占い師後輩「先輩は私のどこを好きになったんですか?」
電車に揺られて三十分程。僕の最寄り駅の一つ隣の駅で降りて歩いてさらに十分程。閑静な住宅街の中に都会では珍しい広い庭を持つ大きな二階建ての一軒家があった。表札には『仙北』とある。
「……もしかして恋鐘ちゃんの家ってお金持ち?」
「いえ、それほどではありません。私が父の出世を占ったら不思議とトントン拍子で父が出世していっただけですね」
すごい、娘に運命握られちゃってるじゃん恋鐘ちゃんのお父さん。そんなに信憑性が高まっていくと、どんどん僕が死ぬ未来が鮮明に見えてきちゃうんだけど。
ていうかいきなり僕なんかがお邪魔していいのかな。お付き合いを始めた当日に彼女の家に上がり込むことになるとは思わなかったし、僕に自慢できることなんて不運なことしかないんだけど門前払いとかされないかな。
僕は恋鐘ちゃんに連れられて恐る恐る家の門をくぐった。そして恋鐘ちゃんが「ただいまー」と玄関のドアを開くと、家の奥からセーラー服を着たツインテールの女の子がトタトタと廊下を走ってきた。
「おかえりおねーちゃん……って、え?」
「あ、お邪魔します」
恋鐘ちゃんに続いて家の中に入った僕を見て、ツインテールの女の子……さっき恋鐘ちゃんが言ってた妹さんだろうか。彼女は僕と恋鐘ちゃんを交互に見ながらアワアワと困惑しているようだった。そして後ろを振り返ると、彼女は廊下を走りながら叫んだ。
「おかーさん! おとーさん! おねーちゃんが本当に彼氏連れてきたよー!?」
……本当に?
「あの、恋鐘ちゃん」
「はい、なんでしょうか」
「もしかして僕が来ること、家の人って知ってるの?」
「はい、昨日の内に伝えてあります。今日、私が彼氏を家に連れてくると」
な、なんだか全て恋鐘ちゃんの手のひらの上で踊らされている気分だ……。
「おぉーっ、君が噂のミスターアンラッキー君か! 確かに不運そうな見た目してるな!」
「こらっ、人様の子に何を言ってるの。こんな人は放ってゆっくりしていってね~」
白髪交じりの七三分けでメガネをかけた豪快なお父さんと、背が高くて上品そうなお母さんに迎えられ、僕は夕食をご馳走してもらうことになった。なんかここまで歓迎されると逆に怖い。怪談話でよくあるじゃん、客人を丁重にもてなすけど寝ている隙に食べちゃうとか。絶対それだよ。
「ほら月無君、遠慮なく食べてって。今日は張り切ってたくさん作っちゃったから」
食卓には山盛りの唐揚げにポテトサラダ、煮物だとか様々な主菜や副菜が並んでいる。
す、凄い量だ。本当にこの後ホラーな展開が待ち受けてるんじゃないかと怖くなってくるけど、僕はありがたく思いながら夕食を食べていた。
「ねぇ、おにーさん」
「何?」
僕の正面に座る恋鐘ちゃんの妹さんがポテトサラダをつまみながら言う。
「おにーさんは、おねーちゃんのどこを好きになったの?」
……おやおや?
僕は隣に座る恋鐘ちゃんを見る。僕達ってそういう関係だったっけ、と。
「私のどこを好きになったんですか?」
そういえば僕は恋鐘ちゃんと付き合っている体だったね。好きとかどうとか関係なく、明日死ぬ運命にある僕が可哀想だから恋鐘ちゃんが付き合ってくれているって感じだ。
もしかしてだけど、恋鐘ちゃんは明日僕が死んでしまうことをこの人達に伝えていないのか。普通に恋が成就したとお思いか。
ヤバい。恋鐘ちゃんのお父さんとお母さんからも凄い期待の目を向けられている気がする。僕って明日死ぬんですよって言えるわけもないし……それを伏せて正直に言うしかないか。
「正直……まだ中々実感はないんですけど、恋鐘ちゃんと一緒にいると、不運な僕でもすごく幸せに感じるんです」
恋鐘ちゃんの占いは恐ろしいぐらいに当たる。僕はそれを目の当たりにして、実際にその恩恵を享受してきた。たった今日一日、まだ数時間しか経っていないけど僕は幸せだ。まぁ明日死ぬらしいけどね。
「やっぱり若いってのはいいねぇ……」
僕の答えに満足してくれているのか、恋鐘ちゃんのお父さんはしみじみとそう言った。
「お父さんもな、高校の文化祭で占ってもらった時に全然知らない名前の女子と付き合うと良いだなんて言われたなぁ……まぁ占い師だった母さんがそう仕向けてきたわけだったが」
「こらっ、その話はもういいでしょ!」
お父さんの頭をお母さんがコツンと小突いた。もうそこから占いで出会ってたんだ、このご家族は。占いって怖い。
「そういえば恋鐘。お父さんな、明日大事な商談があるんだが……ちょっと占ってくれないか?」
やっぱり完全に娘に命運握られてしまってるじゃないですかこの人。でもビジネスマンって結構神社とかお寺に通ったりだとかスピリチュアルな力も頼るって聞くし、意外と普通なのだろうか。
そして当たり前のように目の前に置かれている水晶玉に恋鐘ちゃんがムムムと念じると、何かが見えたのか恋鐘ちゃんがカッと目を見開いた。
「お父さん。明日の商談は失敗するよ」
「な、なんだって!?」
「でも安心して。明後日ぐらいに取引先の食品の産地偽装疑惑が報道されて株価が急落するから、明日手を切った方が良いよ」
「な、なんだって……」
占いの内容が結構シビアっていうかリアル。占いって内容はふんわりしているイメージがあるけど、そんな事細かに伝えられることある?
明後日のニュースには注目だなぁ、僕が生きてるかはわからないけど。
久々に大人数で楽しく美味しい夕食を終えた後、長居するのも悪いと思って僕は帰ろうとしたのだが、恋鐘ちゃんに引き止められた。
「もう帰るおつもりですか?」
「え、でもご飯までいただいちゃったし、これ以上は……」
すると恋鐘ちゃんは水晶玉を僕に見せつけながら言う。
「クロ先輩は彼女である私を放ってお一人で寂しい夜を越えられるおつもりですか? そして大事な大事な彼女に寂しい思いをさせるつもりで?」
「で、でもさ。僕達は付き合っているとはいえまだ初日だし、いきなり泊まるってのも恋鐘ちゃんのご両親が許してくれるとは……」
僕がそう言ってあたふたしていると、リビングから恋鐘ちゃんのお父さんとお母さんが笑顔で顔をのぞかせてきて口を開いた。
「私は月無君なら大丈夫よ!」
「恋鐘の占いは絶対だからな!」
あんたらそれで良いんですか。
しかしこうも歓迎されては野暮にすることも出来ず、僕は恋鐘ちゃんのご両親という大きなバックアップを受けながら今日はこの家に泊まることになった。
……本当に怪談話みたいに、食べられたりしないよね? 家の裏で山姥が包丁を研いでたりしないよな?
恋鐘ちゃん達のご厚意で先にお風呂に入らせてもらうことになり、僕は浴室へと入った。なんだか人の家のお風呂って緊張するなぁ、しかも相手は女の子だ。男友達の家に遊びに行ったことはあるけど泊まったことはなかったから、ややソワソワしながら頭を洗っていると脱衣所の方から物音がした。
そして、浴室のドアが突然開かれた!
「クロ先輩、お背中お流しします」
「ちょちょちょ、えぇ!?」
僕は驚きながら慌てて局部をタオルで隠した。恋鐘ちゃんはジャージ姿で袖と裾を捲って右手にタオルを、そして左手にはしっかりと水晶玉を持っていた。いや水晶玉は絶対にいらないでしょ。
「いいよそんなの! 自分で洗うよ自分の体ぐらい!」
「実はクロ先輩を占ってみたんです。すると私に体を洗ってもらうと幸せになるとの結果でした」
「あぁなるほど、じゃあ仕方ないね……ってならないよ!?」
しかし僕がどれだけ断ろうとしても恋鐘ちゃんは浴室から出ていこうとせず、僕の背後にタオルと水晶玉を持って陣取っていた。「私の占いは絶対です」とか言い張ってるから、僕はもう諦めて恋鐘ちゃんに背中を洗ってもらうことにした。
「それにしても、背中のこの傷跡はなんですか?」
僕の背中には大きな傷跡がある。僕も病院で写真でしか見たことがないけど、確か右肩から腰にかけて斜めに切り傷みたいな跡があるはずだ。
「昔、大怪我したことがあってさ。僕の不運っぷりの賜物だよ」
「ゴシゴシしても大丈夫ですか?」
「もう昔の傷だし塞がってるから大丈夫だよ」
恋鐘ちゃんは僕の背中をゴシゴシと洗う。人に背中を洗ってもらうなんて何年ぶりだろう。
「前の方も洗いましょうか?」
「いや前は流石にダメだよ」
「大丈夫です。占いでクロ先輩のモノを見ましたがご立派でした」
「でもダメだよ!?」
そんなところまで占いで透けてしまうのは最早恐怖だったが、恋鐘ちゃんは僕の背中を流し終えると浴室を出て行ってくれた。一緒に浴槽に入りましょうとか言われなくてよかった。ちょっと期待しちゃったけど……もう恋鐘ちゃんは真顔で言いそうだもん。
いくら付き合い始めたとはいえ意外と恋鐘ちゃんは予想以上に積極的な女の子だ。もう何か占いを口実に攻めてきてるように感じるけど、でもちゃんと当たってるからなぁ。
ゆっくりと湯船に浸かった後、脱衣所に入ると僕の着替えが用意されていた。
男物の、割と新しめのジャージ。この家ってお父さん以外に男の人いないはずだけど、どうしてこんなものがあるんだろう……客人用にわざわざこんなものを用意するかな?
僕は訝しんだ。本当にこの後食べられてしまうんじゃないか……全部恋鐘ちゃんの占いを口実に動かされていると思えば、僕の頭からその可能性が拭いきれなかった。
入浴後、僕は恋鐘ちゃんの部屋に通された。まさか死ぬ前に彼女の部屋に入ることが出来るなんてと感動しつつ入ってみると、意外にも普通の内装だった。勉強道具が置かれた学習机、参考書や漫画、CDなんかが並べられた本棚、そして水色のベッドと……たくさんのぬいぐるみ。色んなアニメや漫画に登場する可愛い動物やマスコットのぬいぐるみが所狭しと並べられている。
さっきの放課後デートでゲーセンでぬいぐるみをねだってきたし、結構ぬいぐるみが好きなのだろうか。
だが恋鐘ちゃんはお風呂に入ってくると言い、僕は恋鐘ちゃんの部屋で彼女の妹ちゃんに勉強を教えることになった。妹ちゃんは机の側にさっき恋鐘ちゃんがゲーセンで取ってきたウサギのぬいぐるみを置いて勉強に取り掛かる。中学生の範囲だから教えるのは簡単だ、結構妹ちゃんは出来が良いみたいだし。
「ねぇ、おにーさん」
学習机の隣で勉強を見ていると、妹ちゃんが声をかけてきた。
「おにーさん、おねーちゃんの占いで何か悪いこと言われたでしょ?」
ビクッ、と僕の背筋が震えた。恋鐘ちゃんのご家族は、彼女の占いで僕が彼氏としてやって来たことしか知らないはずだ。まさか、明日僕が死ぬ運命にあるとは思うまい。
「占いの中身は言わなくていいよ。私は、いくら占いの結果とはいえおねーちゃんが彼氏を作るってのが信じられなかっただけだもん。おねーちゃんって全然自分の恋バナとかしないし」
「……僕自身、まだ信じられてないけど」
「そりゃいきなりだったからね。私のおねーちゃんはたまに変なことを言うかもしれないけど、ちゃんとおねーちゃんの言うことは聞いてあげてね。おねーちゃんの占い、怖いぐらい当たるんだから」
まぁそりゃ僕も実感してるけど、だからこそ明日本当に死ぬんじゃないかって怖くてしょうがないよ。
恋鐘ちゃんがお風呂から上がってきた後、僕は恋鐘ちゃんの今までの占いの話を聞いたり、好きな漫画とか音楽の話をしたり、恋鐘ちゃんの妹も交えて一緒にカードゲームとかボードゲームも遊んだりした。
そんな幸せな一時はあっという間に過ぎていき、眠気が襲ってくる時間になってしまった。
「そういえば、僕の寝るところってどこ?」
「私のベッドですが」
いや、そんな当然のように言われても。絶対占いを口実にしてくるじゃん。
「大丈夫ですクロ先輩。占いでその方が良いと出てるので、絶対に私と一緒に寝るべきです」
「いやいやいや、いくら付き合っているとはいえそれはまずいと思うよ!?」
「大丈夫です。クロ先輩がいきなり私に手を出せるほどの度胸がないことは占いで出ています」
そりゃ僕は鋼の精神で絶対に制止するだろうけど、なんだか意気地なしって言われてる気分だ。
なんだかびっくりするぐらいトントン拍子でとんでもないことばかり起きてるなぁと思いつつ、僕は用を足すためにトイレへと向かった。
その帰り、水分でも摂ろうとダイニングへ向かうと──誰かの話し声が聞こえてきた。
「──なんだか今にも取って食おうかっていう勢いだなぁ、恋鐘は」
えっ?
ダイニングから聞こえてきたその言葉に僕は驚いて、壁に耳を当てて息を潜めた。
「あの肉食ぶりは誰に似たんでしょうねぇ」
「そりゃ母さんだろ。高校の時に毎日俺の家に通ってたから通い妻だなんていうあだ名までついてただろう」
「それはもう貴方があの頃からお盛んだったから……」
「がっはっは!」
あぁ良かった。なんか食おうとか聞こえたから本当に僕は食われるのかと思ったけど、恋鐘ちゃんのご両親が若い頃元気だったって話だった。多分あの肉食ぶりは両方から血を色濃く受け継いだんじゃないかなぁ。
仲が良さそうなご家族で何よりだ。そう安心して挨拶しようとした時、恋鐘ちゃんのお母さんがやや表情を曇らせて言った。
「それにしても、恋鐘があんなに元気そうにしてるのは久しぶりね。それこそ……あの子のお兄ちゃんが死んでから初めてかもしれないわね」
……えっ?
「そうだな……もうあれから五年、いや六年も経つのか」
恋鐘ちゃんに、お兄さんがいた?
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