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六話:主人公(メインヒロイン)

「ルピアが領地に行った?!う、うそ…」


 提出された報告書。

 そこに記載されている内容を読んでファルティは愕然とした。

 そんなはずはない。ルピアは自分の王太子妃教育に寄り添ってくれるに違いない、と確信していたのだから。

 次々に積み上げられていく報告書の内容は、どれもファルティの予想の範疇を超えていた。ルピアの行動があまりに予測できず、頭を抱えてしまう。


「だって…もうクリアしてる、って…言われたのに…。エンディングにたどり着いてるのに…どうして…!」

「あ、あの、王太子妃殿下…?」

「…っ、ご、ごめんなさい。ちょっと…動転してしまって…」


 慌てて苦笑いを浮かべて誤魔化すが、王太子妃付きの侍女は怪訝そうな顔をしている。表情にあるのは戸惑い。どうして邪魔ものであった公爵令嬢にそこまで執着しているのか、と言わんばかりの顔をしている。

 そんなことおかまいなしでファルティはルピアが自分の元から去った理由を考え始めたようで、執務用のデスクへと向かい、用紙に現状を記載していく。

 だが、うっかり何か口走ると侍女に聞かれかねないと思い、慌てて改めて立ち上がった。


「ねぇ、そこの貴女。少しこれからの予定や王太子妃教育のスケジュールについてまとめたいから席を外してくれない? あ、でも気分を落ち着かせたいからお茶は持ってきてほしいわ」

「かしこまりました」


 侍女は深々と一礼し、王太子妃の部屋を後にする。

 出ていって一人になったのを確認してから座り直し、今までの事をサラサラと紙に書いてまとめていく。


「えぇと…王立学院の三年生からストーリーは始まった…のよね。で、私は無事に特待生の座を勝ち取って、王太子殿下とこうして結婚までできた、これが大前提。…問題なく『恋☆星』の大団円に突入できるような要素は全部揃えたんだけど…おっかしいなぁ…」


 うんうんと唸るファルティ。

 彼女は王立学院に入学し、三年生に上がるまではごく普通の伯爵家令嬢として過ごしてきた。伯爵家という家柄ながらも、『婚姻の相手は自分の意思で決めて良い』という大変寛容な両親のもとで育ち、十七歳時点ではまだ婚約者が居なかったのだ。

 そして、両親がおおらかだったこともあり、一人の時や友人と一緒にいる時は伯爵令嬢らしからぬ口調になりがちなファルティだが、その癖は王太子妃教育が始まろうというのに抜けていない。


「もうクリアしちゃったから…神の意志(システム)とはもう会話ができない…」


 はあ、と溜息を吐いてどうしたものかと悩んでいると、ティーセットの載せられたワゴンを押して、侍女が入室してきた。気分を落ち着けたいと話していたから、どうやら香りのいいハーブティーを持ってきてくれたようだ。


「ありがとう」

「いいえ、とんでもないことでございます。王太子妃殿下、何かございましたらお呼びくださいませ」

「ええ、そうさせていただくわね」


 侍女が退出したのを確認して、ファルティは意識を集中させる。


「…よし、【ステータスオープン】!」


 バァッ、と一瞬だけ周りが明るくなり、ファルティの視線の高さにスクリーンのようなものが現れる。

 そこに表示されているのは、今のファルティ自身のステータスと、ファルティの周りにいる人たちとの関係性や仲の良さ、所謂『好感度』として数値化されたもの。


「……え?」


 ほんの数日前までは全員分表示されていた好感度だが、今は少しおかしな表記になってしまっている。

 まず、ルピアの好感度が無い。


「な、なんで…?!」


 ごっそりと消えてなくなる、というよりは黒塗りになってしまい、何も確認できない状態になっているのだ。


「う、うそ…。まさか、何かが捻じ曲がっているとか…そ、そういう…?あ…でもルピアが体調が悪くなった、とか言ってたからそのせい…?」


 ウインドウを消し、手元の用紙に現状をサラサラと書き込んでいく。

 現時点で、王太子や彼の周りの人間に関しては好感度が最大。更に、ファルティのステータス自体も化け物じみた数値として現れている。だが、それはファルティの努力の証。これは誰にも否定などさせたりはしない。

 とはいえ、これはどうにかしなければいけないのではないかと、ファルティは顔色を悪くしていく。


「おかしくなってるのは…ルピアのところだけ…」


 自分の数値は()()()()()()()

 いかに化け物じみた数値といえど、あくまでそれは自分の結果の産物なので何とも思わない。


「お見舞いに行けば…何か分かるかな…」


 ぽつり、と呟かれた言葉は、誰に聞かれるでもなく空気に溶けた。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 女性向け恋愛シミュレーションゲームである『恋☆星』。

 ストーリーは至って単純だが、真の大団円に向かうためのルートや好感度上げが非常に難解かつシビアなのである。


 まず、ストーリーは主人公(ヒロイン)が王立学院の最高学年になったところから開始される。

 伯爵家令嬢として生まれたヒロインは、貴族ならば誰しもが入学する王立学院に入学した。そこで出会った王太子であるリアムと恋に落ち、身分の差を乗り越えて結ばれてハッピーエンド。更には王太子の婚約者であった公爵家令嬢とは友人になって、親友同士手に手を取り合い、()()()()()()()平和に、幸せに暮らすというもの。


 ファルティ自身、勉強が嫌いではなかったし王立学院への入学は当たり前のように行い、好成績を獲得したことで平均クラスよりも上のクラス所属となった。貴族子女の通う学院としてこれほどまでに相応しい学び舎はない。ここで貴族同士、家の繋がりを深めたり将来の進路を決めるものだとばかり思っていた、のだが。


 ある日頭の中にいきなり聞こえた『貴女は、ヒロインとして選ばれました。これは、神の意志(システム)による決定です』という奇妙極まりない台詞に混乱したことを思い出す。

 そして、何かを行動する度に無機質な声があぁしろ、こうしろ、と指示を出してくる。

 言われた通りに行動すると、面白いように色々なことが上手くいってしまったのだ。それは、成績が上がるということもそうだけれど、決して叶うことのない願いすら叶ってしまった。それが、王太子の婚約者となり、王太子妃となり、この国の王妃となることだ。

 まさか、伯爵家から王妃が輩出されるとは誰しも思うまい、という『してやったり』な感情と、『これは神の意志(システム)のおかげなのだ、思い上がるな』というもうひとつの感情がぐるぐると巡る。


「でも…私だって、ちゃんと努力した…!」


 高位貴族の令嬢たちは当たり前だが公爵令嬢であるルピアの味方だったが、そんな彼女らに反発していた平民や下位貴族の令嬢たちがファルティの味方となってくれた。

 申し訳ないという感情も確かにあったが、それよりもはるかに上回る達成感。普通に過ごしていればこんな幸運は決して訪れない。

 しかも、神の意志(システム)のいう通りの行動をとったおかげで、公爵令嬢とも特に諍いなどが起こることもないままに卒業を迎えた。

 神の意志(システム)の言う通りに勉強し、男子生徒や女子生徒と仲良くなり、更には公爵家令嬢とも仲良くなったと()()()()()

 神の意志(システム)だから間違いはないと、ヒロインである自分も正しいのだと、信じて疑わなかったのだ。


「だから…間違ってなんか、ない…」


 式を挙げる前にもルピアは祝いに駆け付けてくれたのだが、ファルティにとって、誤算だったのはこれが『真の』大団円エンディングではなかったことだ。

 そこに彼女は気付いておらず、真っ直ぐに進んでしまった。

 これによりそもそものゲームシステムに亀裂が生じ、所謂、大団円エンドほどではないものの、そこそこの難易度のエンディングを迎え、本編としての世界は完結し、終了後の世界が始まった。

 公爵令嬢であるルピアが『正気に戻る』というファルティにとっての最大の誤算に気付かないままで、本編後の物語は進んでいってしまっているのである。

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