第87話 あいみとアルシア
あいみは、書類を持ってカリバーに仕事を手伝ってもらう為に来たようだ。
そして、カリバーがポンタを抱っこしている姿に、呆れ顔になってしまった。
「へぇー、仲いいんだね」
「ちゃんと説明するよ。これはね――」
「そんなのいいから、あいみの仕事手伝ってー」
「うん、これはちゃんと説明したいね」
あいみの興味はポンタを抱っこしている理由よりも、仕事を手伝ってもらう方があるみたいだ。
そして、カリバーもその辺りは分かっているようで、説明する事もなく、慣れたような仕草で、あいみが持って来た書類を見た。
「今度はどこを修正するの?」
「ここ!」
カリバーは、デザイン魔法で間違えた箇所を正しく修正をしていった。
デザイン魔法は、形を色を変えたりすることが出来、変化前から大きさや、形が変化後に近い程、簡単でかつ少量の魔力で済む。
文字の修正ぐらいは、カリバーにとって朝飯前だろう。
「ありがとうカリバー君!」
「じゃあ、僕はゲームに戻るよ」
「もーう、ゲームばっかじゃん!」
あいみは構って欲しいのか、すぐにゲームに戻るカリバーに拗ねていた。
そして、しばらくあいみもカリバーの傍に来て、一緒にゲーム画面を見ているとポンタが起き上がった。
「吾輩は、そろそろアルシア様の所に戻ります」
「ああ、もういいのかい? アルシア君の事頼むよ」
「カリバー様が来てくださると喜びますよ」
「……」
カリバーの手の動きが止まった。
そして、左手で頭を掻きながら複雑な表情を見せた。
「今のアルシア君は、僕みたいな魔法使いに会いたくないだろうね。僕も魔力を失って、二度と魔法が使えない状況になったら、精神が崩壊したかもしれないよ」
「カリバー様……」
「でも、この世界を知ってから、魔法だけが全てじゃないという事が分かったよ。魔法が無くても、十分に生活は出来るし、僕の世界よりバラエティーに富んだこっちの方が、楽しい人生が送れるかもしれないよ。だから、アルシア君もこの世界の事を知ってくれれば、きっと立ち直れると思うよ」
「吾輩もそう思います」
ポンタはそう言い残すと、カリバーの懐を離れ、部屋のドアの方に向かって歩いた。その様子を見ていたあいみも、ゆっくりとカリバーの傍を離れようとした。
「あいみも、そろそろ仕事に戻るね」
「ああ、あいみ君も良かったら、アルシア君に話掛けてくれないかな? 歳も近いし女の子同士の方が話しやすいかもしれないよ」
「えーと……どうかな? 食事はあいみが持って行ってるけど、話せる感じじゃないし。それにあいみは……魔法の世界とか知らないし……何を話していいのか分からないよ」
あいみも何かしてあげたい気持ちはあるようだが、いくら同世代の女の子でも異世界人で、心神耗弱の状態なら、話し掛けるハードルは高くなって当然だろう。
しかし、カリバーはそんな事気にしていないようだ。
「逆に魔法の世界を知らないからいいんじゃないかな? あいみ君なら上手く出来るよ」
「そうかな……カリバー君がそう言うなら、話してみようかな……」
あいみは満更でもない表情を浮かべながら、ゆっくりと一歩ずつ歩いてドアの方に向かった。
「あともう一つ大事な事があるよ!」
「えっ?! 何?」
「僕のことは、アルシア君には内緒だよ」
少し呆れた表情であいみとポンタは部屋から出て行った。そして、あいみは仕事に戻り、ポンタはアルシアのいる部屋に戻った。
ポンタは部屋に戻ると、アルシアは特に寝るわけでもなく、ベッドの上で塞ぎこんでいた。
「ただ今戻りました」
ポンタは一声掛けると、ベッドの上にジャンプして、布団を抱きながら、目が虚ろなアルシアの傍に寄り添った。
ここに来てから4日経つが、魔法が使えなくなったショックから、まだ全然立ち直れていなかった。起きている時は何をするわけでもなく、虚ろな目でぼーとしていたり、突然泣き出したりと不安定な状態であった。
さらに、やっと就寝出来てもガムイから受けた苦痛のせいか、うなされては目を覚ます、という繰り返しで、その度にポンタが優しく声を掛けて慰めいた。
しばらくの間、ポンタとアルシアは会話もすることもなく……と言うより、ポンタが話しかけてもアルシアの反応が薄いから、会話自体が成立しない状態だ。
そんな状況の中、無常に時間だけが過ぎて行き、夕食の時になってしまった。この部屋は地下にあるから窓が無いので、時計を見ないと時間の経過が分からない。
夕食は、毎回あいみがカートに乗せて持って来てるが、まだ一度もアルシアは食事に手をつけていない。点滴だけで、なんとかもっているような状態だ。
そして、今回もあいみがいつものように、夕食を乗せたカートを押してアルシアの部屋に入って来た。
「ア、アルシアさん、夕食持って来たよ。病院のだからあんまり美味しくないかもしれないけど、良かったら食べて」
そう言って、あいみは部屋に入ってベッドの横までカートを押して進んだが、相変わらずアルシアの反応は薄い。理解しているどころか、ちゃんと話を聞いているのかも怪しい。
いつもなら、退出する時の挨拶の一言で済ませてしまうところだが、今回のあいみは部屋を出ようとせず、その場で足踏みした。
アルシアの様子から気軽に話しかけられる雰囲気では無いが、かと言ってこのまま放っておくことが出来なかった。
「ア、アルシアさん、身体の調子はどう?」
考えた挙句、無難は質問になってしまったようだが、会話の始まりは大体どうでもいいような事が多い。
それでも、会話のキャッチボールが出来れば、もっと込み入った話が出来たりするが、その始まりが始まらないから厄介だ。
「じゃあ、テレビでも観る? まだこの世界の事を知らないでしょう?」
これ以上会話しても無理だと察したあいみは、テレビを付けて、沈黙を破ろうとした。
「な、なに!?」
突然の映像と音声に驚いたアルシアは、顔を上げた。
「これはテレビと言うの。魔法の世界には無いかな?」
あいみの『魔法』という単語を聞くと、アルシアは急に冷静になり視線を落とした。
「悪いけど、魔法は止めてくれないかな?」
「魔法? あたし魔法なんて使えないけど……」
普通なら魔力が感じられないと驚くところだが、今のアルシアは魔力を感じる事が出来ない。だから、普通にテレビが魔法だと思ったのだろう。あいみもその辺りの事情は知らないから戸惑った。
「もしかしてテレビのこと? これは魔法じゃあないよ」
「嘘よ! 魔力を失ったからって、私に気を使わないで!」
アルシアは魔力を失ってしまったことを余程気にしていたのか、あいみにその不満をぶちまけるように声を荒らげた
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