占い師後輩「占いの腕と料理の腕は別物です」
──朝。目覚めると僕は両側から圧迫感を感じた。ベッドで僕の左側に寝ているのは恋鐘ちゃんだ。今もスゥスゥと寝息を立てて可愛らしい寝顔を見せている。
そして左側で寝ていたのは……恋鐘ちゃんの妹ちゃんだった。恋鐘ちゃんと同じように僕の腕を抱きしめながら、こちらも姉に似て可愛らしい寝顔で眠っている。
……どうしてこうなったんだろう。いや、そうか……恋鐘ちゃんと同じく、妹ちゃんもお兄さんを失っているのだ。僕がその代わりになれるのなら喜んでなってあげよう、僕はお兄さんに助けられたんだから。
それはそれとして、女の子二人に挟まれると全然落ち着かないんだけど。
「ふぁっ……」
先に目を覚ましたのは妹ちゃんの方だった。彼女が寝ぼけ顔で僕を見ながら目をこすった後で僕は口を開く。
「おはよう、よく眠れたかい?」
「うん……おにーさんがおねーちゃんに変なことしないか見張ってたの」
思ってたより怖い理由で僕の隣に寝てたんだね。僕はご両親からお許しが出ていることが一番怖いけどね。
「でもいつの間にか寝ちゃった」
正直な子だなぁ。
「ほら、おにーさん。一緒におねーちゃんの寝顔見て癒やされよう」
「起こしてあげないの?」
「私は毎朝おねーちゃんの寝顔を見ることが日課なの」
それまた随分と変わった日課だなぁ。僕が少しどくと妹ちゃんはベッドの上をノソノソと移動して恋鐘ちゃんの寝顔をジッと見つめて、そして優しい笑顔を浮かべていた。
「今日のおねーちゃん、とっても幸せそう」
「そうなの?」
「うん。きっとおにーさんと一緒だったから」
僕と過ごせる最後だったかもしれない夜が恋鐘ちゃんにとって幸せで良かった。そして今日は、僕が恋鐘ちゃんと過ごせる最後の一日……になってしまうのかもしれない。
にしても本当に恋鐘ちゃん、幸せそうに寝てるなぁ。
「ねぇ、おにーさん」
僕と一緒に恋鐘ちゃんの寝顔を堪能しながら妹ちゃんが言う。
「おにーさん、本当に今日死んじゃうの?」
僕は思わず息が止まりそうになってしまった。妹ちゃんは少し不安げな表情で僕を見ていたが、僕は彼女を安心させるように優しい笑顔を作って答えた。
「そうみたいだね。恋鐘ちゃんから聞いたの?」
「昨日の夜、ちょっとだけ盗み聞きしてたの」
昨日の夜の話を聞かれちゃったのか。そんなに声がでかかったのか僕達は。
「おねーちゃんの占いは絶対当たるから、覚悟してた方がいいよ」
「うん、心得てるよ」
「せめて楽に死ねるように介錯はしてあげるから」
いや、だからって僕を殺そうとしないで。
妹ちゃんとそんな話をしていると、ようやく恋鐘ちゃんが目覚めた。恋鐘ちゃんは目を開くと、彼女の顔を覗き込む僕と妹ちゃんを不思議そうに見た後、ようやく僕達が寝顔を見ていたことに気づいたのか顔を真っ赤にして飛び起きた。
「さ、先に起きてたなら早く起こしてくださいよ!」
「恋鐘ちゃんに悪いと思って」
「良い寝顔だったよ、おねーちゃん」
「もー!」
恋鐘ちゃんが目覚めた後、僕はパパッと着替えて朝食も食べずに仙北家を出た。恋鐘ちゃんのご両親は朝食も一緒にと言ってくれたが、昨日学校からそのまま恋鐘ちゃんの家に泊まっていたから、今日の授業の準備が出来ていないのだ。
そのため僕は一旦家に帰って支度をしてから、再び学校へと向かおうとした。すると最寄り駅の改札前で恋鐘ちゃんが僕を待っていた。
「こ、恋鐘ちゃん!? どうしてここにいるの?」
「クロ先輩と一緒に学校に行きたかったからです」
恋鐘ちゃんの家の最寄駅からなら始発電車もあるから座って行くことも出来るだろうに、わざわざ僕のために……いや、そうか。これが最初で最後の、僕と一緒に学校に行けるチャンスなんだ。
僕は恋鐘ちゃんと一緒に改札を通り、通勤ラッシュで人で溢れ返るホームを移動する。
「クロ先輩。占いによれば三両目の二つ目のドアが良さそうです」
またしてもここで恋鐘ちゃんの占いが大活躍。どういうことだろうと恋鐘ちゃんに言われた通りの場所で一緒に電車を待っていると、三両目の二つ目のドアから乗客が降りた後、丁度僕と恋鐘ちゃんが座れる分だけの座席が空いていた。
昨日の帰りもそうだったけど占いってこんなに便利なの? もう未来予知の特殊能力でも持ってそうだ。
「もしかして、いつも占いでこうやって座っていけるの?」
「毎日ではないですけど、私もあまり満員電車は好きじゃないので。こうしてゆっくりとクロ先輩とお話していたいです」
そこから僕達が通う学校まで三十分ほど、他愛もない話をして時間を潰した。
今日が、僕らにとって最後に一日になることなんて忘れるように……。
学校に着くと、校舎玄関で僕は恋鐘ちゃんと別れた。一年生の恋鐘ちゃんは一階に、そして二年生の僕は二階に教室がある。
「お昼休みを楽しみにしててくださいね、クロ先輩」
そう言って恋鐘ちゃんは笑顔で、控えめに僕に手を振りながら教室へと向かった。
本当に今日、僕は死ぬのだろうかと信じられないほどいつもと同じような学校生活だった。授業も何事なく進み、友達とバカみたいな話をしていたりもした。
まぁその間にも僕のシャーペンの芯が不思議と頻繁に折れたり、僕に回ってきた抜き打ちテストの印刷がやけに薄かったり、よりにもよって僕が翻訳に苦戦していた英文の読解を先生に指名されたりと、僕の不運っぷりはいつも通り発揮されていた。
そして昼休み。僕はいつも購買でパンや弁当を買うのだけれど、教室から出ようとした時、丁度恋鐘ちゃんが二つの小包を手にやって来た。
「クロ先輩。一緒にお昼ごはん食べませんか?」
訳あって僕の彼女になった恋鐘ちゃんの突然の登場に、クラスの友人達は「あの月無に彼女が……!?」だとか「やっぱりアンラッキー君の彼女ってとてつもなくヤンデレだったりするのかなぁ」などと好き勝手言ってくれている。僕も内心最初はいわくつきだと思ってたよ。
「うん。中庭のベンチとかどう?」
「それは良いですね」
恋鐘ちゃんは笑顔でそう答えると、控えめに僕に向かって右手を出してきた。僕はそっと恋鐘ちゃんと手を繋いで中庭へと向かった。
校舎とグラウンドの間にある中庭には木々が生い茂っていて、その下にいくつかベンチが置かれている。他の生徒もここで昼休みを過ごしているけれど、たまたまベンチが一つ空いていたからそこに恋鐘ちゃんと座った。
「実は今日の朝、クロ先輩の好みを占ってきたんです」
恋鐘ちゃんは二段弁当の包みを解いた。そしておかずが入った方の蓋を開けると──焦げた部分の多い殆ど黒色の卵焼き。形が崩れたボロボロのハンバーグ。具材の形がぐちゃぐちゃのきんぴらごぼう……などなど、良くも悪くも僕はその中身を見て圧倒されていた。
「と、とても美味しそうだね」
僕はつい嘘をついてしまった。それが優しさだと思ったからだ。
だが僕のあからさまな嘘を聞いた恋鐘ちゃんは、今にも泣きそうな表情で言う。
「すいません、クロ先輩……私はクロ先輩の好みこそ当てることは出来ますが、料理の腕はからっきしなんです……お許しください。やはり学食で何か買いましょう」
「いやいやいやいや! 食べるよ! 食べるから!」
僕は弁当をしまおうとする恋鐘ちゃんの手を慌てて止めた。僕ももっといい言葉を取り繕うことが出来たらよかったんだけど……今更引き下がることは出来ない。恋鐘ちゃんの悲しい表情なんて見たくないのだ。
僕は意を決して、まずは黒焦げで形もボロボロのハンバーグに手を付けた。
「……ぶふっ」
僕は思わず口に含んだものを吐き出しそうになった。なんか……ちゃんと作ろうとしてくれたことはわかる。わかるんだ。とっても伝わってくるよ、でも……でもなんだよ。
「あの、クロ先輩……?」
とても不安そうな表情で恋鐘ちゃんは僕の顔を覗き込んできた。だが僕は箸を進める。僕は恋鐘ちゃんが丹精込めて作ってくれたこのお弁当を完食して見せるんだ──。
「……美味しかったよ、恋鐘ちゃん」
僕は弁当を空にした。僕も男らしいところは見せられたかな。これが最初で最後の、彼女に作ってもらったお弁当だ。どんな味でも、これが僕にとっては最高の想い出なのだ。
こういう抜けているところもあるのが愛おしいところだ。そう思おう。
「クロ先輩……ありがとうございます」
「うん。良い最後の晩餐だったよ」
「……そんな最期みたいなこと、言わないでください」
まぁ今日本当に僕が死ぬんだったらこれが最後の晩餐になってしまう。野球ボールが頭に直撃しなくても、この弁当のおかげで胃が壊れて死ぬんじゃないかって思えるけど。
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