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四十九話:尻拭いはどうぞご自分で②

 学生時代、ファルティは特待生として先生たちから一目置かれる存在であった。座学だけでなく、実技も優秀。人とのコミュニケーションについても問題がない。伯爵令嬢だからと身分を振りかざし、平民の学生たちに嫌な思いもさせたりしない。

 皆、ファルティを褒めてくれた。『さすがだ』『素晴らしい』という言葉から始まり、稀代の秀才とも言われたことだってある。


 けれどそれらの賞賛は、ルピアが公務でいないときに起こるものだと、知っている人は限りなく少ない。


 何せルピアは特待生でないにも関わらず、とてつもなく優秀だった。

 公爵家の跡取りとしての勉強に始まり、有事の際に己は己で守れるようにと仕込まれている武術や、魔法の数々。

 一部の生徒から熱狂的な支持を得ており、しかも王太子の婚約者。家柄は由緒正しく、王家の血を引く公爵家。父は騎士団団長として国を守り、母は隣国の元王女。双子の弟は騎士となるために外国に留学をしていて、いつかルピアが王太子妃になったとき、双子の姉を守ることを第一として進路を決めた、と聞いていた。


「(ずるい)」


 会話なんかしたこのとないファルティとルピア。

 ファルティが最初に抱いた感情は『ずるい』、それに尽きる。

 家柄もよく、婚約者にも恵まれているルピアが羨ましくて、何もかもを持っているルピアが妬ましくて。

 唯一ルピアに勝てていると思えたのは、家族の絆。アーディア伯爵家はとても家族仲が良い。それだけだとしても優越に浸れたのだが、足りるわけがない。


 そう思っていたときに、ファルティを唆しにやってきた神の意志(システム)という存在。

 大団円が、実は何だかよく理解していなかったファルティだが、『自分が望むがままに話が進んでいく』ということがあまりに楽しくて、素晴らしい光景で、しかも友人でも何でもなかったルピアまで、自分の言うことを聞いてくれるという、とてつもない優越感。高位貴族の女子生徒たちからも、ルピアのことを賞賛していた先生たちからも『ルピアさんとも仲がいいなんてさすがだ!』と口を揃えて言われた。

 皆、ファルティを褒めたたえた。たとえルピアがいても、『さすがファルティだ』と言ってくれた。

 神の意志(システム)が示すまま、リアムの頭の上に数値として見えていた好感度をもりもりと上げ、彼の周りの好感度も男女問わず上げた。ルピアの好感度があまり上がらなかったけれど、それでも言うことを聞いてくれていたし数値としては最大ではないもののかなり高い。

 だから、ファルティは何があろうとも大丈夫だと思っていたし、エンディングを迎えた後もファルティの望んだ世界が続くと思ってしまっていた。


 その結果、大切なことを見落としていたことにより叶えられたエンディングは『王妃ルート』。これはこれで勝ち組まっしぐらではあるものの、自分の力のみで達成したわけではないから、綻びは出て当然でもある。

 綻びが出て、自分に手を貸してくれていたモノから指摘をされて、ファルティはようやくどれだけのことをしてしまったのかに気付いたのだが、時既に遅し。


 だって、これは『現実』なのだ。


 それを言外に、ルピアから責められているような気がしてしまった。自分の考えを変えたくはないけれど、自己保身に走る己は悪くないんだ、とファルティは心の中で思わず考えてしまう。


「っ……」


 そして、ファルティはどうにかして、『無』でありながらも責めるような雰囲気のルピアの目から逃れたかったけれど、何故だか目を逸らすことができなかった。

 紛い物だったとしても、ルピアは今までこんなにも無機質な目をファルティに向けたことはなかったというのに、今はまるで汚物か何かを見るような、ありとあらゆるマイナスの感情ばかりを込めた目で、ルピアはファルティを見ていた。

 『無』のみだと思っていたけれど、ほんの少しの時間でここまでも変わるものなのか。


「……何か言ったらどう?」


 ルピアは、静かにファルティへと問う。声だけは『無』のまま、淡々と。

 勿論、ファルティだって何か言いたかった。だが、言えないのだ。

 そもそもファルティとルピア、双方踏んできた場数が違いすぎる。

 幼い頃から王太子の婚約者として実務までこなすほどに優秀だったルピアと、学院の勉強においては優秀なファルティ。


「噂って、色々なところから聞こえてきますのよ」

「それが……何だというのですか……」


 怖い。

 それが今、ファルティの抱いた素直な感情。


「平民や下位貴族からは、わたくしをバカにするものや嘲笑っている、とてつもない言葉の数々が。無いことまで色々と噂されていたわ」

「…………」


 当たり前じゃないの!と、ファルティは叫びたかったけれど、叫ぼうとしてぴたりと止めた。


「高位貴族からは、我が家がいなくなってしまったことの嘆きと、これからを憂う声が」

「だから! それが何よ!」

「あら、優秀だと噂の妃殿下もそれほどでもないんですわね」


 うふふ、とルピアは軽やかに笑ってみせた。空気の重さと反比例する、あまりに軽やかな声に、ファルティは思わず怪訝そうな表情になってしまう。


「どうしてここまで、話の内容が違っているのでしょうねぇ?」

「は?」

「正しく情報を得ている方々は、国を憂いておりますけれど……正しくない情報で楽しんでいる方々ほど、わたくしを酒の肴にでもして、愉しんでいらっしゃるんです。彼らは『今』楽しければ良い」


 ファルティの口から、『あ』と声が漏れた。確かにそうだ、でもそれが何だというのか、まだほんの少しだけ理解はできない。


「ここまで言っても分からない? 『今』を楽しんでいる人たちは、『未来』を見てなんかいないのよ」

「……!」


 そうだ、とファルティは思った。

 民衆も、下位貴族たちも、こぞってルピアを馬鹿にした。嘲笑った。

 彼らがしたのはそれだけ。自分たちを楽しませてくれるならば、これがルピアでなくとも良いのだ。

 もし仮にファルティのスキャンダルだったとしても、近所にパン屋が新しくオープンしたとかでも、あるいは、他の家門の醜聞だったとしても、何でもいい。

 今回のターゲットがルピア、あるいはカルモンド家だったというだけ。


 世紀の恋愛劇によって結ばれた運命の王太子夫妻。そして、愛を得られなかった哀れで可哀想な公爵令嬢。

 傲慢だったから、己の立場に胡座をかいていたからこうなったのだ!と、口を揃えて言いながら指さし、笑っていた。


「自分を馬鹿にし続ける人たちのことを、どうしてわたくしが何かしてあげなくてはいけないの?」

「っ、カルモンド公爵家は国の守りの要なのに、あなたの我儘一つで皆が揃って出ていったことは、悪くないというの?!」

「王家が『家族』を優先したから、こちらも家族を優先したのだけれど……問題がある?」

「意味がわからないことを言わないで!」

「まだ分からないの?」

「だからぁ!」


 はぁ、とルピアはため息をついてからファルティに思いきり顔を近付けて、こう続けた。


「息子の我儘を聞いて、『国』よりも『個人』の感情を、国王夫妻自ら優先したでしょう?」


 そこまで噛み砕いて分かりやすく言われたら、ファルティも分からない、だなんて言えない。


「それが、あなたのやってきたことの総仕上げだったんでしょう、ファルティ=アーディア。あなたが主人公(ヒロイン)となって、『王妃ルート』?だったかしら。それを成し遂げたということなんだもの」


 告げられた内容に、ファルティは『そうじゃなかった』と言いたかったけれど、これが現実なのだ。


「わたくしは、本来あるべきだった未来を、あなたに、国王夫妻に、殿下に、この国の全てに台無しにされたわ。でもね、わたくし思うの」


 何も言えないファルティを後目に、ルピアはただ告げていく。

 今のこの現実を。これらの事態を招いてくれた目の前の張本人に対して、真っ直ぐにぶつけた。


「ありがとう、わたくしから未来を奪ってくれて。王太子妃になるだなんて、まっぴらごめんだったんだもの。嫌で嫌で、泣きわめいて、部屋をぐちゃぐちゃにして……あの時は、家族や親戚一同の皆様方にとてつもない心配をかけてしまったわ」


「本当にな」

「あなた、黙ってくださいまし」

「おい、それ俺は聞いてないぞ」

「お兄様もお黙りになって」


 アリステリオスとロッド、双方に注意をしてからミリエールは言い淀むことなく更に続けていくルピアを見守る。


 どたばたと、複数の足音がここに向かってきている。


 きっと、もうすぐファルティの描いた理想の未来では無い、でも彼女が正面から向き合わなければいけない『現実』に向き合う時間は、刻一刻と近づいてきているのだ。

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