心模様
青木佳奈嬢1人語りの回です。
「なんですとなんですとなんですと!」
土曜日の早朝、私は玉ちゃんに来訪を連絡して畑に来ていた。
菊地さん曰く、100年位前の「浅葱本家のコピー」と言う、深く考えたら負けな非常識な空間にある畑を、私は家主(と言う考え方でいいのかな)の許可を得て耕しているのだ。
私は以前にも、わけのわからない空間に閉じ籠められていた事がある。
わたし的に何がなんだかわからなくて、でも不思議と焦ったり怖がったりする事もなく、ただ寝ていた様に思う。
“外では4年の月日が経過“していたけど、私は知っていた。
誰かが助けに来てくれる。
って。
実際、菊地さんが助けてくれた。
玉ちゃんと一緒に助けてくれた。
そして、知らないうちに経過していた4年間を無かった事にしてくれた。
こんな出鱈目な経験は、自分でも信じていない。あり得ない。それが普通。
でも、私の中の常識は何一つ信じていないくせに、知っているのだ。
私が体験した事は。
私が今でも体験し続けている事は。
全て、否定のしようが無い事実だと言う事を。
私は今、千葉県松戸市の矢切と言う何の変哲も無い住宅街に住んでいる。
1Kのアパートは、大して家具も揃えていない私には、住み切れなく広い。
寂しい。
この矢切のアパートから、市川の菊地さんの部屋に無造作に置かれている水晶玉の中に瞬間移動して来ている。
今の自分がそうなんだから、常識どころか物理からも逸脱している行動を誰の私が否定出来ようか。何処の私が否定出来ようか。
自分でも何を言っているのかわからない。
けど、ここは私の最後の安全地帯で、ここに居る限り、私は害されない。
そもそも“何に“害されるのかわからないんだけど。
私には、わからないことだらけだ。
その訳の分からないものに、菊地さんは1人立ち向かったいう。
玉ちゃんも、菊地さんの背中を、菊地さんの妹さんを守っていたという。
何故そこに、私が居ない!
私は色々見た。
色々経験した。
色々知った。
だから、浅葱の人間として、わけがわからなくても生きて行くって決めたの。
宣言したの。
なのに、何故私が居ないところで一つ問題を解決してるのよ。
なんかなぁ。私ってなんなんだろ。
少し考えてみようかな。
問:なんで私、怒ってるの?
答:仲間はずれになったから
問:なんで私、仲間はずれなの?
答:みんなと離れて暮らしているから
問:なんで私、1人で離れてるの?
答:みんなに再会したくて、適当に選んだから
問:そもそも私、みんなと暮らしたいの?
答:…………暮らしたい。です。
玉ちゃんが好きだから。
菊地さんも、…好きです。大好きです。
私は、高校から短大は女子校ばかりだから、はっきり言って男の人と縁がなかった。
それに男の人は、怖いし乱暴だし威張るし。
何よりも、私の中に誰かを好きになるって感情の量が、多分人より少ないんだと思う。
でも菊地さんは違った。
私が誰かに、あんな無礼な口を利くのは、本当に菊地さんだけだ。
私は菊地さんに甘えている。
菊地さんも、多分わかっている。
最近、私をぞんざいに扱い出したけど、私を見捨てよう、無視しようとかはしていない。
それは嬉しい。
玉ちゃんも、殿は佳奈さんを大切にしてますよって言ってくれてる。
玉ちゃんは勘の鋭い人だし、嘘やお世辞を言う人では無いから、信じていいと思う。
菊地さんが結構高スペックな男性と知ったのは、随分後の事。
初めて逢った時、ぶつぶつ言いながらも、私の言う事をきちんと聞いてくれて。
私の言う事を信じてくれて。
そして、私を助けてくれた。
あの時、玉ちゃんは菊地さんを「優しさの塊」って言った事、今でもはっきりしっかり覚えてる。
玉ちゃんだって、得体の知れない少女だと思う。
けど、菊地さんは、玉ちゃんの全てを受け入れてくれて、玉ちゃんを護り育てている。
玉ちゃんも、そんな菊地さんに自分の全てを委ねて、菊地さんの役に立とうと毎日頑張っている。
私だって。
私だって。
あの日から、なんとなくだけど、あぁ私はこの人を選ぶんだなぁって思った。
でも私はこの人に選ばれる資格があるのかなって不安になった。
私はただの女で、能力や容姿に特に秀でたとは思えない。
玉ちゃんは小柄だけど、女の私の目から見ても、整った顔立ちをしていると思う。
でも、私は普通だ。
不細工では無いと思うけど、美少女では無い。
だから、あの日から、私に出来る事を考えた。
大学は家政科へ行った。
はっきり言うと、花嫁修行の為だ。
ガーデニングを趣味にした。
私に決定的に足りていない女子力を高める為だ。
1人暮らしの場を春日部から、松戸に変えた。職場に通うなら、実家から充分通えるのにだ。
休みの日は街を歩いて、いつか再会できる確率を上げる為だ。
貯金もした。
なんなら私が養って専業主夫にしても構わないくらいまで思い詰めた事もある。
そしたら、何?
菊地さんの料理は、本人は素人料理というけど、店を開けるレベル。
掃除・洗濯は、玉ちゃんの足元にも及ばない。
専業主夫どころか、こっちが玉の輿狙いじゃん。
しかも、市川市からスカウトが来ているとも聞く。
公務員のスカウトって何よそれ。
あぁもう。
私じゃ何一つ敵わないじゃん。
菊地さんと玉ちゃんってなんなのよ。
話を聞くと、ずっとずっと努力して来た2人なんだって。
私なんかじゃ勝てないよう……。
「青木さん、なんの種を持って来たんですか?」
ぽん子ちゃんを抱いた菊地さんに話しかけられた。
狸のぽん子ちゃんは、鼻をスピスピ鳴らしながら、頭を菊地さんの胸に擦り付けている。
野生動物と仲良くなるのも、菊地さんと玉ちゃんの特技。
私もその余禄に預かっていて、みんな仲良く懐いてくれている。
「菜の花の種です。ネットで見つけたので。考えてみれば、こっちって花が少ないなぁって思って。花壇に野草は咲いているし、梅の花も何故だか咲き出してますけど。ほら、たぬちゃんの方は、白くて可愛い花がいつも満開じゃないですか。あれ、良いなぁって。野菜はどんどん成って来ましたけど、味気ないというか。道の両側を菜の花の黄色い壁が出来たら良いなって。」
「花かぁ。確かに僕の頭じゃ思いつかないとこだなぁ。」
「玉もお花はお庭で育ててますから、こっちは考えてませんでした。」
ぽん子を抱っこする菊地さんの真似をして、モルモットを抱っこする玉ちゃんは、やっぱり可愛い。
「ところで、佳奈ちゃんはなんで悔しがってるの?」
うさぎ達に白菜の屑をあげていた妹さんに背中を突かれた。
ていうか、3羽のうさぎ達も私のスニーカーをその前脚で突いてる。
か、可愛い。
「あのね。あのですね。昨日、なんか大変な事あったんでしょ?私も一応、浅葱グループの一員なので、一緒に苦労も危機も乗り越えたかったなぁって。…会社だったから仕方ないですけど。」
「あらあら。そんな事、兄さんが許す訳ないでしょ。」
「はい?」
「兄さんはね、怒ってるの。怒ってたの。私と玉ちゃんを危険な目に合わせた事を。激怒してたんだよ。」
「え?」
「殿、お怒りになられてるんですか?ごめんなさい。玉、全然わかりませんでした………。」
「わふ?」
菊地さんが激怒してた?
え?
思わず菊地さんを見ると、そっぽを向いてほっぺをコリコリ掻いている。
人間の感情に敏感な野生動物のぽん子ちゃんが、もの凄く不思議そうな顔をして菊地さんの顔を眺めてる。
足元ではうさぎ達が、立ち上がって菊地さんを眺めてる。
「うっふっふっふ。まだまだ甘いわねお嫁さん候補達。」
妹さんが悪い顔をして、ぽん子ちゃんごと菊地さんに張り付いた。
「兄さんは、結構怒りっぽいよ。凄く細かいよ。でもね。本当に怒るって行為が大嫌いなの。ね?」
「あ、あぁ。まぁな。僕は我儘なんだよ。空気を悪くするの大嫌い。」
「だから兄さんは自分を律するの。他人のミスは怒らないけど、黙ってカバーするの。人や物に当たるなら、深呼吸して飲み込むの。無駄な人間トラブルを起こさない様に、自分の能力を伸ばす努力を怠らないの。でもそれは、凄く寂しい生き方だよ。独立独歩。言い方変えれば、他人の事なんかどうでもいいって事だもん。」
妹さんの言う事は理解出来た。
怒りたくないから、ひたすら自分だけで何とか出来るように精進する。
それは、どれだけ辛くて偏った生き方なのか。
でも妹さんは、そんな菊地さんを認めている。それは菊地さんが、家族を、妹さんを守って、護っていたからだ。
まだ高校生が、両親を無くし、幼い妹を守って行こうって決心して、実行して来た事に、どれだけ苦しんできたか。
私は菊地さんについて行きたくて努力したつもりけど、そんなものは努力でもなんでもなかったのかな。
「殿。まだ怒ってますか?」
「一晩寝たから、もう大丈夫だよ。僕は瞬間湯沸かし器だけど、直ぐ冷めるから。」
「玉ちゃん。お母さんに言っときなさいな。玉ちゃんのお母さんは、玉ちゃんと兄さんが居るところに居るらしいから。
兄さんが怒っていたのは、自分の娘が危険に遭うとわかって兄さんに仕事を頼んだ事だから。」
「でもね。お母さんは玉なら大丈夫だと思ってくれていたんだと思いますよ。殿なら玉なら大丈夫だって。そのうち頭掻き描き出てきます。」
「きゅう」
モルモットが、頑張れとでも言う様に一言鳴くと、玉ちゃんの手をぺろっと舐めた。可愛い。
「兄さんを休ませてね。お2人共ね。…その為にも、兄さんを良く見ててね。」
玉ちゃんと2人、何故か何も言えず、並んでコクコクうなづいた。
あと、ぽん子ちゃんも、コクコクうなづいていた。
難しいなぁ。
人間て、人付き合いて。
兄を完璧超人と評しながら、偏った変な人とも評して、そんな兄を家族として全肯定出来る妹さん。強いなぁ。
私はそんなに強くなれるのかな。
妹の容赦ない兄さん評ですね。
でも、玉と佳奈はこんな兄さんの隣を歩ける女になるべく努力を続けて行きます。
いつも無理・無茶ばかりしている主人公を護れる女性になった時、この物語は幕を閉じました。




