第94話 あいみの家に泊まりに行く
あいみとアルシアは、今晩泊まりに、あいみの家にやって来た。
あいみの家は組織から電車で一駅の所で、一人暮らしにしては、そこそこ広い2LDKの部屋のマンションだった。
「ここがあいみさんの部屋なの? 私の居たAランクの女子寮よりも広くて、綺麗だわ」
「えっへん、組織の給料は一般の仕事よりもいいからね。あいみはあんまり料理得意じゃないから、晩御飯はピザでも取るね」
「うん、ピザが何か分からないけど、きっと素敵な食べ物なんでしょうね」
あいみはスマホでネット注文した後、テレビを付けてアルシアと一緒にソファーに座わった。ちょうどこの時間は音楽番組を放送しており、アーティスト達が歌を披露していた。
「あいみさん、この心地よいリズムは何? それも声が綺麗」
「これはね、J-POPのジャンルになるのかな。アルシアさんの世界にも、リズムに乗せて歌ったりするでしょう?」
アルシアは、あいみの質問に顎に手を当てて、しばらく考えた。
「ゴッスン、ゴッスン……かな?」
「ゴッスン?」
アルシアは、太助が率いる討伐隊『ストレングス』が登場する時に、足踏みでリズムを取ながら「ゴッスン、ゴッスン、ドーン、ドーン」というゴッスンコールの事を言ったつもりだが、当然ながらあいみには伝わらない。
その後も、アルシアは他のアーティストが歌う曲も、興味津々だった。
そして、数十分が過ぎると、頼んでいたピザが宅配され、テーブルの上にチーズがたっぷり乗ったピザと、飲み物としてコーラが用意された。
「お待たせ、お口に合うか分からないけど、遠慮無く食べてね」
あいみがそう言いながら、ピザを手で一枚ちぎって、アルシアに食べ方を見せるようにして、ゆっくりと食べた。その様子を見ていたアルシアは、早速真似をするように、一枚ちぎって、一気に口の中に
頬張った。
「うっ、何これ伸びる」
「それはチーズだよ。美味しい?」
「うう、私には刺激が強過ぎる味かも……」
これまでアルシアは『ジュレ』という素朴な味しか知らなかったせいか、ピザの濃厚な味が刺激的だったかもしれない。
「アルシアさん、コーラどうする? 飲む? もしかしたら、これも刺激がきついかもしれないよ」
「せっかくだから、飲むわ」
「いや、無理しなくても……」
あいみの心配をよそに、アルシアは自分からコーラを手に持った。その積極的な行動を取るのは、興味から来るものなのか、礼儀から来るものか分からない。
しかし、あいみにペットボトルの開け方を教えてもらうが、なかなか開けることが出来なかった。
「うーーん、ま、回らない……」
「マジっすかー」
ペットボトルを開けられないアルシアを、少し呆れ気味にあいみは見ていた。
「アルシアさん、貸して。あいみが開けてあげる」
あいみは蓋を開けようと力を注ぐと、炭酸が抜ける音と同時に難なく開いた。
「あいみさん、凄い。私も力と体力はある方だと思っていたのに」
「いやいや、全然無いでしょう」
「こう見えても、腕立て伏せ3回は出来るんだからね!」
「全然駄目じゃん」
アルシアの世界では、魔力に頼り過ぎて、ほとんどの人が腕立て伏せ1回も出来ない。だから、3回出来るアルシアは自信があったのだろう。
しかし、そんな事情を知らないあいみにとっては、もはや冗談のレベルであるのは言うまでも無い。
「それで本当に飲むの?」
「飲むわよ。飲むぐらいなら私にも出来るんだから」
少しやけになっているアルシアは、初めて見る得体の知れないコーラを一気に飲んだ。
「ぷーーーーー!!」
一気に飲んだアルシアは、当然の事ながら炭酸の刺激に驚いて、思わず盛大に吹いてしまった。
「オッホン、ゲホ!ゲホ! な、何これ……」
「やっぱりそうなるか。ごめんごめん、服が汚れてしまったね。先にシャワーに入って着替えるといいよ」
「ゲホ、こ、こちらこそごめんなさい。それでシャワーって何?」
「えっ!?」
あいみは驚いた時に二度見するように、アルシアの顔を見た。
「逆に聞くけど、身体を洗う時って、どうするの?」
「クリーンという魔法で、服から身体まで綺麗にするの……うーん、でも私これからどうしたいいのかしら……」
アルシアは、魔法が使えない現実を実感してしまったせいか、一気にテンションが落ちてしまった。
その状況を察したのか、あいみはアルシアの手を引っ張って、浴室に連れて行った。
「説明するより、体験した方が早いから。前も言ったけど、ここの世界の人間は、みんな魔法なんて使えないんだから、心配しないで」
「あいみさん……」
「と、いう事で全部脱いで」
「えっ?」
突然のあいみの発言にアルシアは驚いた。あいみにしては身体を洗うのに裸になるのは当然な事だが、服を着たまま魔法で、服ごと綺麗にするのが当たり前のアルシアとっては意外であった。
「もしかして、お湯で身体を洗ったりしたことないの?」
「うん、魔法でしかないから。魔水浴をする時は裸になるかな」
「魔水浴?」
「魔力の高い湯に浸かって、体内の魔力を活性化させるの」
「ふーん、温泉みたいなものかな」
こうしてあいみは、アルシアと一緒にシャワーに入り、シャンプー、リンス、ボディーソープ、洗顔、メイク落とし等を丁寧に教えた。
アルシアは、研修を受けてるような真面目な態度で、あいみの話を聞いていた。
――そして、シャワーから上がり、ドライヤーで髪を乾かして、パジャマに着替えると、2人はソファーに座りまったりとした時間を過ごした。
「本当にこの世界って、魔力無しで何でも出来るのね。もう驚き疲れたわ」
「逆にアルシアさんの世界が気になる。魔法が無いと生活出来ないんだろうね」
「う、うん……」
「あっ、ごめんなさい。えーと……」
あいみは、無自覚に触れてはいけない話題をしてしまったことに気づき、慌てて話題を変えようと、しどろもどろに話した。
「そ、そう、最近、どう? えーと、誰か気になる人とかいる?」
「え?」
「うん、そう恋バナだ! せっかく女子2人なんだから、恋バナしようよ」
『恋バナ』というキーワードが出るとアルシアの顔が赤くなった。
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