第88話 魔法の世界と科学の世界
アルシアが声を荒らげたせいで、あいみも驚いてしまい、しばらく沈黙が続いた。
「ご、ごめんなさい。そんなつもりじゃあなかったの」
正気に戻ったアルシアは、あいみに謝罪した。しかし、あいみにしてみれば、テレビを付けただけでアルシアが、なぜそこまで気に障ったのか、あまり理解していないようだ。
「う、うん、でも、魔法じゃあないのは本当だよ。あいみも魔法使えないし、そもそも使える人なんてこの世界にいないよ」
「魔法を使える人が誰もいない? そんな事あり得ないわ。魔力無しで生きていくなんて、不可能だわ」
「うーん、魔法が使える方が不可能だと、あいみは思うよ」
魔法で発展した世界と、科学で発展した世界とのカルチャーショックかもしれない。アルシアとあいみの価値観を、お互いにまだ理解出来ていない為、話しが噛み合うことが出来なかった。
そして、そのやり取りを黙って聞いていたポンタが、静かに口を開いた。
「アルシア様、信じられないかもしれませんが、この世界には魔法が存在しません。だから、その代わり科学というものがあって、それを使って色んな物を作っています。このテレビもその一つです」
「科学? 魔力無しでなんて、やっぱり信じられないわ」
両方の世界を知るポンタの説明でも、今一つアルシアは信じられなかった。決して、嘘をついているとは思っていないだろうが、どうしても受け入れられないという感じであった。
そして、その様子を見ていたあいみは、何か閃いたのか、突然テレビの電源を消した。
「難しく考えるより、アルシアさんもやって見たら、どうかな?」
あいみはテレビのリモコンを、アルシアに手渡した。
「これは…….何?」
「これはテレビのリモコン。これでテレビをつける事が出来るよ。とりあえず、そこの赤いボタンを押してみてよ」
アルシアは見慣れない物に、戸惑いながらも調べるように見ていた。そして、赤いボタンを見つけると、早速押してみた。すると、テレビの電源が入り、再び映像と音声が流れた。
「はっ」
「ね、付いたでしょう」
「で、でも、どうして? 私の魔力は消失したのに」
「だから、魔力なんて必要無いんだってば」
アルシアはまだ信じられないようだが、実際にテレビが付いたという事実に、理解が追い付いていなかった。
「アルシアさん、他のボタンも押してみて」
「他のボタン……」
アルシアは適当にボタンを押すと、チャンネルや音量が変わり、自分がこのテレビをコントロールしているような感覚が気に入ったのか、夢中で次々と押し続けた。
「流石です。あいみ様」
「いや、こんな事で褒められても。えへへ」
この世界に来てから、ここまでアルシアが何かに夢中になることは無かったし、それ以前にポンタ以外の人に話す事も無かった。
テレビを付けただけで、大した事ではないかもしれないが、これが会話の突破口になったのは間違いないだろう。
そして、しばらくの間、アルシアは子どもがテレビで遊ぶようにリモコンを操作して、あいみもその操作一つ一つに説明をしてあげた。
「あいみさん、ありがとう。なんか少し気分が良くなったわ」
「あいみは、そんな大した事はしてないけど」
最初の頃に比べると、少しアルシアの表情は良くなっていた。
「ねぇ、アルシアさん、少し冷めてしまったけど、夕食を食べてみない?」
「夕食??」
「えー?」
アルシアの初めて聞いたようなリアクションに、あいみは驚いた。
「もしかして、夕食に気づいてなかったのー? 昨日も持ってきたんだけど」
「ごめんなさい……」
「こんな状況だったわけだし、気にしないで」
「ありがとう。夕食はどこにあるのかな?」
「えー?」
夕食はカートの上に置いてあるのに、わざわざアルシアが聞いてきた事に、またしてもあいみは驚いた。そして、アルシアも、あいみがなぜそのような反応になるのか分からず、会話が終わってしまった。
すると、その様子を見守っていたポンタは、口を開いた。
「アルシア様、この世界にジュレは存在しません。この世界では、あいみ様がお持ちになったものこそが、夕食でございます」
ポンタは、カートの上に乗っている夕食の方に指を差した。
「これがそうなの? 随分変わっているわ」
「あははは……」
事情の分からないあいみは、苦笑いをするしかなかった。
「これは……何?」
「うーんと、野菜スープと、ほうれん草のおひたし、卵焼き、おかゆかな。病食だから、あんまり美味しくないかもしれないけど」
ごく一般的な病院食だが、食べ物がジュレしか無い世界で生きたアルシアにとって、それが食べ物かどうかも怪しいところだ。
でも、あいみがそんな風に思うはずがなく、アルシアの前にテーブル台を倒して、トレイを置いた。
「お口に合うか分からないけど、食べてみて」
「……」
アルシアは、まだ心情的に食事をする気分ではなかったが、せっかくあいみが差し出してくれたのに、いつまでも食べないのは失礼だと感じたのか、アルシアは食べようとした。
「これどうやって食べるの?」
「えっ? どうやってというか……じゃあ、野菜スープからスプーンで食べてみたら?」
「野菜スープってどれ?」
アルシアのその一言で、あいみは食文化の違いを肌で理解した。そして、アルシアにスプーンを持ったせ、野菜スープをすくって、アルシアの口に放り込んだ。少し強引だが、説明するより食べてもらう方がいいと考えたんだろう。
「えいっ!!」
「!!!!!!」
すると、アルシアの表情が急変した。それまでは覇気が無く、やつれた顔だったのが、一瞬で取り戻したような凄さだった。
「何これ!!? こんなの初めて!!」
アルシアは自分で何度も野菜スープをすくって、貪るように食べた。
「ア、アルシアさん……落ち着いて食べないと」
「ごめんなさい。でも、とても美味しくて」
結局、アルシアはものの数分もしないうちに、病院食を平らげた。
「ありがとう。こんな美味しい物、初めて食べたわ」
「あ、うん」
さっきまで病弱だったアルシアの食べっぷりに、あいみは唖然とした。
「なんか、今とても……なんて言えばいいのか、満足感? 何か満たされた感じで気分がいいわ」
「それ満腹感じゃない? でも、外に出ればもっと美味しい物があるよ。そうだ! 明日、出掛けてみない?」
「うん.....でも」
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