第85話 本当に可愛い
この世界に時計が無く、魔力で大体の時間を管理している。と言っても、もの凄く大雑把なので、そんな事をしなくても、時間に厳しい日本人なら感覚で掴めるだろう。
だから朝は、規則正しくしていれば、自然と日差しが顔に当たるだけで目を覚ます。
しかし、ここ最近はミルネとミリちゃんが起きるまで、待っていたせいか、俺も起きるのが遅くなってきた。
また気まずい時間を過ごすと思うと、起きるのが憂鬱だ。
特に今日は、重たい話をしなければいけないし、起きるのが嫌だ。
俺は仰向けで、目を閉じたまま起きないでいた。
ん?
んんっ!?
何か違う……。この感覚はちょっと懐かしい感じもする。
俺の両腕に何かとても柔らかなものがしがみ付いている。しかも、可愛いらしい寝息まで聞こえる。
これは!?
俺は高ぶる感情を抑えながら、ゆっくりと目を開けた。
すると、俺の両脇にミルネとミリちゃんの可愛い寝顔がそこにあった!
俺が寝ている間に寝袋を魔法で大きくして入ってきたようだが。
それにしてもなんて可愛いんだろう。
もう諦めていたし、ここ数日は独りだっただけに、率直に嬉しいという感情が湧き出て来て、泣きそうになる。
本当に可愛い……。
そう、これはミルネとミリちゃんが、こんな俺を受け入れてくれたという証だ。
話し合いも、言葉も要らなかった。
これで十分だ。
本当に感謝の気持ちで一杯だ。
そして、俺はしばらく、この2人の可愛い寝顔を眺めていると、ついミリちゃんの穂のかなピンク色の頬を指で突いてしまった。
すると、ミリちゃんは突然目を開け、反射的か意図的か分からないが、俺の顎を親指と人差し指で掴んできた。いわゆる『顎クイ』と言うやつだ。
「ぐぇっ」
「……」
ミリちゃんは相変わらずジトーとした目で、俺の顎を掴んで上げたり、横にしたりして吟味しているようだ。
それは少女漫画によくある『顎クイ』では無く、宇宙から人間狩りに来たハンターが、顎を掴んで人骨に興味を示しているような感じだ。
しかも、放そうとしない。一体何がしたいのか全く分からない。
しばらくすると、顎を掴んだままゆっくりと目を閉じた。
とにかく今はこのまま何もしない方がいいだろう。
でも、いつもの日常に戻って来たようで、悪い気はしない。
ミリちゃんに顎を掴まれた状態が暫く続くと、今度は後ろからミルネが、いつものように身体全体を使って、俺を抱き枕のように抱きついて来た。
「マユリン……」
「ぐぇ」
後ろはミルネにガッチリ押さえられ、前はミリちゃんで、何気に動けない……。
いい加減に起きないと昼も過ぎてしまうのに、どうしよう……。
いつものようにミルネを引っ張叩いて起こしていいのかな?
この2人がいつものように接してくれるのなら、俺もそうした方がいいのかもしれないが、なんかまだ後ろめたさが残る。
もう少しこのままの方がいいのかなぁ……。
すると、その時!?
「マユリン……ぺろり」
「ひゃー!!」
突然ミルネが、寝ぼけてやったのか分からないが、俺の首筋を舐めた。お陰で、反射的に変な声を出してしまうと同時に、ケツでミルネを突き飛ばしてしまった。
もちろん寝袋なので、突き飛ぶことはないが……。
「マユリン痛いよ」
「今のは反射的な行動だ。仕方が無い」
「やっといつものマユリンに戻ったね」
「それはお互い様だよ」
少し驚いたがミルネは起きたようだ。ミルネが起きてくれれば広くなるので、ミリちゃんの束縛からスムーズに脱出する事が出来る。寝袋から出てしまえば、油断は禁物だが比較的に安全にミリちゃんを起こせる。
―――そして、俺はミリちゃんを起こして、木の根っこに寄りかかるようにして朝食……いや、昼食を3人一緒で取ることにした。
「なぁ、ミリちゃんもミルネも、こんな俺でも本当にいいのか?」
3人揃って最初の会話がこれだった。一緒に寝てくれた時点で、答えは分かっていたつもりだけど、やっぱり確認しておきたかった。
この質問にミルネが笑顔で答えてくれた。
「最初マユリンが男だったと聞いた時は、どうしていいのか分からなかったけど、でもそれは仮の姿。今のマユリンは立派な女の子だよ!」
「違う! 逆だ!」
「真由ちゃんはミリのもの」
決め顔で「女の子だよ!」って言われても、今度は俺がどうしていいのか分からないぞ。
「マユリン一人にしてごめんねー。これからは、今までよりももっとギュッとしてあげるから」
「う、うん……」
「真由ちゃんは永遠にミリのもの」
なんか前よりレベルが上がりそうだな。果たして真由は大丈夫なんだろうか?
ミリちゃんも通常運転に戻ったみたいだし、とりあえず、許して貰えそうだからよしとするか。
「2人とも許してくれてありがとう。凄く嬉しいよ」
「ひっひっひー、でもその代わり、あたし達のお願い事を聞いて欲しいんだけど」
「ああ、いいよ。俺が出来る事なら何でもするよ」
「ひっ」
「ん?」
今、ミルネの顔が一瞬悪巧みの顔になったのが気になるが、今回は仕方が無い。
どうせ、モフモフさせろとか、そういう類のものだろうし。それぐらいで済むなら喜んでやるよ。
あとはアルシアにもちゃんと話をしないとな……。でもアルシアが元気になっていないと話せないよな……。
「ねぇ、マユリン。これからどうするの? あたしアル姉に会いたいよ」
「ミリも」
「そうだな、一度みんなで見舞に行ってみるか」
でも、会いに行っても大丈夫なのかな……。
――――――――場面変わって、時は少し前に遡る。組織内で治療を終えたアルシアは、集中医療室から個室のベッドに移されていた。
ここは一般の病院とは違う為、部屋にアルシア以外の人は誰もいない。窓も無ければ、飾り物や観葉植物も無い殺風景な部屋で、ただ人工呼吸器や測定器などの医療器具がベッドの周りに置かれていた。
アルシアは、呼吸器無しでもしっかりと呼吸し、左腕に点滴を打った状態で眠っていた。
そして、アルシアはゆっくりと目を覚まし、おぼろげながら天井を見ていた。まだ自分の置かれた状況を把握していないようだったが、しばらくすると見慣れない部屋である事に驚いたのか、急に我に返った。
「え!? 何!? ここは……」
アルシアは慌てて周囲を確認したが、あまりにもアルシアのいた世界観と違う部屋に、かなり動揺した。またアルシアから見れば、ガムイからデス魔法を受けてから気を失っているから尚更だ。
「何なのここは? ん?」
アルシアは自分の左腕に何か張り付いていることに気付いた。
「何これ!? 痛たっ」
アルシアにとって点滴というものを知るはずも無く、思わず無理に外してしまい点滴針で怪我をしてしまった。
「一体どうなっているの? 確か私は……はっ」
アルシアは今、置かれた状況を必死で考えていると、重要な事に気づいた。
「魔力が……私の魔力が感じない……全く感じない……なんで!? どうして!?」
普段は冷静なアルシアも、流石にこの現実は受け止められず、声を上げ取り乱していた。そしてアルシアの声に反応したのか、先ほどまでヌイグルミのように静止していたポンタが目を覚ました。
「落ち着いて下さい、アルシア様」
この見慣れない世界に唯一聞き覚えのある声に、アルシアは我に返った。
「ポンタなの? ここはどこなの?」
「はい、ここは元主の真由様と吾輩のいた世界でございます。元主の命によりここでアルシア様を治療する為に来ました」
「真由とポンタいた世界? でも私どうして助かったの? どうして怪我が治っているのに魔力が無いの!?」
再びアルシアは取り乱した。
まだ魔力が無いこの現実を受け入れられないせいか、冷静に話をするには時間が掛りそうだ。
「詳しい話はまた後日にします。今はまだゆっくりして下さい」
「で、でも魔力が無ければ私この先、生きていけない!!」
「アルシア様、吾輩の頼みを聞いてくれますか? 吾輩を抱いて下さい」
「えっ」
ポンタの唐突な頼みにアルシアは少し驚いたが、ポンタは構うことなくアルシアの懐に飛び込んだ。
「えっ! ポンタ?」
「吾輩を抱きしめると落ち着きますよ」
ポンタがそう言うとアルシアは、ポンタを後ろからゆっくりと抱きしめ、そして横になった。
「ポンタ……」
「はい、吾輩はずっと傍にいるので安心して下さい」
「ポンタ……」
「はい、ゆっくりしましょう」
ポンタは囁くように優しく声をかけると、アルシアは強く抱きしめ泣いた。
しばらくするとポンタは、アルシアの腕にとてもシンプルなブレスレットを付けた。
「アルシア様、この世界に居る間はこれを付けて下さい。吾輩がデザインした物です。これに魔力が保持している間は、この世界の人と意思疎通が可能です」
「私……本当に魔力を失ったのね……」
2つの世界を知るポンタは、魔力を失う辛さをよく知っていた。だから、そう簡単に割り切れるものではないと、アルシアに胸を貸したのだろう。
そして、ポンタは最後に一言、アルシアに贈った。
「アルシア様、元主がいたこの世界は魔法が存在しません。信じられないかもしれませんが、魔力を使わずに発展を遂げた奇跡の世界です。きっとこの奇跡があなたを助けてくれます」
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