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四十八話:幕引きの支度

 は、とルピアは疲れたように息を吐く。

 そういえば、ルパートと約束した時間はどうなっているのだろうと思い、持参していた時計を見てぎょっとした。


「……マズい」


 指定した時間を、一分経過している。たかが一分、されど一分。ルパートはとても時間に厳格だ。

 つまりこれは、とルピアがふらつきながら立ち上がるとほぼ同時くらいだろうか。


「ルピア!」

「ルピアー!!」

「姉さん!!」

「お義姉様!」

「おいルピア!」

「ルピア様!」


 アリステリオス、ミリエール、ルパート、ヴェルネラ、ロッド、最後にアルフレッド。全員がルピアの名を呼びながら、どったんばったんと騒がしさ全開で、謁見の間になだれ込んできた。

 家族やアルフレッドはまぁ良いとして、一国の王までもがここにやってくるとは何事か。恐らくそれほど心配で、『王』ではなく一人の身内としてやってきたのであろうことは分かる。分かるのだが。


「……えー、と、あの……」


 あの時間は、どうやら思っていたよりもあっという間に過ぎてしまったらしい。その証拠に全員が息切れをしながらここになだれ込んできた。恐らく、何かルピアに対して連絡をしようとは思ったらしいが、繋がらなかった……というところだろうか。

 アリステリオスの焦りっぷりがそれを如実に語っている。

 あの父が、あれだけ焦っているところは見たことがほとんどない。確かルピアやルパートが幼い頃に怪我をしてしまったとき、あるいはミリエールが寝込んでしまったときなどだろうか。


「あ、の」

「お義姉様!」

「は、はい」


 大きな声で呼ばれ、背筋を真っ直ぐに伸ばすルピア。

 おまけに思わず体を硬直させてしまったルピアをガン見しながら、ヴェルネラは遠慮なくずんずんと近寄り、がばりと首の傷を見つめていた。


「(まずい)」

「……っ、誰が……」

「あの、ヴェルネラ」

「誰がわたくしのお義姉様の白磁の肌に対して、このような傷をつけるなどという狼藉を働きましたの?! ファルティですか?! それとも殿下ですか?!」


 美人が怒ると怖いものだ、としみじみ思う。しかし今はそうではなく、この義妹を宥めることが先だった。


「お待ちなさいヴェルネラ、違うの。これはあくまでもわたくしが」

「は?!」

「あっ」


 やべ、と令嬢らしからぬ声がルピアから出てしまった。耳ざとく聞きつけたルパートが今度はずんずんとやって来て、ヴェルネラ同様に顔をずい、と近付けてくる。


「どういうこと姉さん!」

「えーっとね、これには訳があって」

「どんな!」

「話せば、物凄く長くなるのだけれど」

「簡潔に」

「えぇ……」


 簡潔に話せば話すほど、弟と義妹がブチ切れる可能性は高い。ものすごく、高い。

『諸悪の根源の存在との取引材料に自分の命をかけました』と言って、この二人がどうなるだろうか。しかも今は両親とアルフレッド、更にはロッドまでいる。


 ルピアはカルモンドの一族から、それはもう大切に育てられていた。

 王太子妃教育と当主教育を同時にやる!と言ったときは色々な人から『できるわけがないだろう』と笑われたりはしたけれど、努力を重ねに重ねた結果、色々な人が応援してくれていた。

 厳しいときは厳しく、優しいときはとことんまで優しく。内側の人間ならなおのこと。

 他の人に見えていたのは、『厳しいときは厳しく』のところだけだから、親族が不仲に見えていたのだろうが実際は真逆。

 これを利用しない手はない、と今回の件に関しては早々に国外へと脱出しまくった一族ではあるが。


 さてどうしたものか、とルピアが悩んでいるとアルフレッドも遠慮がちにやってきた。


「アルフ?」

「お嬢様、まさかとは思いますが」

「アルフ、ちょっと待ちなさい。ストップ」

「ご自身の命を取引材料なんかにしてはおりませんね?」


 それを言った瞬間、ヴェルネラとルパートという『ルピア過激派』と称しても過言ではない二人の声が、綺麗にハモって響き渡った。


「はぁ?!」


 ルパートとヴェルネラの絶叫にも近い悲鳴と、アルフレッドの的確すぎる予想。さすがは自分に仕えてくれている人だ、と褒めてやりたいが今は駄目だ。


「えー、っと」

「お、おねえ、さま、……」

「ち、ちょっと、ヴェルネラ?!」


 ぐず、と鼻をすすったかと思えば、堰を切ったようにヴェルネラはわんわんと泣き出してしまった。


「駄目です! お義姉様の代わりなどどこにもいないのですから、ご自身をもっと大切にしてくださいませ!」

「……ヴェルネラ……」


 普段ならば、きっとヴェルネラは泣きはしてもここまで感情的にはならない。彼女はアルチオーニ家の『裏』の仕事をこなす内に、感情のコントロールは人一倍上手になったのだから。けれどその彼女が、ここまで感情を表に出してくるのは片手の指で足りるほど。

 才能を見出してくれたルピアは紛れもなく、ヴェルネラが感情を見せてくれる貴重な人の一人なのだから。


「っ、……お義姉様のバカぁ~……」

「ごめんね、ヴェルネラ」


 ぎゅう、と華奢な体を抱き締めて、よしよしと背中をさすってやる。

 ふと視線を移せば、ルパートも泣きそうなのを必死にこらえていた。


「ルパート」

「姉さんの、大バカ野郎!」

「……うん、そうね。わたくし、大バカ野郎だわ」

「……っ、こわ、かった」


 感情を無くされたような、人形のようになってしまっていたルピアを見たからこそ、笑ってくれているいつも通りの姉を失いたくはなかった。

 ひっく、と一度だけしゃくりあげたものの、ルパートは乱暴に目尻に浮かんでいた涙を拭い、一歩だけ下がる。


「……?」

「でも、それだけ深刻だった、とも思う、から」

「……ごめんね。それから、ありがとう」


 おいで、と言うようにルパートに片方の手を伸ばせば、おずおずと遠慮がちに再び近付いてきて、ぎゅうとルピアに抱き着いた。

 身長差があるとはいえ、可愛くて大切な、かけがえのない弟にまで、こんな思いをさせてしまったのは申し訳ない、のだが。更にそれの上をいく号泣っぷりのミリエールを見て、思わず双子とヴェルネラは硬直した。


「え」

「あ、あの」

「おかあ、さま?」


「この……大バカ娘!」


「ひぇ」


 思わず肩を竦めたルピアと、ぼろぼろと涙を零しながらぎろりと睨んでくるミリエールが対照的でもあり、それほど心配していたということが伝わってきた。


「ご、ごめんなさい……」

「本当に!!本っっっ当に、貴女は旦那様そっくりなんだから!!」

「え」


 全員の視線を受けたアリステリオス。そういえば、父だけ怒ってこないな、と思ってはいたがそれが理由か!とルピアは納得してしまった。

 騎士団団長という立場柄、魔獣討伐の際に危機に瀕した部下を逃がすため、あるいは己が先陣を切り突入した戦で幾度か大怪我をしたことがある……とは聞いていたが、つまりそういうことか、と更に納得してしまった。


「いいこと! 旦那様もルピアも! それからルパートも、自分の命は粗末にしてはなりません!」

「俺別にそんなことしてない」

「お黙りなさい! ヴェルネラちゃんを守るために貴方もほいほい命をかけるでしょうに!」

「ちょっとルパート、それ、わたくし聞いておりませんことよ?!」


 弟よ、と思わず妙な顔つきにルピアはなってしまうが、結局のところ大切なものを守る為ならばという本質は同じだった、ということだろうか。

 おーい、とこちらに声をかけてくるロッドに、全員がはっと我に返った。


「ここの国、いつから国王は代替わりした?」

「なに?」


 恐らくここに来たばかりで娘のことしか見えていなかったであろう、アリステリオスが玉座へと視線を移す。


「リアム殿下は、まだ王太子だったはずだが……」


 国王に即位するには、早すぎる。国王自らが指名して代替わりしたならば、周辺各国へと知らせが入るはずだ。国王の代替わりを誰にも知られぬよう、密やかに行う国などありはしないのだから。


「まさか……」

「これも、ルピアが話していたシステムとやらの影響か?」

「そう、かもしれませんわ。わたくしがここに来たときから、彼らはここに座っておりました。今は殿下も気を失っているようですが、どこか……虚ろな目で……」


 まるで、ルパートや両親から聞いた、かつてのあやつり人形と化した己のようだった、と付け加え、ルピアは手をきつく握り締めた。


「影響がどこまで及んでいたのか……」

「わかりません。彼らが起きないことには……何とも……」


 事情を聞こうにも、ファルティもリアムも気を失っている。ファルティに至っては床に倒れたままだ。

 さすがに床は、と思ったルピアは近寄り、そっとファルティの体を抱きかかえる。せめて、体が少しでも痛くないように。


「回復魔法でどうにかなるのでしょうか」

「それも、同じくわからないわ」


 ヴェルネラの言葉にも、あまり良い返事は返せない。

 何がどうなってこうなり、そして意識を失ったのか。ファルティは恐らく、体の中に入っていたであろうアレが出ていったことで操りの糸がぷっつりと切れたため、そのまま倒れたことは想像に容易いが、リアムは経緯がまったく分からない。


「お義姉様、呼びかけてみますか?」

「そう……ね」


 学院で、ほとんど接点の無かったに等しい彼女が、どうしてここまでの野心を抱いたのかは分からない。

 でも、もう御伽噺も、夢も終わりなのだ。


「ファルティさん」


 片手でファルティを支え、もう片方の手で、軽くファルティの頬を叩く。


「ファルティさん、起きて。ファルティさん」


 彼女には、きちんと現実を見てもらわないと困る。

 恐らくここまで事態が面倒なことになったのは、あの『システム』のせいが大半を占めるのだろうが、上手い話にほいほい乗ってしまったファルティにも、そして、ファルティに惹かれ国王自ら望んだにも関わらず婚約解消をすんなりとしてしまったリアムたち王族にも。


 ──だから。


「起きなさい、ファルティ=アーディア!」


 ぺちぺち、ととても軽い音だったものが、スパァン!と大変大きな、なおかつ威力のありそうな、ついでに痛そうな音が響いた。

 柔らかな口調もどこへやら。鋭く名前を呼び、容赦なくファルティの頬を打ったルピアと打たれてからぱっちり目を覚ましたファルティは、ようやく相対したのである。


「何するんですか! ものには限度というものがあるでしょ、………………って…………」


 ファルティが思いきり噛みついた相手を認識し、目を鋭く吊りあげていたが、途端にしおしおと勢いがなくなっていった。


「ルピア、さま」


 頬を引きつらせ名前を呼んだ相手は、擬音がつきそうなほどににっこりと笑って、そしてこう告げた。


「都合のいい夢は、もうおしまいよ」

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