第86話 ポンタとカリバー
アルシアは、早くも集中医療室から個室のベッドに移されていた。
それは医師の指示のもと、カリバーが魔法を使って手術をしたことで、通常ではありえない早さで回復し、わずか一日で治癒したからだ。しかし、治癒したと言っても身体だけの話で、心までは癒えるものではない。
そして、さらに3日が経過した頃、ポンタはアルシアの部屋から抜け出し、どこかに向かう為、組織内の廊下を歩いていた。
ポンタは、ミリの『アニマ』という魔法で生命を与えられたことで、ミリちゃんの記憶だけでなく、ヌイグルミだった時の記憶も残っている。
そのお蔭で、この組織の事もぼんやりと理解している。
そして、ある部屋の前に辿り着いた。
「失礼する」
ポンタは、見た目とは裏腹に普段は紳士的だが、今回は強引にドアノブに飛びついて、腕で回わし、蹴ってドアを開けた。
「な、何だい!!?」
部屋の中で驚いた様子でいたのは、ノートパソコンで作業をしていた真由の同僚の無垢朗だった。
「ど、どうしたんだい? 急に入って来たらびっくりするじゃないか」
「これは大変失礼しました。しかし、そうしないといけない状況だったので」
「あまり、うろうろしないでくれよ。組織の人間でも君の事知らない人もいるんだから」
「はい、心得ています」
ポンタは無垢朗と話をしながらも、少し落ち着きが無く、時折周囲を見渡していた。
ここは本来研究室になるが、無垢朗の私物も多く、さらに無垢朗自身がここで住んでいるような状況だ。
この12畳程の部屋には、テレビやパソコン、冷蔵庫等の家電製品も兼ね備えてあり、棚には無垢朗が持ち込んだ美少女フィギュアが沢山置かれていた。そして、奥にもう一つ部屋があって、そこは研究室になっている。
ポンタは、パソコンが置いてある所に近寄り、画面を見て何かを確信したのか頷いた。パソコンに映し出されていたのは、冒険ファンタジーのようなオンラインゲームで、まだプレイ中で放置されているような状態だった。
「大魔法使いカリバー様、ここに居られるのでしょう?」
ポンタは奥の部屋の方に向かって、居ると確信したかのように、大きな声で呼びかけた。しかし、無垢朗は驚いた様子だったが、それ以外の反応は何も無かった。
「ポンタ君、こ、こ、ここにそんな人はいないよ」
無垢朗は少し焦り気味で答えた。
「アルシア様を治療された時、魔力を感じました。この世界で魔法が使えるのはカリバー様だけです。吾輩にはここの記憶があるのです」
「そうだったのかい。でも、今はもういないよ」
「いいえ、おられます」
ポンタがそう言うと、ゲームのコントローラを手に取った。
「では、いないのであればこのゲームのデータを消去して、一から吾輩も遊んでみましょうか」
「ちょっと待った!!?」
奥の部屋から慌てて出てきたのは、ジャージ姿の大魔法使いカリバーだった。今まで、ここでゲームに夢中でやっていたのだろう。
「ポンタ君には敵わないね。流石、ミリちゃんの魔法は凄いよ」
「ミリちゃん!!? 何だいその子は? 美少女かい?」
『ミリちゃん』という名前を聞いた瞬間、無垢朗のテンションが一気に上がった。
「物凄い美少女だよ。無垢朗君の好みじゃないかな?」
「そ、それは是非会ってみたい!!! ん? という事は、魔法を使えば、フィギュアもポンタ君みたいに動いたり出来るんだよね? というか、カリバー君も出来るならやって欲しいんだけど」
「これは彼女しか無理だね。それに魔法『アニマ』をフィギュアに掛けても、それを維持する為に、魔法使いが触ったり、身に付けて魔力を供給しないと解けちゃうからね……あっ! ポンタ君の用というのはこれ?」
「ご名答です。吾輩を定期的に抱いて下さい。ゲームをしながらでも構いませんので」
ポンタはテクテクと歩いて、カリバーの前まで来ると、ポンとジャンプして懐に飛び込んだ。それに対してカリバーは、咄嗟に受け止めたが、ヌイグルミを抱っこするのは少々恥ずかしそうに、苦笑いした。
そして、一段落するとカリバーはポンタを抱きながら、再びゲームを再開して、無垢朗は仕事部屋に戻った。
「そう言えばポンタ君、アルシア君はどうなのかな?」
カリバーはゲームを操作しながら、呟くように話しかけると、ポンタもゲーム画面を見ながら、返事をした。
「はい、身体の方は滋養をつければ大丈夫でしょう。しかし……」
ポンタが言葉を詰まらせたが、カリバーはその反応だけで理解したのか、溜息を漏らした。
「そうか……やっぱり魔力が急に無くなったら、僕もそうなるよ」
「吾輩も同じです……」
この後は、しばらくの間沈黙が続き、ただゲームの音声とコントローラのボタンを押す音だけが響いた。
2人ともアルシアの気持ちを理解しても、結局のところ何もしてやれない。一度失った魔力は、例え大魔法使いでも復活は不可能のようだ。
そして、この沈黙を最初に破ったのは、カリバーだった。
「でも、僕らの想像を超えるこの世界なら、希望があると思うんだよ。今、その可能性を僕と無垢朗君で探しているんだ」
「魔力の復活ですか!?」
一度失った魔力は二度と戻らない。
1から10に復活する事は出来ても、0から1には絶対に出来ないのは、魔法の世界の原理であり、そんな発想すら無いポンタは驚いたのだろう。
「それも、無垢朗君が検討してみてはくれるみたいだけど、魔法の事はお手上げらしい。でも、その魔動三原則の『魔動拳』『魔動転化』『魔動砲』を疑似的に繰り出せる武器なら、作れる可能性はあるらしいけどね」
「それが作れるのであればいいですけど……アルシア様が納得してくれるか分かりません」
「うーん…….」
二人は再び沈黙が続いた。そして、しばらく会話もせず、ポンタを膝の上に抱えるようにしてゲームを続けていると、突然ドアが開き誰か入って来た。
「また、カリバー君ゲームしているっ! あいみの仕事手伝って……って、ポンタと何やってるの?」
無垢朗の部屋に入って来たのは、真由の後輩のあいみだった。真由が異世界に行く前の頃と比べて、カリバーと仲良くなったようだ。
「これはね、ちゃんとした理由があるんだよ」
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