第98話 アルシアの挑戦
あいみの家に着くと、アルシアはぐったりとした様子だったので、あいみはすぐさまお風呂に湯を溜めに行き、アルシアをソファーで休ませた。
「疲れたでしょう? 今はお風呂の用意したから、10分程待って」
「ごめんなさいね」
「今日の夕食はスーパーで買ってきた物だけど、いいよね?」
「スーパーが何か分からないけど、うん、ありがとう」
「スーパーは、食品関係のお店だよ」
あいみは冷蔵庫を開けて、ハンバーグのレトルト、惣菜を出した。
そして、10分の時間が経つと(お風呂が沸きました)という音声が鳴ると、あいみはアルシアにお風呂に案内した。昨日、一緒にシャワーに入って要領は得ているので、今日はアルシア一人で入った。
アルシアは髪と身体を洗った後、湯船に浸かった。
「ふぅー、なんて気持ちいいんだろう。魔水浴でもこんな感覚は無かったわ」
今までなら、魔力を回復させる為に、魔力を含んだお湯に浸かっていたが、今回は恐らく今までにないぐらい身体を動かしたので、肉体疲労に湯船は心地よかったのだろう。
そして、アルシアがお風呂に上がる頃には、夕食は出来ており、テーブルに並べれられていた。
「お風呂、気持ち良かったでしょう」
「うん、なんか全身の疲労が和らいだような気がするわ」
テーブルに夕食が並べられているのが、アルシアの眼に入ると……。
「これあいみが作ったの? 何でも出来て凄いわ」
「いやー、これは料理したという代物ではないから。アルシアでも普通に出来ると思うよ」
「本当に?? ふーん」
アルシアは半信半疑であったが、自分で作ることに興味があるようだ。そして、食事も済んで、食後のコーヒーを堪能した。
「今日は大変だったみたいだね」
「うーん、大変というか、みんなのとの体力の違いにショックを受けたというか……」
「それは仕方ないよ。あいみ達は魔法が使えないから、体力でカバーしないと」
アルシアはコーヒーを一口飲むと、溜息をついた。
「ねぇ、真由もそうなの? 腕立てとかいっぱい出来るの?」
「うーん、確か100回は出来るって言ってたかな」
「100回!!」
あまりにも桁違いの数字に思わずアルシアは、大声を出し、愕然としてしまった。
「私には無理だ.....」
「100回は普通に凄いから。見た目はアレなのにね。ふふ」
「ぐっ、ふふふ」
2人とも、お人形さんみたいに可愛い真由の姿が頭に過ったのか、笑いが込み上がった。
そして、しばらくして、再び落ち着くとあいみが、話しを切り出した。
「明日も道場に行くの? もし、嫌なら断ってもいいんだよ」
「いや、行くわ。私はもう魔法が使えない身になってしまったから、ここでカバーしないといけないし。それに真由だって、魔法の世界に来た時は相当頑張ったと思うの。だから私も頑張らないと」
「アルシア……分かった。あいみも応援するよ」
この前向きな発言は、魔法を使えなくなった現実を受け入れるようになってきたようだ。アルシアの表情は、決意の表れなのか凛々しい。
「アルシアの講師って、テレシーさんだよね? 和田さんと飲み仲間らしいから、色々な話を和田さんから聞いたけど、あの人昔は鬼教官だったらしいよ」
「えっ!? そうなの!? 全然そうは思わなかったわ」
「うん、当時は特に熱が入ると言い方もきつかったみたいで、それか原因で辞めて行く門下生が多くて、上層部から注意を受けていたみたい。それでもテレシーさんは、職務上厳しくしないといけないと考えていたから、ジレンマに陥って悩んでいたみたい」
テレシー岡田の今のイメージと、全く合致しない意外な過去にアルシアは驚いている様子だが、あいみの話は続いた。
「それから和田さんの助言もあって、日頃から話し方を変えてみたらしい。それがあのお姉の喋り方になったみたい。だから、テレシーさん、普通に奥さんも子どももいるからね」
アルシアは再び驚いた。テレシー岡田は、てっきりそっちの人だと思っていたようだ。
「喋り方が変わってからは、カリカリしなくなって、周囲の人間と気兼ねなくコミュニケーションが出来るようになって、今まで自分が敬遠されていたことを思い知らされたみたい。和田さんにも『自分の世界が広がった』って言ってたみたいよ」
アルシアは、今度はテレシー岡田の話を、黙って頷いて聞いていた。
「だからずっと悩んでいても、ある一つの行動で変わるかもしれないね。今度の事で、アルシアの世界も広がるといいね」
「うん。でも、私はあいみと出会って、私の世界は広がったと思っている……いや、真由と出会った時から広がり続けていて、一旦止まってしまったのを、あいみが再び広げてくれた……。ありがとう、感謝しているわ」
「いやー、それ程でも、えへへへ」
「私頑張るね。そして、いつかは真由達を助けられるようになるわ」
「アルシアなら出来るよ」
アルシアは決意を固めた。
――そして、翌日。アルシアは再び、道場に向かった。
道場の隣の更衣室で道着に着替えて道場に入ると、まだ時間が早かったせいか、テレシー岡田も来てなくて、門下生もまだ半分も来ていなかった。それでも、アルシアは昨日教えられた通りに準備運動をした。
しばらくすると、テレシー岡田がやって来ると、まっすぐにアルシアの元に駆けつけた。
「おはよう、アルシアちゃん。昨日、和田ちゃんから事情を聞いたわ。無理なプランをさせちゃってごめんなさいね。みんなには病み上がりで、リハも兼ねているって説明しておくわね」
「おはようございます。こちらこそ気を遣わせてしまって」
「今度はちゃんと、優しいプランにするかねぇ」
「ありがとうございます。でも結構です。厳しくご指導をお願いします」
アルシアは笑顔でお礼を言った後、真剣の表情で懇願した。
「あ、あ、アルシアちゃん……うう、なんていい子なの。昨日だって辛かったはずなのに。うう」
テレシー岡田は、アルシアの言葉に瞳をうるうるさせた。
「分かったわ。あたいも全身全霊をかけて指導するわ。そして、あたいの奥義『テレシー流喧嘩殺法』を習得させてあげるわ」
「はい! ありがとうございます!」
こうして、アルシアの挑戦は始まった。
お読み頂き、ありがとうございます。
気に入って頂ければ、ブックマークや↓の☆をクリックしてくれますと、モチベーションが上がります!