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四十三話:試験結果はもちろん

「結果はまだかしら……」


 郵送で届けられると聞いている試験結果。

 騎士団の筆記は問題なくできていると思うのだが、自分がそう思っているだけで、他が自分の遥か上をいくことだってあるのだから。

 ちなみに実技は問題なく満点だった。あえて悪いところを教えてほしい、と教官に問うたところ、『あまりに綺麗な教本通りの型なので剣の動きが読まれやすいかもしれない。オリジナリティを加えたとしても令嬢なら問題ない』と言われたくらいだ。実技試験は試合形式と基本的な剣の型ができているか、そして複数の的が並べられており、どれだけ短時間で全ての的を破壊できるか、などなど。

 様々な事態に対応できてこその騎士団。そこに所属するものとして、国を、更には民を守るという頼れる存在。

 選出されれば王族の護衛係として勤務することもあるだろうし、向き不向きを上司が判断したうえで指導係として、後輩育成のための勤務を続ける者もいる。


 ちなみに、ルピアは例の如くあの一件を知らない他の参加者から舐められていたこともあってか、思う存分試合形式で相手をぼこぼこにしたのだが、それが良いやら悪いやら。試験終了後にはルピアのことを『師匠』と呼ぶ人まで出てくる始末。


「大丈夫だと思うけれど……ところでジフ、リシエル、それからアルフ」

「はい、お嬢様!」

「どうかなさいましたか?」

「…………?」


 三者三様の反応でくるりとルピアを振り向く彼ら。

 何やら忙しそうにしているな、と思っていたが、何故かリシエルはケーキを運んでいるし。ジフは屋敷の中をぴかぴかに綺麗にするために他の使用人に指示をあれこれ出している。

 トドメはアルフレッドだ。これまた何故かどでかい薔薇の花束を持っている。


「リシエル、そのケーキは?」

「旦那様がご準備するようにと」

「……一応、何で、って聞いてもいい?」

「合格祝いですよー、やだもうお嬢様ったらー」


 のほほんと笑っていうリシエルに、ジフもアルフレッドもうんうん、と頷いている。まだ結果は来ていないのに何故もう合格祝いなのか。


「お嬢様なら受かっているだろうとの旦那様のお言葉でして」

「ジフ、もし落ちていたらどうするの」

「え?」


 三人ともそれは有り得ないという顔をしているし、通りすがりでその言葉を聞いてしまった使用人は『お嬢様が受からないわけないですよー、やだもー』と言いながら去っていった。

 確かに全力は出した。思いっきり。

 しかし、万が一も有り得るだろうとルピアは頭を抱えたくなるが、合格祝いということは既に父は結果を知っているのか、とも考えてしまう。

 今日は確か父は早上がりのはずでもうすぐ帰宅する、そう思ったルピアは帰宅した父を捕まえよう、と心に決めたまさにその時、父が帰宅してきた。


「ただいま。なんだ、まだ準備は終わっていないのか」

「お父様、お帰りなさいませ!」

「あぁ、ただいま。どうした、ルピア」

「あ、あの。お父様はわたくしの騎士団の試験結果について、合否をご存知でいらっしゃいますか?」


 ちょうどいい、とばかりにルピアが問いかければ、『合格に決まってんだろ』と父ではない声がした。


「え?」


 父の背後からひょっこりと顔を出したのは、騎士団の最終統括者であり、この国の最高権力者。


「お、おじさま?!」

「ようルピア、俺の可愛い可愛い姪っ子~」

「……国王陛下が、何故……」

「今は親戚のロッドおじさんだぞ!」

「存じ上げておりますわ、わたくしをご丁寧に監視もしていただいておりまして、その節はありがとうございます」

「は?」

「あ」


 ロッドが国王だとはいえ、愛娘を監視とはどういうことか。まだそんなにも信が無いのかと、そんな文字がありありと浮かんで見える鬼のような形相で、アリステリオスはぎぎぎ、とロッドの方を振り向く。


「陛下、後で妻と共にしっかりそのお話を伺わせていただきたく」

「悪気はないからな?!」

「あったら困ります。……まったく……恐らくは古参の貴族から言われたんでしょうけれども……」

「ルピアの実力もお前の強さも見せつけてはいるが、それでも納得しない馬鹿はいるんだよ。ほんの少数だが」

「だからとて……」

「お父様、大丈夫ですわ。その監視役の皆様には陛下に対してご伝言をお願いしましたもの」


 監視とは、とアリステリオスが思わず呟き、ロッドもロッドでまさか国王直属の部隊をあんなにもあっさり看破されるだなんて思ってなかった、と呟いている。

 当の本人は、身近にいたヴェルネラのおかげで気配探知の魔法を突き詰めていたからそれが可能だった、というだけの話だが、それをわざわざ突き詰めて研究も練習もしない。する人の方が圧倒的に少ない。


「とりあえずそれは置いておきますわ。おじさま、結果は……!」

「合格だ、文句のつけようもなく。そして、お前に対してイチャモンをつけていた奴らを尽くお前が叩きのめしたおかげで、小煩い奴らもようやく黙ったさ」


 頑張ったな、とロッドの大きな手がルピアの頭をわしわしと撫でる。

 あ、とルピアが小さく声を上げ、ぽかんとした顔から次第に嬉しそうに表情を緩めていく。


「お前の頑張りが実ったんだ。勉強も、実技も、擬似実践も、よく……本当に頑張ったよ。あの国から出たおかげで、こうした生き生きとした顔のお前をようやく見られた。……わたしの可愛いルピア」

「お父様……」


 頭を撫でてくれていたロッドも、大きく頷いた。


「他にやりたいことはないのか。騎士団員という肩書きの他にチャレンジしたいことがあれば、アリステリオスにでも、俺にでもいい。いくらでも言え、機会は与えてやろう」

「おじさま……」

「身内びいきになるのかもしれんが、頑張ろうとする者に未来を与えたくなるのは当然だ」


 王太子妃となるはずだった未来は、もうない。

 けれど、他にやりたいことはできるようになった。


「あ、の」

「何だ?」

「では、チャレンジしてみたい資格試験がございまして! それから、えぇと……」

「ルピア、待ちなさい。一つずつやっていけばいい、だが」

「あ、はい」

「まずは騎士団試験合格のお祝いをさせておくれ」

「……あ」


 道が選べることの嬉しさを噛み締めて、優しく微笑みかけてくれる、強く優しい父の背中を追いかけるのに無駄な学問などありはしない。

 貴族だからこそ、学ぶべきものは全て。しかし、己の仕事を忘れないように。

 気持ちが先走ってしまった、と照れくさそうにしているルピアを見て、アリステリオスも、ロッドも、リシエルやジフ、アルフレッドもほっと安堵の息を零した。

 ほんの少し前までのルピアはもういない、これが本来の『ルピア=カルモンド』なのだ。


 公爵家令嬢として自分を最も厳しく律し、家のためと己を殺して尽くしていた過去の日々も良い経験にはなっているには違いない。

 結果、元いた国では家族の不仲説や、アリステリオスがルピアを道具のようにしか見ていないなどという失礼極まりない噂があちこちであった。

 それは王都のみで、領地に戻れば『仲良しで穏やかなカルモンド公爵家』なのだ。公の場では勿論、きっちりしているのは当たり前だが、抜くべきところは抜いている。領地に向かうと大歓迎される理由は、正にこれなのだから。


 信頼できる人の、安心できる場所ではこうやって微笑んでくれる。それが今は何よりも嬉しく感じられる使用人一同なのだが、はっと我に返ってお祝いの準備に取りかかった。


「ところで、ルパートがおらんぞ。どこいった?」


 不意にロッドが周りをきょろきょろと見渡し始める。

 ロッドはこの双子を大変可愛がっているせいか、何となく二人セットでないと落ち着かない様子だ。


「ルパートなら、買い物に行くと今日は外出しておりますわ」

「そうか」

「もう少ししたら戻ると思いますし、お茶でもいかがですか、おじさま」

「うむ。ミリエールは?」

「お母様もルパートと一緒です」

「あれ? お前は行かなかったのか?」

「……結果が待ち遠しかったんです」


 こほん、と咳払いをして照れくさそうに言うルピアの頭をまた撫でて、並び中庭に向かおうとしたところに丁度、ルパートたちは帰宅した。


「ただいまー、って…あれ、…………………えーっと」

「ルパート、今のお兄様は『親戚のおじさん』として来ている顔よ」

「おじさんいらっしゃい、で良いの?」

「そうそう」


 ロッドがルパートを見てぱっと顔を輝かせている向かいで、冷静に状況分析をして伝える母の図、というのは何となく面白いものではあったのだが、どうやら人が増えているらしい。


「……あら?」

「お義姉様~!」

「ヴェルネラ?!」

「こんにちは、ルピアさん」

「え、カサンドラ先生……?!」


 ルパートの背中で微妙に見えなかった人影だが、すい、と出てきて一人は遠慮なくルピアの元に駆け寄ってくる。そしてもう一人は立ち位置をずらして微笑みかけてくれた。


「お義姉様、我が家もこちらへの移住の手続きが完了しましたのでご挨拶に参りましたの! ニーホルム夫人も一緒なんです!」

「ご無沙汰しております、カルモンド公爵令嬢」


 ご機嫌なヴェルネラと、優雅に一礼してくれたカサンドラに、慌ててルピアも礼を返す。


「ご挨拶が遅れまして誠に申し訳ございません、ニーホルム夫人。ご無沙汰しております」

「あなたも、お元気そうで安心しましたよ。記憶消去の魔法をその身に受けたとか……まったく、無茶をなさるわね」

「あ、……」

「けれど、良き選択であったと。私はそう思います」


 叱られてしまうのでは、そう思って少しだけ固くなっていたルピアだが、向けられる視線はどこまでも暖かい。

 じわりと胸の奥が温かくなる感じが、どこかくすぐったかった。


「そしておめでとう。あなたの未来に幸多からんことを」

「せん、せい」


 王太子妃教育も受けていたが、それ以上にカサンドラは常からルピアと交流もしていた。

 カサンドラからすれば、ある意味娘のような存在で、とても大切な教え子なのだ。


「ありがとう、ございます……!」


 腰をおり、深く頭を下げるルピアに寄り添うヴェルネラとルパート。

 それを見守っている彼らを守る大人たち。


「さぁ、準備が整うまでお茶の時間よ。そうでしょう? ルピア」

「……っ、はい!」

「ルピアさん、色々とわたくしにもお話を聞かせていただける?」

「はい、先生!」

「お義姉様、わたくしも交ぜてくださいな」

「勿論よ、ヴェルネラ」


 言いながら、揃って歩き出す。

 アルフレッドは花束をメイドに手渡してからルピアの後をいそいそと追いかける。

 きっとお祝いの席は盛大なものになるから。

 それまで、ゆっくりとした時間を過ごそう。安心出来る人たちに囲まれて、心地よい時間を……。

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