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四十六話:決着をつける前に

少しお久しぶりになりました!

 その日は早々に帰宅させてもらい、ルピアは自室に戻る前に家にいたルパートの元へと向かう。

 きっと、彼は怒るに違いないけれど、ファルティやリアム、そしてファルティを唆した神の意志(システム)との決着はルピア本人がつけなければ、いつまで経っても粘着されるだろうし、終わらない。


「ルパート、今良いかしら」

「はーい」


 どうぞ~、と少しだけ間伸びした声がノックした扉越しに聞こえてくる。遠慮なく扉を開くと、白いシャツに黒いパンツ、それから淡いクリーム色をしたカーディガンを羽織ってのんびりしている双子の弟の姿が。家にいる時間はシンプルな装いを好むルパートらしいな、と思わず頬笑みを浮かべて室内に入り、用意されていたソファーへと腰を下ろした。


「どうしたの?」

「突然だけれど、わたくし、ちょっとファルティたちと決着をつけてくるわね」

「………………………………何て?」


 とてつもなく良い笑顔で宣言する姉をガン見していれば、同じ内容が繰り返される。

 たっぷり間があった後、『あー?』とか『え、えぇ…?』とか、よく分からない呻き声のようなものを発してから、深呼吸をして、ルパートは目の前の姉を引き続きまじまじ見つめた。

 良い笑顔だけれど、目は本気そのもの。冗談ではないし、ルピアは冗談の類が苦手だし自分から言えるような性格でもない。


「えーと、あの、姉さん」

「ご招待されたのよ、自分を『神』とか名乗っている、ファルティが力をうっかり借りてしまった得体の知れないものに」

「招待……って」

「手紙をね、もらったの。ご丁寧に差出人は王太子殿下、そして宛先は陛下と……わたくし」

「は?」


 リアムが正気なのか、正気でないのか。恐らく後者であろうと推測されるのだが、ルピアがクア王国に来たということは知っているとしても、どこで何をしているのか、ということまでは知らせる必要もないから教えていなかった。

 ルパートも帰国してからリアムには会っていないし、手紙のやり取りもしていない。ではどこから情報がもれているのか。いや、もれているのではなく、執拗にファルティ、もしくはあの国の国王が密偵などをこちら側に放って調べていた……?

 想像すればいくらでも可能性のあることはぽんぽんと出てくるのだが、今考えなければならないのはそれではない。


「王太子殿下は、既に己が国王となったかのような文言の手紙をこちらに寄越してくれたわ。思い出すのも不快なほどにね」

「……アイツ、何やってんだよ……」


 姉が王太子妃筆頭候補だったとき、ルパートは父に強請り、何度か王宮に連れて行ってもらったことがある。更に、リアムもカルモンド家に訪問したこともあったから、友人のように遊んでいた記憶があるのだ。

 成長するにつれ、互いに忙しくなったから手紙のやり取りなんかは減ったものの、姉が婚約解消をされてしまったあの瞬間までは、ルパートの中ではリアムは大切な存在だった。

 あんな不義理な奴だとは思いもしなかったけれど、彼はここまで考えなしの行動をとる男ではなかったはずだ。


「殿下が何をしようと構わないのだけれど、……嫌な予感がするのよ」

「どんな?」

「システムとやらは、わたくしを主人公にしたいようなの。だから、わたくしを無理矢理にでも舞台に引きずりあげるために、本来ならば干渉できない領域にまで、干渉してきているのではないかしら、と思って」

「……確か、王太子妃がエンディング……?に到達、したんだっけ。所謂それって、ゴールしたってことだからもう干渉しないというか、手は貸さないとか」

「えぇ、そう。だからわたくしも、好きにすればいい、そう思って放置していたのだけれど……」

「姉さんが関わってやる義理はないもんね」

「そうなの」


 はー、と双子はこの件に関して何度目か分からない盛大な溜め息を吐いた。

 ファルティもファルティだ、と口には出さないけれど双子は揃って思う。やると決めて人から立場を奪ったのであれば、自分の思いや欲望を完遂し、他人に尻拭いをさせるようなことはするなよ、と。


「でも何で姉さんを次の……えーっと…主人公?にしたいんだろう」

「成し遂げたい物語があるんですって。……えぇと……そのエンディング?とか、何とかかんとか」

「さっぱり分かんないんだけど。っていうか姉さんが人の話聞いてないの珍しいね」

「分からないのはわたくしもよ。それと、聞く価値のない話に傾ける耳なんてないの」


 やると決めたらやる双子だからこそ、ファルティの詰めの甘さはいかがなものかと思うし、リアムも先のことを考えていなさすぎる。

 だからこそ、神だか何だか知らないけれど、『システム』などという悪魔の囁きに乗っかってしまったのかもしれないが。


 なお、カルモンド家が公爵位を棄て、国から離れたことにより国防関連がしっちゃかめっちゃかになったそうだ。これに貴族たちは大層怒っているらしい。国王が、『カルモンド家を不要ともいえる扱いをしたのは、我らだ』と言うと、勢いのあった貴族たちは何とも言えない顔になったそうだ。

 ルピアを嘲笑って、指さしながら面白おかしく色々な根も葉もない噂を吹聴して回っていたから、何も言えなかった。何も、言う資格など本来はないはずなのに、自分たちにとって都合が悪くなると手のひらを返す。

 知っている、貴族とはそういうものだ。

 しかしあまりにもコロコロと言うことが変わりすぎていて、彼らの思考回路には到底ついていけるわけがない。人を嘲笑っていたくせに自分たちがピンチになると手を貸せとは一体何事か。

 それを危惧したアリステリオスが手を打ち、一族諸共あの国からさっさと逃げたわけなのだが。


「わたくしはあの神モドキの提案になど、乗りたくはないの。自分の願いは、自分で叶える。己の力で手に入れたからこそ、その思いやモノには価値があり、……とても、大切なのだから」


 ぐ、と力強く拳を握る姉の意見にはルパートも賛成だった。そして、改めて思う。


 ──あぁ、リアムが姉と離れてくれて本当に良かった。


 賛成でも反対でもなかった、あの婚約。貴族ならば家のため、国のための婚姻を結ぶなど常あることなのだが、幼い頃から王太子となることが定められており、その後見としてちょうどいいからと選ばれてしまった姉。

 ならば自分は姉の味方で居たいから騎士になろう。そう決めて留学をしてたのに、ここまできてリアムが、ファルティが、何もかもひっくり返してしまった。

 覆水盆に返らず、なのだから彼らには改めて腹を括ってもらわなければいけない。


「でも、そのために姉さんがあの国に行くなんて……」

「これはね、わたくしの見通しの甘さが招いた結果でもあるわ。もっともっと強く突き放して、切り捨てておかなかった、わたくしの責任」


 そんな責任なんて背負う必要はないのに、と思う。けれど引き受けてしまうのがこの姉なのだ。

 自分の責任と言いながらも、姉はリアムを助けるのだろう。助けた上で、今度こそ絶縁宣言をしてくるのだろう。それが分かるから、ルパートはきっと姉を止めてはいけないのだと、感じた。


「……姉さんが、そうやって無茶するところは、嫌いだ」

「ルパート」

「……でも、決めたことは曲げないだろうから……応援する。帰ってくる、って信じてるけど……」

「けど?」

「時間を、区切ってほしい」

「時間を?」

「そう」


 ルパートは、姉の手をぎゅっと握って、まっすぐ見つめる。


「もし、いつまでに帰ってこない、もしくは連絡が無ければ転移魔法でも何でも使って、迎えに行く」


 ルピアは、ぎゅっと握られている手に、ふと視線を落とした。

 この双子の弟は、しっかりしている。婚約者であるヴェルネラの味方で居続け、愛し、隣に寄り添っていてくれている。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、そう思っていたけれど。


「万が一なんて、起こさせたくないんだ」


 ルピアと双子だから、思考回路が似ているから、色んな理由が考えられるけれど、この弟はまっすぐに、ヴェルネラとは違った特別枠で心配をしてくれている。


「もう、あんな姉さんは、見たくないんだ……っ」


 神の意志(システム)の干渉を受けていた時の、人形のようなルピア。そうだ、彼はあの時のルピアをしっかりと見ている。だからこそ卒業を早めてまでもこうして帰ってきてくれているのだから。

 泣きそうな顔で言うルパートに思わず苦笑いを浮かべたルピアは、優しく弟の手を握り返した。


「わたくしの負けね。……良いわ、到着したら連絡する。そこから……そうね、三時間たってもわたくしから帰国の連絡が無ければ、いらっしゃい」


 彼らと長く話すつもりはない。

 だから、時間設定をあえて短くしておいたが、ルパートはとんでもなく不満そうだ。


「ちょっと、ルパート」

「妥協してやる。姉さんのばーか! 頑固者!」

「子どもみたいなこと言わないの」

「俺と姉さんはまだ父さんの庇護下にある子どもだし」


 拗ねたようなルパートと会話をしていると、これからのことがまるで夢のように思えてくる。

 だが、ルピアは決着をつけるために行かねばならない。心のどこかで、それは彼女の負担になっていたのだろう、そう思った。

 弟と話すだけで、こんなにも心が軽く、そして力強さをもらえるだなんて、思ってもみなかったから。


「……ねぇ、ありがとう。ルパート」

「どういたしまして」


 ただ、短く双子は言い合い、微笑み合う。

 姉にあったほんの少しの陰りもなくなったことがルパートは嬉しくて、心を軽くしてくれてありがとうという思いを込めて笑い合ったのだった。

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