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五十話:帰国②

 もらった休みは有意義に。読書を思いきり楽しもうか、それとも父にお願いして稽古をつけてもらおうか、母にお願いしてヴェルネラと三人で買い物に行こうか。

 ルピアの頭の中には、様々な計画や思いが浮かんでは消え、を繰り返した。


 だが、休みに入ったといえど周りはルピアの今回の怪我について大変な心配をしていた。

 治癒魔法は施したものの、首の怪我については医者に見せることにした。

 ヴェルネラの治癒魔法を信じていないわけではないが、念には念を。父と母にそう言われては、ルピアといえど嫌です、なんて無理に断れるはずもなかった。

 更に、カサンドラにも報告され、音声通話ができる魔道具ごしに『何をしているのこの大馬鹿者!』と繋がるやいなや、とんでもない大声で叱られた。

 王太子妃候補として教育を受けていたあの頃と同じだぁ、とルピアがのんびりしていると、続いて涙声のカサンドラに『貴女がいなくなって、どれだけの人が悲しむと思うの』と言われてしまっては、ぐうの音も出ない。

 しょんぼりと落ち込むルピアだったが、ルパートからは『当たり前だよ、姉さんのお馬鹿』と叱られるし、ヴェルネラからも改めて『お義姉様の馬鹿』と叱られた。


「……皆して言うことが同じなのよ」


 ぽつりと呟いたルピアに対して、お茶の相手をしていたティルミナは飲んでいた紅茶をルピアに噴射しそうになった。それを堪えられたのは、ひとえに彼女が王族だからといっても過言ではないだろう。鋼のような精神で耐え、そして目の前のルピアをぎろりと睨みつける。思わずルピアがぎくりと体を強ばらせたが、そんなもの気にしてなんかやる必要はない。

 というか、コイツどれだけのことをしたのか自覚がないの……!?とティルミナの腸はとてつもなく煮えくり返ってはいるものの、いきなり行動に移すわけにもいかず、ゆっくりと大きな深呼吸をしながら腰を浮かせ、きょとんとしているルピアに対して思いきり手刀を振り下ろした。


 ごす、といい音がした。よし成功!とティルミナが思わず拳をぐっと握り、ルピアからは悲鳴が出た。


「あいた!」

「同じに決まっているでしょう?!大馬鹿!!」


 まさかティルミナがこんなことをするとは思わず、ルピアは頭を押さえる。しかも大馬鹿、とまで言われてしまった。

 手刀の威力こそ強くないが、『こんなことをするのか』という衝撃がものすごい。

 頭をさすりながらルピアは思わずティルミナを睨みつけるが、睨まれた方はケロりとしている。


「命を取引材料なんかにしないでくださらない?!ニーホルム伯爵夫人の言う通りよ!」

「……そ、そんなに怒ること、ないじゃない」

「ルピア、また同じこと言ったらその口、縫い付けますわよ」


 この子、こんなにも直情的だったかしら……とルピアがぽかんとしていれば、ティルミナはきちんと座り直して再び大きな溜め息を吐いたのだ。


「……貴女は、ほんっっっとうに!自己肯定がここぞというときに低いというか、どうしてそうなるの?!ということをやらかしてくれますわね!一度殴らせていただける?!」

「さっきのは」

「ノーカウントよお馬鹿!」


 また馬鹿って言った……と不満そうに呟くルピアは、今、親戚と相対しているからこそこうして気を抜いてくれているのだ。

 それは、純粋に嬉しい。

 だが相手との取引材料に、自分を使わないでほしい。ティルミナも詳細を聞いて驚いたが、可能性として、下手をすればルピアの存在そのものが消されていたことだって、有り得てしまう。

 そうなったら、ティルミナを始めとした親戚一同、更にはヴェルネラを筆頭に嘆き悲しむ人は多くいるのだから。


「貴女は!色んな人に愛され、大切にされているという自覚をもう少し持ちなさい!そもそも、我が国に来てからの働きを皆が評価しているのですからね!」

「……え」

「騎士団試験に一発で合格したかと思えば、筆記で満点たたき出すわ」

「それは、勉強をしたからで」

「貴女の所作の美しさに、あちこちの貴婦人から『我が子の家庭教師に』ってわたくし懇願されるし!」

「えー、っと」

「ルピアとルパートの双子の演武を見た人からは、我らとも手合わせを、って陛下が懇願されていたりして、魔物退治に出向く予定を組んでいる騎士団長が悲鳴をあげていたり!」

「それ知らないんだけど、ねぇティルミナ。もしもーし」

「そもそも実務もとんでもなく仕事が早くて的確だから、騎士団辞めて内勤になれとか言ってくる役人もいるの!わたくしたちが懇願されてるんだからね!」


 ほいほいと出てくる自分の知らない、自分(ルピア)に対しての良い評価。

 ぽかんとしているルピアにびっ、と指を突きつけたティルミナは、また再びくわっと口を開いた。


「貴女が貴女を取引材料にしたおかげで、あちらこちらから『王家はあの子の存在を何だと思っているのだ!』とかいう苦情までぶちまけてくるし!」

「えぇ……」


 めんど、と思わずルピアが零せば、ティルミナはすっぱりと言い切ったのだ。


「ルピアねぇ……それだけあちこちから重宝されてるんですから、もっと『自分』を大切にしてあれこれ欲張りなさい……?貴女を捨てた祖国なんかにこれ以上構うんじゃありませんわよ!」


 言い切られた内容に、ルピアは目を丸くする。

 しかし、これは確かに色々な人に言われていたこと。あぁ、もっと貪欲になってもいいのだろうか、と思ってしまう。

 何からやっていいのか分からないから取り組めていないだけで、やりたいことは山のようにあるのだ。


「ねぇ、ティルミナ」

「なに!」

「わたくし、貴女が大好きよ」

「な、何よいきなり」

「だからね」


 にっこり、ととても綺麗に、そして楽しそうに笑ってからルピアはティルミナへと告げた。


「今は体を動かすことが楽しくて仕方ないから、騎士団優先だけれど、その内内勤での勤務もしたいから根回しお願いしてもよろしくて?」


 にっこにこと笑いながら、根回し=あれこれよろしく、と言外に告げてきたルピアの調子の良さに思わずティルミナは苦笑いを浮かべた。


 元々、ルピアは好奇心旺盛な子なのだ。


 だから、やりたいことがあれば、あれこれやりたかったに違いないのだが、『公爵家の跡取り』という巨大な目標があったから、あれこれ手を出さないように恐ろしく自分を制御していたのだろう。

 それも一旦白紙になったのであれば、いいや、騎士団にいれば父のようになりたい、という目標が叶うことが見えてしまった以上、本来の欲求を満たすためにあれこれやるに違いない。


「……ほんと、いい性格してますわ……」

「お褒めに与り、光栄ですわ」


 褒めてなーい!というティルミナの叫びも虚しく、ルピアが控えていた侍女を呼びつけ、ペンと羊皮紙を準備させてあれこれ書き連ねていく。

 今話した仕事内容もそうだが、『やりたいことリスト』と銘打ってさらさらと綺麗な字で記入していくではないか。


「ねぇ、ティルミナ」

「なぁに」

「わたくし、楽しいわ」

「……そうでしょうね」


 そう返して、ティルミナは紅茶を一口飲んだ。

 少し冷めてしまっているから、入れ直してもらわなければならない。


 カップをソーサーに置いて、ティルミナは目の前の楽しそうな従姉妹の様子を眺めていた。


「(良かった。やっと、本当の意味で笑えたのね)」


 ルピアの祖国がどうなろうと知ったことではないから、やりたいことの後押しはできるだけしてあげよう。改めてそう、心に誓ってからティルミナは侍女を手を挙げて呼んだのだった。

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