四十九話:尻拭いはどうぞご自分で①
ルピアに体を支えられているファルティは、今己に何が起こっているのかを理解するのに、時間がかかってしまった。
目の前のルピアは笑っているけれど、目が、一切笑っていない。
視線だけでルピアの背後を見れば、恐らくあれはルパートだろうか、というルピアにとてもよく似た青年と、先日のお茶会でひと悶着あったヴェルネラが青年の隣に立っている。
更にその背後、恐らくルピアの両親と護衛と……もう一人は、まさか、と息を呑んだ。
「(どうして、クア王国の国王陛下が……!)」
だが、ファルティははっと思い当たる。
ルピアの母、ミリエールの出身はクア王国。しかもミリエールはその国の王女であった、と。
しかしどうして、家族一同が揃っているのだろうか、とも同時に思った。
この国でのカルモンド家についての認識は、『家族不仲』なのだ。皆がそう思い込んでいるから、それが当たり前のことであり常識なのだとばかり思っているが、この雰囲気を見る限りは恐らく違う。
「なんで」
緊張のためか、少しだけ掠れた声でファルティは呟いたが、その『なんで』には色々な意味が込められていることは、ルピアは早々に察したらしい。
はぁ、ととても深いため息と共に、心底呆れ返った眼差しがファルティへと向けられた。
「それ、本気で仰っているのかしら」
「……っ」
別にルピアは馬鹿にしていないが、ファルティはその言葉を聞いて突発的に『馬鹿にされた』と思った。
ルピアに対して抱いていた、申し訳ないという気持ちや、これまでのことを謝罪したいという気持ちはまだある。けれど、そんなことよりも先に出てきてしまったのは、ルピアに対しての罵倒に近い言葉たちだった。
「ふざけないでください! 貴女が……っ、いいえ、貴女がたがこの国を捨てたから、私やリアム様はとても苦労しました! 今更何なのですか?! 祖国に縋りにでも来たんですか?! カルモンド家の皆様まで引き連れて、リアム様に何かしらご要望でも訴えかけるおつもり?!」
何を言っているのだろう、と意識がないままのリアム以外の全員の心の声は一致した。
「は?」
一番先に言葉を発したのは、ファルティの一番近くにいて体を支えてあげているルピア。
「……本気、でしょうか」
「嘘偽りを述べているように見えるの?!」
ルピアは、思った。会話が噛み合わない、と。
今までの、というか学院時代しか知らないけれど、ファルティの評判はいいものばかりだったし、極々稀に会話をすることもあったが、普通にできていたように思う。
これもシステムとやらの影響を受けまくったことによる弊害なのか、あるいは、混乱しているから思ったことを考え無しにそのまま口からほいほいと出しているのか。
どちらとも判断できてしまいそうになり、ルピアはまた改めて溜め息を吐いたが、そのこともファルティにとっては腹立たしかったようだ。
ファルティは半ば無理矢理ルピアに支えてもらっていた体を起こし、ふらつきながらも立ち上がって真っ直ぐルピアを指差した。
「人を、指さすものではありませんよ」
「黙りなさい! 王太子妃の私に向かって無礼な!」
「……え?」
「貴女たちがこの国を捨てたから、他の高位貴族までもがこぞってここから出ていったわ! 揃いも揃って行先はクア王国やその周辺国!」
「……それで?」
「まぁ……っ、何て白々しいの! 大体、ご自分の行動に責任を持たないからこのようなことになったと思えないの?!」
「それから?」
「それから、ですって?!」
淡々と短い言葉で、ただファルティに問い返していたルピアに、ファルティはイライラが溜まってきたようだ。
キーキーとヒステリックな高音が混ざり始め、ルピアよりも少し後ろに立っていたルパートもヴェルネラも、耳を塞いでしまおうかと思い始めたとき、あれ?と二人は思った。
ルピアが、問い返ししかしていない。しかも単語のみ。
面倒に思っているのか、もしくは……と、ルパートとヴェルネラは揃って互いに顔を見合わせた。どちらが合図をしたわけでもないが、うん、と頷き合ってしまう。
「なぁ、ヴェルネラ」
「あら……ルパートも思いまして?」
「そりゃまぁ……そうだろ。あれは……」
「ええ……」
お互いに小さな声で、名詞は出さずとも言い合い、恐らく双方の考えは間違っていないだろうと確信した後、ルパートたちよりも少し後ろにいた父たちに視線を向ける。
思っていることは同じだったようで、ルピアに対してがなり散らしているファルティ以外が、うん、と頷き合った。
「呆れた……! ルピア様って、本当に自分で責任が取れないまるで無能ではありませんか!」
「どの口がふざけたことを仰っているのかしら」
ルピアによって発せられた痛烈な一言に、ファルティは思わず目が点になってしまう。
自分の知っている『ルピア=カルモンド』という令嬢はこんな痛烈な、しかも直接的な批判などしなかったはずだ。更に、家族に愛されてなどいなかったはずでもある。
ファルティの知る何もかもと異なっている状況に混乱しそうになっていると、ルピアはそのままの抑揚のない声のトーンで続けていく。
「できる、と思ったからわたくしから、わたくしの立場を根こそぎ奪ったのでしょう? わたくしよりもうまくできると、ご自身が豪語していたというではありませんか。まさかとは思いますけれど、己の野心だけを叶えたくて、わたくしの立場そのものを奪った……とか、申しませんわよねぇ?」
「え……と」
ルピアの立場、とは言うまでもない。王家によって定められていた、後々の王太子妃となるはずだった予定の未来や王太子妃の立場。
「そ、あの……」
そこまで考えていませんでした、だなんてファルティは口が裂けても言えるわけなんてなかった。唆されたから、野心まみれだったから、自分に良いことばかりだろうと(勝手に)思ったから、言われるがままホイホイ乗って、ルピアの意識までも一年間うまく働かないように人外の力を使ってまで、ルピアの自由なんかにはさせなかった。
「責任だけこちらに押し付けて、力を貸してくれていた存在が居なくなった途端にわたくしを罵倒するだなんて……とぉっても素敵な神経をお持ちでいらっしゃいますこと」
ルピアの言葉によって、その場の空気はどんどんと冷えていく。
神の意志にファルティが体を乗っ取られたあの瞬間に関しては、『ルピアに対してとんでもないことをしてしまった!』と反省の気持ちしかなかったはずなのに、いざルピア本人を目の前にしてしまうと、ファルティの口からぽんぽんと出てくるルピアに対しての罵倒の言葉。
更に追加して、自分を擁護するだけの都合の良い言葉たち。吐いた言葉は取り消せるわけもなく、かといってもうここまで言ってしまった状態でしおらしくしたところで、ルピアから見ていればファルティが自分を許してもらいたいがためだけに、口先だけで謝罪をしているようにしか見えない状況を作ってしまっている。
ファルティがどうしよう、と遅すぎる反省らしきものをしていると、ルピアは玉座で気を失っているリアムへと視線を移して、それに、と更に言葉を続けた。
「王でもないのに玉座に座るなど……」
ルピアの声には、軽蔑しか乗っていない。怯んではいけない、と心に決めてから大きく深呼吸をしながら、ファルティがルピアへと真っ直ぐ眼差しを向けた。
「…………あ」
視線が合った先、ルピアの目にあったのは、一切の『無』だった。




