよ。だが、いかんせん本職の祝詞ではなかったようだの。」


その通り。玉の言う事をそのまま受け取るならば、玉は巫女としての修行は積んでいない。

玉のお母さんがきちんと巫女修行していたのかはわからないけど(今度聞いてみようか)、おそらく玉はお母さんの真似をしているだけだろう。


「お主の想いは儂にも痛いほどわかってはいたがの。お主の能力が低いから顕現出来なかった。それだけの事じゃ。殿とやら、浅葱の者が来て良かったの。あのままだと、お主は未来永劫あそこに捉えられていただろう。」

「………え?………。」

「お主が色々な想いで草をむしり、社の外観が崩れていくのを嘆く毎日を、儂はずっと見て来た。」

「………。」

「お主も浅葱の者に懐いている様じゃが、しっかり尽くせ。浅葱の者はお主の命の恩人じゃ。」


「あの、荼枳尼天様?玉が荼枳尼天様を呼んだって事ですか?」

「そもそも魂入れしとらんのじゃよ、お主の社は。お主が長い長い間、祝詞を唱え続けたから儂との繋がりが出来た。その今にも千切れそうな細い繋がりを、太い繋がりとしたのは浅葱の者のご飯じゃな。」


「………ねぇ菊地さん。玉ちゃんと神様のお話を聞いてると、結局菊地さんのやらかしじゃないのかな?」

「否定は出来ないと思うけど、浅葱の力って大体こんな非常識なものだからね。はっきり言って、僕は僕の刹那的な判断を勝手に下しているだけだし。…ま、それで玉が救われたなら、結果オーライって事で。」

「…私にも流れてんだよね、その刹那的で結果オーライな浅葱の血…。」



★ ★ ★


「ならば何故荼枳尼天様は、ここに、成田にいらっしゃるんですか?玉にはそこだけ納得出来ません。」

「儂は元々豊川で暮らしとったんじゃがな、その内佐倉に分祠された。ま、神様じゃから、そんな事は年がら年中じゃし。で、稲葉の爺さんにこの地に寄進された。」


まだ玉は神様に言いたい事があるようだ。

あんまり失礼にならないようにね。


「菊地さん。稲葉の爺さんって誰?」

昨日、ついでに調べといて正解だった。

「佐倉藩藩主。江戸幕府の老中職も勤めたお偉いさん。」

「ろ…。老中って…。」

女性との会話のキーワードが「老中」なのも僕らくらいだろう。



「神と人の繋がりなど、人の勝手に左右される。お主の、そのナントカ言う創建主は知らん。知らんから、縁が結ばれなかったといる事じゃろ。」

「じゃあ、行秀様は何もしなかった。何も出来なかったんだ。お可哀想な。」

「人の命、人の想い、人の祈りなど儚いものだしの。」

「…そうですか…。」

ずっとお社を護って来た玉からすると、行秀さんの想いを繋げる事が出来なかった事を知って無念なのだろう。そっと肩を落とした。

「悪い、菊地さんお皿持ってて。」

玉の気持ちを察したのだろう。

自分の分の奉納品を僕に押し付けると、青木さんは玉の小さく狭い肩を抱きしめた。


「浅葱の者よ。」

「なんですか?今はちょっとご飯作れませんよ。」

「なんと、それは残念。……いやいや、だったらわざわざ成田まで呼ばんわい。」

最初の方、あなたの本音だったでしょう。


「ご飯を食べに行くなら、お主の社まで行くわいな。その時に頼むよ。ほれ。」

彼女が御狐様から降りると、御狐様は僕に齧り付いた。というか、御狐様は僕を押し倒して喉元を甘噛みすると、油揚げをぱくぱく食べ始めた。

「うちの使いが、儂より懐いとる。人間の所業ではもはやないぞ。」

「…出来れば助けて欲しいんですが。」


「お主に礼を授ける。」

仰向けに倒れたまま、食べ終わったらお腹で狐が丸まり出した僕を、彼女は見下ろして言った。

「授けようぞ。」

彼女が懐から取り出したものは。

一振りの小刀だった。


「あぁ、何か礼がしたいなら玉にあげてくれませんか?あのお社をずっと護って、今も毎日掃除をしている巫女は玉です。僕みたいに得体の知れない力を振り回したり振り回されたりしてる奴じゃなくて、真面目に自分の結んだ縁をずっと護ってきた、うちの小さな巫女様に。」

「え?」

俯いて身体を震わせていた玉が顔を上げた。


「うむ。それもそうか。お主が結んだえにしじゃな。」

彼女は玉の前に立つと、玉の両手に白木の小刀を握らせた。


「……これから、お主には何が起きるかは分からん。何せお主は異質で特別な存在じゃからの。でも困る事は起こらんじゃろう。お主のそばには常に浅葱の者が居て、この小太刀を忍ばせておけば、儂とのえにしも常にある。」

玉も青木さんも、呆然と彼女の顔を眺めるだけだった

彼女はそっと玉の巫女装束の胸元に小刀を差し込んだ。




「ではの。またあの社で逢おうぞ。」

彼女はくるりと振り返ると拝殿の扉に手をかけた。

御狐様もやっと僕を解放して、拝殿に彼女より先に消えた。

「浅葱の者よ。次は鰻が食べたいな。」

「…鰻でも穴子でもご馳走しますけど、ちゃんと予告して下さい。僕らは荼枳尼天様に仕える事が本職じゃないんで。」

「つれない男じゃのう。」

そう言うと、彼女も拝殿に消えて行った。


彼女が消えると、玉は巫女装束からスカート姿に戻り、寝転がっていた僕も普通に立っている。

目の前には、入り口の歌舞伎役者が奉納した石碑。つまり、まだまだ出世稲荷神社の入り口に立っていた訳だ。


「蝋燭だけあげて、さっさと帰ろうか。油揚げは食べられちゃったみたいだし。」

預けられたお皿を青木さんに返した。


神社だけれども新勝寺の末社として神仏習合の性格があるここは、柏手ではなく合掌一礼が正式な参拝方法らしい。

なんだかボォっとしたままの女性陣の腰を叩いて参拝を済ませる。

彼女が顕現している間はシャッターが閉まっていた社務所で、お札と御神籤を引いて、その場を離れることにした。


★ ★ ★


「荼枳尼天様は鰻を御所望してたけど、僕は関東の鰻を食べた事がないんだ。表の参道の方に天然物の蒲焼きを食べさせてくれるお店があるから、食べて帰ろう。」

「…は!ご飯?ご飯ですか?玉も食べます。鰻も穴子も食べます!白焼も肝吸いもどんとこいです。」

「あんまりどんと来ないで下さい。」


ピシャピシャ。


変な音が聞こえるのは、青木さんが両手で自分のほっぺを叩いているから。


「よし、立ち直った。難しい事は考えない。面倒くさい事は全部菊地さんに押し付ける!」

「おぅい。なんだか酷い事を決心してないか?」

「決めたの。私は玉ちゃんを守る。あんな神様に1人で立ち向かってるんだよ。私が守らないと!」

「あ、因みに、荼枳尼天って祟り神だから。気をつけてね。」

「え?」「は?」

本文中にある通り、荼枳尼天は祟り神にもされる厄介な神様です。

歌舞伎座には昔から荼枳尼天が祀られているのですが、現在の歌舞伎座に建て替えた時に稲荷社の扱いがぞんざいになったとかで、近年の歌舞伎役者の問題・不運は荼枳尼天の祟りなんて怪談もあります。


あぁ、そんなおっかない神様の扱いがどんどん酷くなって行く罰当たりな作品です。これ。

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