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【最終話】令嬢はやりたいように駆け抜けた

 むかしむかし、ある国で、国民皆が色めき立つような世紀の大恋愛がありました。


 王太子殿下には、幼い頃に決められた婚約者である公爵令嬢がおりました。

 しかし、その婚約者はとても冷たく、更には『王太子殿下、ご自分の責任をどうかまっとうしてくださいませ』と、いつもいつも口うるさく言ってくるような嫌味ったらしい人だったそうです。


 王太子殿下は、とても悩みました。


 この婚約は、国が決めた婚約だから、簡単に解消なんか出来るわけがない。

 だが、どうにかしてこの氷のようなオンナと離れられないものか。


 そう思い続けていたある日、王太子殿下に素晴らしい出会いがあったのです!


 特待生で学院に入学していた、愛らしく、皆にも慕われ、平等に優しい、まるで春の女神のような素敵な令嬢。

 しかも伯爵家という素晴らしい身分まで持ち合わせている彼女に出会い、『天は二物も三物をも彼女に与えたのだ!』と感激しました。

 更に、そのご令嬢の努力をする姿を見て、王太子殿下は感動しました。『自分の婚約者には出来ない努力と、生まれ持った素晴らしい才能だ!』と喜び、笑顔で愛らしく話しかけてきてくれる彼女に、すっかり惚れてしまったのです。


 婚約者の公爵令嬢は、とってもおもしろくありません。


「殿下、どういうことですか!」


 そうやって怒ってくる公爵令嬢に対して、王太子殿下は更に苛立ちが高まっていきます。


「君は、ただそうやって怒るだけだな!もっと彼女を見習って笑いかけたりできないのか?!」


 彼女は、きっと叱られたことがなかったのでしょう。公爵令嬢は、わっと泣きながら走り去りました。


「殿下、よろしいのですか?」

「かまわん!あんな奴、放っておこう!」


 怒ってきた公爵令嬢に対しても気を遣うことのできる伯爵令嬢の心の清らかさに、更に心を奪われてしまいます。


 あっという間に、王太子殿下は伯爵令嬢を好きになり、それに比例して公爵令嬢を雑に扱うようになっていき、気が付けば、伯爵令嬢を『婚約者にしたい!』と父である国王に強く要望しておりました。

 そして、父である国王陛下は、『そうか、ならば婚約者を替えてしまおう!』と決断し、その結果、王太子殿下の婚約者は挿げ替えられてしまったのでした!


「そんな馬鹿なことがあるものですか!」


 公爵令嬢はとても怒りました。


「うるさい、国の決め事に逆らうのか!」

「見苦しいぞ!」


 よってたかって、皆が公爵令嬢を責め立てます。ついに我慢できなくなった公爵令嬢、そして公爵一族はあろうことか、国をまるっと捨てて、隣国へと旅立ったのでした。


「あぁ、出ていけ!」

「お前たちなんか必要ないんだ!」


 彼らを止める人はおらず、公爵家に関わっていた人たちまで何とびっくり、出て行ってしまったのです。

 これには貴族たちがとても慌てましたが、王太子殿下が『何も心配いらない!だって、わたしには真に愛したこの素晴らしい令嬢がいるのだから!』と言ったので、『そうだ!』『我らには、殿下がいらっしゃる!』と言いながらとても安心しました。


 そうすると、不思議なことに何の憂いも無かった国の運営が、段々とうまくいかなくなってきてしまいました。どうしたことだ、何があったのだ、と貴族、平民問わず焦ってしまいます。


「……公爵家がいなくなってからだ!」


 いつも、国王を助けてくれていたのは、出ていってしまった公爵家たちだったのです。


「なんてことだ……」


 呟いても、もう遅かったのです。

 戻ってきてくれ、と懇願しましたが『はて、戻る理由がありませんな』という言葉だけで願いは跳ね除けられました。

 ですが、皆はまだ信じていたのです。王太子殿下と伯爵令嬢がどうにかしてくれると。


「どうしよう……」

「あぁ殿下、どうしましょう!」


 何とびっくりなことに、この二人も公爵令嬢にあれやこれや、世話になっていたので、もうにっちもさっちもいかなくなってしまっておりました。


「何ということだ……!」


 皆、後悔しても時間は元に戻りません。


 そして。公爵令嬢や家族たちを筆頭に、国を出ていった人たちは皆、イキイキと笑いながら日々を楽しく過ごしていたのです。

 こんなはずではなかった、と思ったところでどうしようもない事態を引き起こしてしまったのは王太子殿下たちなのですから……。


「ようやく、わたくしは好きなことが出来るわ!」


 驚くことに、誰よりも公爵令嬢が元気いっぱいに過ごしていた、ということは元の国の人たちは知ることなく、時は過ぎていったのでした。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「ヴェルネラ、これは何」

「うふふ」


 あの騒動から、数年経過していた。


 ルピアはあれよあれよという間に昇進、更には複数の仕事をかけ持ちしながら日々を過ごすという目の回るような忙しさの中、ひょっこり現れたヴェルネラに教えてもらった本を手にしていた。

『本当に笑ったのはだぁれ』というタイトルの娯楽小説だったのだが、あらすじを読んでみてうわぁ、という顔をしたルピア。

 どこかで見たような……いいや、どこかで聞いたような、と呟いているとにっこり笑顔のヴェルネラがこう言ったのだ。


「どこかの誰かさんたちのようでございましょう?うっふふ」

「……貴女……まさかとは思うけれど」

「そのまさか、ですわ」


 ルピアたちが移住、もとい、かの国を捨ててからじわりじわりと広がっていった崩壊の連鎖。

 気付いたのは平民から、そして国に残っていた貴族たち。じわりじわり広がる不安は、あっという間に感染していった。

 国防を担っていたカルモンド公爵家がいなくなり、他の貴族にその役割が回ってきたのだが、『カルモンド公爵家が全てやってくれるから』とだらけていた結果、ほぼ役に立たないとんでもない醜態を晒すこととなった。

 魔物の群れを目の前にしても、これまではアリステリオスが鼓舞してくれていたし、彼の補助魔法もあったから勇気を奮い立たせて必死に食らいついていたけれど、もうその恩恵に与れない。

 こうなってしまってようやく察した貴族たちは、わっと王宮に押し寄せた。


「どうして殿下はその令嬢を王太子妃になど望んだのだ!」

「お前のせいだ!」

「婚約解消をしたから!」


 わぁわぁと勝手なことばかりを叫ぶ貴族たちを見て、ファルティもリアムも、カルモンド公爵家の重要性をようやく思い知ったのだが、後悔先立たずとはこのこと。

『システム』に唆されたとはいえ、その手を取らないという選択肢があったにも関わらず、迷いなく手を取ってしまったのはファルティ。ファルティを好きになったのはリアム。彼らの婚約を押し進め、否、超短期間の婚約を経て結婚させたのは王家。

 もしも、ファルティがシステムに唆されなければ、というたらればの話をいくらしたところで、もう時は戻せないから、受け入れるしかないが、そうしたくなかった。


 いない人を当てにしても仕方がないから、残っている人材でどうにかしなければならないと判断し、現状はどうにかこうにかやっているらしいが、以前のような安心感は得られることもなく、討伐部隊の疲労も激しいと聞く。

 それだけアリステリオスの強さが異常だった、ということでもあるが、統率力そのものもとても高かったから、隊の陣形は余程のことでは乱れることもなく、スムーズに討伐できていたこと、見回りをするにしても役割分担をきちんとしてくれていたから、負担が大きすぎなかったことが要因だろう。


「色々、広めたのね……まったくもう」

「お義姉様が頑張ってくれていたからこその結果でしたのに、蔑ろにするからこういうことになるんですわ!童話風にもしましたし、こうした小説風にもしましたの!いかがでして?」

「思ってたより徹底的に報復したわね、ヴェルネラ」

「当たり前です!というか、お義姉様が祖国に興味を示さなすぎですのよ!」

「わたくしには、もっと他に興味を持ったものがあるから」


 嬉しそうに笑うルピアが言い終わるかどうか、というところでルパートともう一人、貴族の青年がルピアの執務室になだれ込んできた。


「お二人とも、扉の修復はきちんとね。今日は決着はつきまして?」

「つかない!」

「いいえ、つきます!ルパート卿、いい加減先程の一撃を認めてください!」

「認めたらお前が姉さんに求婚するだろうが、誰が許すかんなアホなこと!!」

「あらぁ……」


 ヴェルネラは困惑し、ルピアは楽しそうに二人のやり取りを眺めている。


 ルパートとサイファ。二人は何やかんやで移住後、すっかり仲良くなっていた。

 そして、新しく用意されたカルモンド家の屋敷に出入りも許されていたのだが、そこそこ双子と仲良くなってきたとき、サイファがルピアに対して爆弾告白をやらかしたのだ。

 あらま、とあっけらかんとしているルピアをよそに、アリステリオスとルパートが激怒し、『お前が俺たちに勝てたら娘をやろう!いいや、改めて告白させてやろう、そしてフラれろ!』と決闘を申し込んだのだ。

 なお、その決闘は今日まで何戦したか分からないほど数が多くなっており、カルモンド家ではこの騒動がある意味、日常茶飯事となっていた。


「お嬢様がた、お茶のお代わりはいかがですかな?」

「ありがとうジフ、わたくしお願いするわ」

「かしこまりました、ルピア様」

「あ、わたくしも!」

「はい、ヴェルネラ様」


 にこやかに微笑み、二人にお茶のお代わりを用意しながらジフはのほほんと言う。


「いやぁ、いつになったらリュドガー小伯爵様はお嬢様に告白できますかな」

「ルパートを乗り越えたら、次はお父様ですものね。でも……」

「でも?」

「あれだけガッツのある方であれば、そこそこ安心できると思うのだけれど……」


 はぁ、と溜息交じりに言ったルピアの様子にヴェルネラはお茶を噴き出し、どったんばったんとバトルを繰り広げていたサイファとルパートは動きを止める。


「え、え?!ええぇぇぇぇ?!?!ルピア様本当に?!」

「待って姉さん、俺許してない!駄目ーーー!!!」


 一時休戦してルピアのところに駆けつけた二人だったが、次いだルピアの言葉にぽかんとした。


「安心はできるけれど、わたくし強い人が好きだから、頑張ってくださいませ、サイファ様」


 よっしゃー!!というルパートの雄叫びと共に、呆気にとられたサイファが投げ飛ばされ、どうやらこの日もバトルは終わったらしい。


 以前には決して見せることのなかった朗らかな笑みを浮かべ、ルピアも、ヴェルネラも、皆、楽しそうに過ごしたのだった。

最後はあっさりと、そう決めていました。

くだくだ書かなくても、ファルティとリアムの惨状は何となくご想像しやすいかと思います。


ここまで読んでくださって、ありがとうございました。


また、ご縁があれば別の作品でお会いしたいです!

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