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四十九話:尻拭いはどうぞご自分で③

「そん、な……そんな、つもりは」


 ファルティはわなわなと震え、顔色を悪くしている。しかし、責任はいつか、誰かに降り注いでくることは変わりない。

 それが今なのか、あるいは遠い未来なのか。


 『システム』がファルティの体を借りて、ルピアをこの国に呼び出したのだとしても、ファルティがやったこととなってしまう。見た目は『ファルティ』でしかないのだ。

 更に、ファルティ自身だってルピアをこの国に呼びつける気満々だった。その気持ちを恐らく利用されたのか、とも思うが今はそれを議論などするつもりもない。大体、顔を突き合わせれば、なるべくしてこうなってしまうことだっただろう、と容易に想像くらいできるはずなのに。


「……ねぇ、どうしてかしらね。ファルティ様」


 この場に似合わないほど、ルピアは綺麗に微笑んでファルティの名を呼んだ。


 首筋には血の跡が未だ残っており、着用していたドレスにだって血が付着しているにも関わらず、ルピアはどこまでも凛としていて、そして綺麗だった。


 王家の血を少なからず引いているからとか、そういうことは関係ない。


 持って生まれた資質とでも言うべきなのかもしれない。

 背筋を真っ直ぐにして、綺麗な目で、目をそらすことは許さない、とでも言わんばかりにじっと、ルピアはファルティを見つめた。


「いつかは、覚める夢だったとお気付きだったのではございませんか?」

「ゆ、め……」

「とても素敵な、御伽噺のような展開でしたものね。王太子殿下の婚約者として元々いたわたくしを跳ね除けて、真実の愛で結ばれるお二人。なんて素敵なんでしょう」


 嫌味を言わないでほしい、とファルティは叫びそうになったが、あくまでルピアは事実を言っているだけ。それが嫌味に聞こえるならば、図星だから、ではないか。


「でもね」


 ルピアの穏やかな声が、一変した。


「物語が終わったあとは、()()()()()()()()ことによる責任を取らなければならぬことくらい、理解しているでしょう?」


 何を言っているのか、とファルティは首を傾げる。

 運命の恋で結ばれた2人は、幸せになって終わり。それで良いのではないのだろうか、と思っているからこそ、ルピアの問いかけの意味が理解できなかった。


「血筋、互いの結び付き、そして、そもそも王命であった婚約。これを全てひっくり返して、何の関係もない貴女が、王太子妃となったのですからね」

「で、でも、私はリアムを愛しているし!」

「愛で政治が回ればどれほど楽か」

「な、っ」


 心底軽蔑しております、とでかでかとした文字を背負っているような、とても分かりやすい嫌悪感丸出しの顔で、ルピアは吐き捨てた。

 確かにその通りではあるが、そんなに言わなくても!と反論しようとして、ファルティはようやく思い至った。


「…………………………あ」


 これは、まさに自分のことだ。

 ルピアに文句を言う前に、そもそも自分がやったことがどれだけ重大なことなのかを理解しようとしていなかった。

 『システム』に導かれるまま、いや、唆されるままに一人の令嬢の人生をめちゃくちゃにしてしまった。とはいえ、当の本人のルピアは『王太子妃になんかなりたくなかったのでありがとう!』と感謝しているので、ある意味ルピアからすれば結果オーライ。

 しかし……そうはいかないのは、ファルティの方だったのだ。


 散々、『システム』にも言われたはずだし、カサンドラにも指摘されたことでもある。

 王妃から王太子妃教育を受けている際、王妃からも相当口酸っぱく言われてしまっていた。


 『システム』がいるから、大丈夫。幸せに曇りなんかないと、ある意味どこまでも純粋に信じ続けていたから、本人に事実を突きつけられて初めて、()()()()理解したのかもしれない。


「あ、あの」

「何度だって申し上げます。わたくしから、未来を奪ってくれてありがとう。でもね、それには責任が伴うの。わたくしの大切なお友達や、大切な弟の婚約者までもを巻き込んで、色々と言ってくれたようだけど……その尻拭いはね」


 ルピアはファルティへと、ずい、と顔を近付け、続けて低い声で言う。


「お前が、お前自身で、やりなさい」

「………………………ぁ」


 言い終わり、ルピアが離れたタイミングを見ていたかのように、謁見の間の扉が勢いよく開いた。


「何をしているのだ!」


 ぜぇはぁと息を切らして走ってきた国王は、アリステリオスの姿を見て、次にミリエール、ルパート、ルピアを見てから顔をぱっと輝かせた。


「お、おぉ……公爵よ!!戻ってきてくれたか!」

「俺とアルチオーニ伯爵令嬢を見ないふりするあたり、どういう神経してんだかな」

「……全くもって、同意です」


 アリステリオスとロッドは小声で話す。ヴェルネラも、何ともいえない顔をして乱入してきた国王を見ている。

 この国全体に、都合のいいものしか見えなくなるような呪いにでもかかっているのだろうかと、全員が揃って大きな溜め息を吐いた。


「……人の人生を弄り倒した代償ですかしらね」

「そ、そんな、わけ、ない!」

「どこまでご都合よろしく解釈しまくっているのかしら。どこにも影響が出ない改変だなんて、あるわけないでしょう?必ず何かがおかしくなる、その可能性の方が大きいに決まっているじゃないの」

「……う、っ」


 改変をしかけた張本人と、された張本人は、淡々と会話をしている。

 国王は目を輝かせているが、こちらにも目を覚ましてもらわねばならないのには、変わらない。


「陛下、そんなことよりも」

「おぉ、なんだ公爵よ!」

「代替わりなさるのなら、お知らせ下されば式典には参加いたしますよ」

「は?」

「そうだな、わたしもその時は呼んでいただけると信じておりますが」

「は?!な、なんで、クアの国王が!!」


 遅せぇよバァカ、と国王にしては大変口の悪い様子を隠しもせず、ロッドはずい、とアリステリオスの前に出た。


「貴国の王太子妃様に、我が国の騎士……見習いで良かったか、ルピア」

「はい陛下。わたくしはまだ見習いでございますとも」

「は?!な、何でルピアが騎士など!」

「女性が騎士になってはならぬ、という法律は、クア王国にはございませんし」

「うむ。有能なら使う、それだけだ」


 口をぱくぱくとさせている国王のことは気にせず、ロッドは平然とした様子で続ける。


「招待されたのですよ、我らは。貴国の王太子夫妻に」

「……は?」

「ルピアとわたしを、ご丁寧に名指しで。あぁ、必要ならその手紙もお見せしましょう」


 飄々とロッドが言えば、国王は勢いよくファルティと、未だ気絶したままのリアムの方に大股で歩いていった。そして、ぐったりと気絶しているリアムを、容赦なく拳で殴りつけたのだ。


「陛下!何をするんですか!」

「やかましい!起きんか馬鹿めが!」


 目を覚ませ、と何度も何度も殴りつける様子を、国王と共に入ってきた部下たちは、普段はありえない異様な光景に揃ってドン引きしている。

 アリステリオスも、『こんな人ではなかった』と心の内で呟き、ルピアやミリエール、ルパートと顔を見合わせた。


「いい加減に起きぬか、リアム!」


 拳から、いつの間にか平手に変えていたらしく、ひと際大きなバチン!という音が部屋に響いた。


「……っ、ぅ……」

「リアム様!」


 ようやく目を覚ましたリアムは、とんでもない痛みにぱっちりと目を開くが、すぐに痛みに顔をしかめる。それを見たファルティは、早々に治癒魔法をかけていきながら、国王をキッと睨みつけた。


「陛下、何をなさるのですか!」

「……よくもまぁ、ぬけぬけと……。お前たちが元凶ではないか!今の、この状況は!」


 リアムを庇うのも大いに結構なのだが、これに関しては国王の言う通り。

 ルピアもロッドも、王太子夫妻からの『ご招待』を受けたが故に、この場所にいる。

 なお、先陣きってルピアが先に来て、自分の命と引き換えにあれこれしたことは敢えて言う必要はないか、と判断し、こっそりとヴェルネラがルピアに駆け寄って首の傷を綺麗に治した。


「ありがとう」


 小声でルピアがお礼を言うと、ヴェルネラは未だ機嫌は直っていないのか、少しだけ頬を膨らませている。しかし、すぐにルピアの腕にぎゅうと抱き着き、『もうこんなことはしないでください』とか細く懇願した。

 勿論、自分の命をほいほいと引き合いに出すつもりは、もうルピアにもない。痛い思いをするのは、今のところ騎士団の訓練だけで十分だ。


 密やかに会話をしているが、ファルティやリアムはどうしてルピアたちを招いたのか。その理由を国王からかなり激しく問い詰められているようだ。

 だが、本人たちは意識がほぼ無かっただろうから、何も言えずに黙り込んだまま。


「自分たちがしでかしたことの、理由すら何も言えんとはどういうことなのだ!えぇ?!」


 ぜぇはぁと息を荒らげながら問い詰めているが、きっと答えられない。どうせこちらに何かを訴えてくるんだろうな、とルピアが思っていたら、ばっちりとリアムとファルティとの視線がかち合ってしまう。


「……げ」


 助けて!と顔全体にでかでかと書いているが、ルピアが彼らを助ける義理なんてない。

 ここでまた説き伏せていると、時間がどれだけあっても足りるわけがない。


「ヴェルネラ」

「は、はい」

「帰りましょ」

「……はい!」


 唐突にヴェルネラの名前を呼び、唐突にクア王国へと帰ろうと提案する。ヴェルネラが拒否するわけもないし、両親と弟、そしてロッドにも目配せをすれば、全員一致で頷いた。


「ま、揉めごとはそちら側で対応してください。あと、わたしとルピアを呼んだ理由がきちんと分かれば、またお呼びだてください。……逃げも隠れもいたしません。そして、彼らは、我が国民だ」


 ロッドが代表して、王太子夫妻を責め立てている国王の元へと歩いていく。

 彼の声はよく通る。

 この場に一緒にやってきて、異様な光景にザワついていた人たちにも聞こえるように、更に続けた。


「わたしは、民を守る。この国のように、使い捨てなどには、決してしない。……それでは、失礼」


 何かを反論しようとして、国王は口をパクパクさせていたが、ロッドの迫力に何も言えないままだった。ルピアに助けを求めていたリアムとファルティも、ぽかんとして去っていく一同を、ただ見送ることしか出来なかった。


 なお、謁見の間を出てから少し歩き、誰も追いかけてきていないことを確認するやいなや、ルパートはヴェルネラを。そしてアリステリオスはミリエールを有無を言わさず抱き上げ、目配せをした後に、全員が猛ダッシュをして転移装置のある場所まで駆け抜けた。

 ルピアはドレスをちょっと持ち上げただけで、しかもハイヒール着用で走っている。


「ルピア、お前の対応力はさすがだな。おじさん嬉しいぞー!」

「鍛えられましたので!」

「姉さん走るの相変わらず速くない?!」

「ヴェルネラ下ろしなさいよ、そしたらわたくしと同じくらいよ、ルパートは!」

「そうですわよ、下ろしてくださいませルパート!ねえったら!」

「黙って抱えられとけ!」


 ぎゃんぎゃんと言い合いながらも速度が落ちない弟を見て、『アンタも大概鍛えてるわよ』と心の中でひっそり呟くルピア。

 だが、もうコレで付きまとわれることはないだろう。


 今までは、ルピアがしてきた尻拭い。これからやるべきはファルティであり、ファルティが何かをやらかしたら支えなければならないのはリアム。

 あの場に残っていては、また面倒を押し付けられる。


 そうなったら、何のためにここまで色々とやってきたのか分からなくなってしまう。


 だから、逃げた。

 今まで逃げられなかったけれど、もう知らないと言わんばかりに、ダッシュで。


「さようなら、皆様方お元気でいらしてね!」


 転移装置が作動し、ルピアたちが消えるその瞬間に、大きな声で別れを告げる。

 使節団として訪問することはあっても、もうここに未練なんか何一つない。最初に捨てたのはこの国そのものだし、だから、割り切ってルピアもここを捨てた。


 親戚も、友も、国は違えど皆、居てくれる。だからもう、ルピアは振り返ったりしないのだ。

もうちょっとだけ、お話は続きます。

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