歓迎会→感激会
はい、異世界ものテンプレのカレー回です。
相手は日本人ですけど。
「お風呂が沸いたから、玉から先に入ってらっしゃい。」
「そんな事出来ません。一番風呂は殿と相場が決まってます。」
「というと思ったので、お風呂と一緒に洗濯してらっしゃい。僕の下着も入ってるから。」
「むむぅ。私のお手伝い属性を人質に取るとは、計りましたね。」
「単に先に晩御飯の下処理を始めたいだけです。」
「むむむむむ。お料理じゃ私の出る幕が無いじゃ無いですか。」
「わかったら先に入ってなさい。邪魔になるから。」
「そうはっきり言わなくともいいじゃないですか。」
「その内、玉にも僕にご飯を作って貰いますから。その時の為に色々習って貰いますから。今のところは大人しく先に入りなさい。…お風呂のしきたりとか教えましょうか?」
「一緒に入って頂けるんですか?」
「僕は晩御飯の準備をすると言っているでしょうが。」
てな感じで、玉を風呂に入れさせるのも大騒ぎする始末です。
まぁ、一瞬あの娘が漏らしてましたけど、居候なのに家主の僕より先にお湯を使う遠慮があるんだね。
因みに、お風呂を沸かす手順は僕について回ったので直ぐに覚えてくれて、バスタオルやシャンプーなどの使い方もちゃんと一度の説明で認識してくれた。
なので、シャワーだ熱いだ目に入っただのテンプレ騒ぎは起きません。先にビシッと言っておいたので。
「私のずっこけを潰さないで下さい。」
って抗議されたけど。
それでも、お風呂=たらいで行水の等式が玉の常識だったので、少し温めのお湯に浸かる気持ち良さには勝てなかったみたい。さっきから出て来ません。
まぁ、今更死なないでしょ。
さてと、歓迎会の準備という事で。
平安時代の少女が一番食べて驚きそうなものはなんだろうと考えてみた。
お刺身でお寿司はどうだろう。調べてたら、既に万葉集に詠まれていた。却下。
焼肉。BBQ。
うわ、魏志倭人伝に記載があるよ。あと平安時代は陰陽道の教えで禁忌になってた。玉はあれでちゃんとした巫女さんらしいので、とりあえず却下。
お寿司と焼肉はその内たっぷりとお見舞いしてやろうと決めて。
だったらコレしかあるまいて。
イギリス海軍より伝わりしインド料理。
それをさすが魔改造の国ニッポンがやりたい放題改造した奇跡の料理。すなわちカレー!
…まぁ、王道だよね。
まずはどんな料理でも基本でスタート、玉葱を飴色になるまで炒めて鍋から出しておく。
肉は、どうしようかな。四つ脚ですぅ!とか騒いでカレーを溢されてもアレなので、シーフードカレーにしときますか。…むしろビーフやポークより材料費は高いなぁ。僕の場合ただだけど。あと、じゃがいもが合わない。明日の煮崩れたじゃがいもは美味しいんだけどなぁ。
でも今日は玉の為。
野菜は人参とマッシュルームだけ。ムキエビは背腸をとって、イカリングに隠し包丁入れたイカの甲と一緒に白ワインで煮込みます。これで魚介の臭みが落ちます。材料を再び鍋に戻し、強火で炒め直したあとお湯を張りまして。丁寧にアクを掬いながら、取り出したのはシーチキン。ざるの上で油を落としている間に、アクが出なくなったので、市販のルーをぽちゃん。
シーチキンも丸ごとドボン。
あとは中火→弱火でぐつぐつ煮込みます。ぐつぐつ。
3食目でやっとお米を水で寝かせる作業が出来たので、そのまま炊飯器に任せてっと。
小麦粉、酵母菌、水、塩を混ぜて練った白い塊。これを平たく伸ばしたらオーブンに入れて焼きましょ。
「うにゃうにゃのぱ!」
はい、ナンの焼き上がり。
レタスは適当な大きさにちぎり、二つ割にしたミニトマトに刻みナスを混ぜてドレッシングを掛ければカンタンサラダの出来上がり。
コップは幾つか用意して、冷水・玄米茶・ドリンクヨーグルト・ラッシーでお好きなものを。
ドリンクヨーグルトとラッシーの区別が、玉につくだろうか。
あ、あともう一品。
パスタを用意しようか。いわゆるマカロニパスタはカレーにも合うんだよね。
という訳で、カレールーも鍋を二つにして、少し緩めのカレーと焦がし小麦粉と刻みニンニクでトロミをつけた二種類を味わって貰おうか。
うわぁ。カレーの匂いは堪らんねぇ。
★ ★ ★
「くんくんくん。くんくんくん。」
玉が洗濯籠を抱えて、やっと風呂から上がってきた。
くんくん言いながら。
始めて嗅いだカレーの匂いが気になっているようだ。
それでも、家事の報告を先にする玉だった。
「かんそうきって凄いですね。お洗濯物があっという間に乾いちゃいました。」
いや、乾燥機を使っても、それなりに時間は掛かるものだけど、何しろカレーが出来ちゃってるからなぁ。
どれだけ湯船で溶けてたのよ。
「お湯って幸せでしたねぇ。ふひぃふひぃ声が出ちゃいました。あと石鹸で身体を洗うのが気持ちよくて、良い匂いもして。しゃんぷうとこんでしょなあで洗ったら、ほら。がびがびしてた髪が正に烏の濡羽色になりました。うふふふふ。物語に出てくる女御様みたいで、私が私じゃないみたいです!」
まぁ、お湯に浸かるって文化も一般的じゃなかったからね。江戸時代まで蒸し風呂がメインだったそうだし。
「んじゃ、ご飯の前に洗濯物を畳んじゃいますね。」
「それはいいけど、玉はなんでパジャマなの?」
「お風呂から上がったらぱじゃまです!」
「まだ日が暮れたばかりだよ。
「日が暮れたら寝る時間です。燈明の油って高いんですよ。」
あぁ、玉の価値観は基本的に平安時代のままだった。
「あと、私は直す気はあんまりありませんから。だって、私が帰った時、この生活に馴染みきってたら困るじゃ無いですか。」
この娘は本当に芯が座ったところがあるよね。
「わかったけど。買ったばかりのパジャマが汚れてもアレだから。上着だけでも着替えて来なさい。」
「このぱじゃまって服。軽くてふわふわしてて可愛くて、ずっと着てたいなぁ。」
そりゃ寝るのに、重くてごわごわして厳ついパジャマだったら悪夢ばかり見そうだしね。
あと、一日中パジャマを着ているのはダメ人間だから。
★ ★ ★
あ、死んだ。
始めてのカレーなので、ライスカレー風に丸い浅皿にご飯と福神漬け(着色料だらけの赤い奴ね)とカレー。スプーンは理由はわからないけどコップで水に浸しとく。昭和だ、昭和のレストランだ。
玉はスプーンをぐわしっとお皿に突っ込み口に運んだ後は、そのまま上を向いて固まってしまった。
あれま、玉の頭の上に何か白い靄が浮かんでいるなぁ。玉の魂かな。…玉という名前は気をつけないと駄洒落を拾っちゃうな。
まぁ何はともあれ、「ご飯を食べて異世界に行こう」第一部完結という事で。
…異世界って玉の聖域の事だったのか。
あと、玉の死骸はどうしよう。
「いーきーてーまーすーぅ。」
「生きてたんだ。」
「あと、死骸は酷いです。私は虫ですか?」
「というか、本当にエクトプラズムっぽいものが見えてたんだけど。」
「だから慌てて左手で掴みました。」
軍人さんの敬礼みたいなポーズはそれだったんだ。
「そもそも私、生きてんだか死んでんだかわかんないのに。殿の料理を食べるたんびに昇天しかけてたら大変だわね。」
「僕もご飯のたんびに同居人の生き死にを注視するとか、面倒いんだけど。」
「殿のご飯が美味しいからです!」
「え?僕のせいなの?」
「当たり前です!」
理不尽な。
「だって普通“味“って、甘いかしょっぱいかじゃ無いですか。この味はなんて言ったらいいんだか。うー、私の語彙力の貧弱さを恨みます。」
ごいりょくとか、ひんじゃくとか。それなりに難しい言葉を知ってるじゃない。
…そっか。玉の時代は果糖の甘さと、塩(発酵大豆調味料を含む)しかなかったのか。
「あれ?辛いってあっただろ。」
「私は知らないですよ。都の天子様とかならご存じかもしれませんけど。」
「山葵、はこの辺じゃ取れないだろうけど、芥子菜とかとかは…。」
どれどれ。スマホで調べてたら明治以降の外来種って出てきた。そっか、菜の花と一緒にしてたよ。
「玉。人のベロは幾つかの味を感知する事が出来るんです。甘い・しょっぱい・苦い・酸っぱいとかね。辛いはその中の一つです。(正確には味覚ではなく痛覚らしいけど)。で、味はどうですか?」
「これが辛いですね。でも、うんめぇです。なんか複雑な味がいっぱいします。」
まぁカレーはスパイスの塊だし、今日ご馳走しているのは「林檎と蜂蜜とろ~り溶けてる」日本人の定番品だから不味い筈が無い。
「さっき、ぶらじゃあを買って頂いた時にですね。」
ブラジャーだけ買いに行った訳じゃ無いんだけど。
「帰りに道端で茶色い何かを食べていた人が居て、美味しそうだなぁって思ってたんです。」
オープンカフェみたいなのがあったのかな?
「その時も気にはなっていたんですが、何しろ殿も私も大荷物を抱えていたので。」
「君の着替えだから、嵩張っただけで、別に荷物ではなかったよ。」
「でも、私は口の利き方も適切なやり方がわからなかったので、後でお家に帰ったら聞いてみようって決めてたんです。そしたらまさか、食べさせて頂けるなんて。それもこんなに美味しいものを!」
……大昔の南方映画で、現地人にラジオを聴かせてびっくりさせていた場面を思い浮かべてしまったよ。
ご飯もナンもマカロニパスタも鍋も綺麗に片付けてお腹をぱんぱんに膨らませた擬似妊婦巫女情報量多すぎ少女(下はピンクのパジャマ、上はえんじ色のジャージ)は、満足そうに床にひっくり返った。
とりあえず歓迎会サプライズは完了かな。
あと、明日にでも今敷いているラグじゃなくて絨毯を買いに行かなきゃ。
玉が頭を床にぶつけて涙ぐんでるから。
「ヒデキ!感激!」←古い、なカレーは今後「僕」の家の定番になっていきます。
いきなりカレー尽くしをお見舞いされて昇天しかけた玉さんは、このカレーの黄色い箱をぱんぱん叩きながら、オリジナルメニューを作っていく事になります。




