第117話 結菜と約束
おいおい、いきなり「殺せ」と言われても、無理だろう。
しかも相手はまだ幼女だぞ。それにこの歳でそんな事を考えているなんて、あまりにも可哀想過ぎる。
「ちょっと待て。とりあえず落ち着こう。他の方法も考えよう」
「他の方法なんて無いよ。誰も勝てない」
掛ける言葉が安直過ぎた。結菜ちゃんは覚悟を決めて俺に言ったはずだ。
だから、俺もそれにちゃんと答えないといけない。
彼女の要望を受け入れるのか? 断って去るのか? それとも助けるのか?
ただ助けると言っても、俺も相当な覚悟が必要になる。結菜ちゃんはこの部屋を出ればすぐに黒魔パーティクルが纏わりつき、意識を失い魔王フィルリアルになって俺を殺そうとするだろう。
それに、魔王を助ける事に誰が協力してくれるだろうか?
もし仮に、ミルネ達が俺を信用して協力してくれても、魔王フィルリアルに遭遇すれば、容赦なく襲いかかってくるものを、助けられるだろうか?
そうなれば、ミルネ達を危険な目に遭わせるかもしれない。
そもそもこの世界の人間は、人間を滅ぼそうとする魔王軍は絶対許されないもので、それを守る為に討伐隊として励んでいるぐらいだから、信用させるのは大変かもしれない。
じゃあ、結菜ちゃんを見捨てられるのか?
もちろん、それは出来ない。結菜ちゃんに闇が迫っているなら、それを粛清するのが俺の仕事だ。
例え、この世界の人間から反逆者になっても、魔王に殺さかけても、一度闇から逃げれば、俺はもう闇とは戦えなくなるだろう。闇だけは背を向けたくない。
和田さんだって同じ事をするはずだ。
よし!
「結菜ちゃん、俺が君を救うよ」
「えっ」
「その黒魔パーティクルさえ倒せれば、何とかなるはずだ」
「そ、そんなの無理だよ」
結菜ちゃんは、そんな事は不可能だと言わんばかりの反応だったが、でも心なしか、一瞬ホッとしたような表情に見えた。やはり不可能だと分かっていながらも、心の奥底には希望を持っていたのかもしれない。
「確かに今は無理だけど、必ず攻略法はあると思うんだ。俺はそれを見つけるから」
「駄目だよ。真由お姉ちゃんに迷惑かけるし」
この子は、俺の事を心配してくれているようだけど、そんな大人みたいな事しなくても、君は幼女だ。だから、幼女らしく甘えていいんだよ。
「私が死ねば、魔王フィルリアルも死ぬはず。だから――」
「あー、もうつべこべ言わずに真由お姉ちゃんに任せろー!!」
「……」
結菜ちゃんは、俺の一言で言葉を失った。そして、今にも泣き出しそうな顔で、俺の目をじっと見つめた。
「ほ、本当なの?」
「ああ、約束するよ」
このまま泣き出すかと思ったが、涙は浮かべるものの、頑張って堪えたようだ。この子は本当に強い子かもしれない。
「ありがとう、真由お姉ちゃん」
うーん、やっぱり真由お姉ちゃんと言われるのは、いいもんですな。
よし、魔王城なんて滅多に行けないし、今後結菜ちゃんと話せる機会は無いかもしれないから、今のうちに情報を出来る限り聞いておく方がいいだろう。
「ちょっと聞きたいんだけど、さっき言ってた恐ろしい計画って何?」
「時期は分からないけど、ネスタリア学園とベルリア学園を陥落させて、人間を支配するの」
支配? 確か魔王軍は人間を滅ぼそうとしているんじゃなかったけ?
俺が調べた本にも書いてあったし、ミルネ達も言ってたと思う。
確かザイロンの場合は、人間を滅ぼそうとしていた。だから、魔王がフィルリアルと知っている一部の人間を除いて、みんな魔王はザイロンだと思っているのから、そうなったのだろう。
「もし、結菜ちゃんがずっとこの部屋から出なければ、魔王フィルリアルにならずに済んで、その計画を止められる?」
「それは駄目。一定の時間が経つと、この部屋でも黒魔パーティクルは纏ってくるよ」
そもそも終日、魔王フィルリアルになったままでいいはずなのに、なぜ黒魔パーティクルはこの部屋で離れる必要があるんだろう? もしかして、魔王フィルリアルになると精神負荷が強くなるのか、休憩させているのかな? ここは寝室みたいだし。
もしそうだったら、結菜ちゃんが心配だ。早く何とかしてあげないと、心身共に衰弱してしまうかもしれない。
と、その時!
「魔王様! 城内に侵入がいるようです。侵入者はミリの討伐隊のメンバーと思われます」
ドア越しに警備兵が、報告だけをしてすぐに去った。
「そろそろ、ここから出た方がいい」
「あ、そうだな。でも、どうやって外に出れば……」
「それは任して」
まだ聞きたいことはあったが、潮時のようだ。俺一人でここを出るのは難しそうだから、ここは結菜ちゃんに任せよう。
「分かった。でも、どうやって脱出するの?」
「魔王フィルリアルなれば、能力で外に出れる」
「ちょっと待った!! なった瞬間に俺は殺されるんじゃないか!?」
「少しの間なら……自我を保てると思う」
おいおい、大丈夫か? 何か自分で「大丈夫」と言い聞かせたような感じだぞ。
もし自我が保ってられなかったら、俺は殺される……いや、でも、俺がこうしてここにいる事は、さっき魔王フィルリアルの時に、結菜ちゃんの自我があったからだよな?
今思えば、バーで突然現れた時も、こうして俺に会いに来たのかな? でも、その時は自我を失って俺を殺そうとしたけど。
「魔王軍領域の外までテレポートすればいいかな?」
「いや、城の外でいい。出来れば敵のいない迷い森の近くがいいけど」
「迷い森に入ったら、二度と出れなくなるよ」
「仲間を待たせているからな。やっぱり、あの森から魔王城に辿り着いたのは奇跡かな?」
「うん、普通は無理だよ。複数の結界があるし、魔力妨害もあるから」
ミルネ隊長スゲーーなぁ、おい!
「でも、私が何とかする。モウストリア湖まで辿り着けるようにしておくから、そこから魔王軍領域から出れる」
モウストリア湖って、あの湖のことだよな?
「ちなみにそこからベルリア学園って、どうやって行けばいいか、分かる?」
「湖岸を歩く時、魔王軍領域を左側にして進めば、ベルリア地区だよ」
なんか彷徨いながらあの湖に着いたけど、案外間違っていなかったかもしれないな。流石ミルネ隊長!
「それは良かった。じゃあ、魔王城の外の迷い森の前までお願いします」
「真由お姉ちゃんを送り出したら、即座に私はここに戻るから」
「ああ、分かっている。無駄に引き留めたら、自我が無くなってしまうからな」
「それじゃあいくよ。真由お姉ちゃん、立って」
俺は立ち上がり、結菜ちゃんは一歩下がり、俺と目が合った。その表情はどこか寂しい感じがして、別れるのが辛いのかもしれない。
恐らく、児玉結菜として今みたいに会話したのは、この世界に来て俺だけだったんじゃないか?
この部屋から出ると魔王フィルリアルになって自我を失うなら、それはここにずっと閉じ込められているのと同じじゃないか。
なんとかここから、結菜ちゃんを救いたい。
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