閑話:落ちて、堕ちて、その先で得たもの
暗く、何も明かりがない場所。キョロキョロと、ファルティはあたりを見渡した。
「……ここ、どこ……?」
真っ暗で、本当に何も無い。自分が自分であることを認識していなければ、きっと今こうしていることさえも難しいだろう。
どうにかしてここから出ないと、そう思うけれどこの濃厚すぎる闇を取り去る術を、ファルティは知らない。
「わたし、は……どうして……」
ぼんやりとした口調で己自身に問いかける。
どうしてこんなところにいるのか、どうやってここに来たのか、思い出せない。
思い出そうとすると激しい頭の痛みに襲われてしまうが、それでも思い出さなければいけないのだと、誰かが叫んでいるような気がした。
「……っ、う……」
ずきん、と痛む頭を押さえてその場にしゃがみ込んでしまう。
そうだ、自分はお茶会を開いたのだ。
いつまで経っても自分に対して友好的になってくれない二人と、どうにかしてもっともっと近付きたくて。仲良くなりたくて。
「でも……それは、できなかっ、た」
ずきんずきん、という痛みからずぐずぐという、形容しがたい痛みへと変わっていく。
鈍痛の襲ってくる感覚が短くなってきて、常に頭を何かで殴られているかのような痛みがファルティを襲い始めた。
「……ぅ、……あ、あぁ……っ!」
ヴェルネラも、カーラも、ファルティに心を開いてくれなかった。
当たり前だ、まがい物とでも言わんばかりのファルティの立場を、二人はとてもよく分かっていたから。
あの二人を懐柔することなど、できやしない。
だって、一人はルピアと本当の意味での幼馴染であり、由緒正しき家柄のご令嬢で。もう一人はルピアの大切な弟の婚約者で。
「でも、でも……、何でも持ってるんだから、一つくらいくれたって、良いじゃないの……!」
公爵令嬢であるルピアに対しての羨望、嫉妬。色々な感情が入り交じって、口は止まるということを知らない。
「野心があったって、良いじゃない……! 私、だって、努力……した! 他の力を借りたけど、でも……!」
涙がボロボロと零れ落ち、いつの間にかファルティはわんわんと泣き出していた。
どうせ誰もいない漆黒の空間。思いきり心の内側を暴露してやろう、そう思ったから遠慮なんかしなかった。
「何が、完璧な公爵令嬢よ! リアムの心ひとつ繋ぎ止められないくせに! 二兎を追う者は一兎をも得ずの良い例を自ら示してくれた馬鹿女!」
泣きながら思いきりルピアのことを嘲笑う。そんな資格なんかないというのに。それでも、そうしないではいられなかった。感情がぐちゃぐちゃになって、みっともないと思いながらもこうして泣きわめく以外に方法なんか無かった。考えられなかった。
(だから、他人の人生を狂わせたの?)
「え?」
微かに聞こえた、自分以外の自分の声。
(そうして、自分で責任を取らずに、自分は悪くないと。言い聞かせ続けた後に残るのは何なのかしらね)
ぐさりと突き刺さるその言葉。
(本当に貴女だけの力でなし得たのなら……きっと、誰も何も言わなかった。文句のつけようがなかったのかもしれないわね)
「あ……」
本当は、分かっていた。
まがい物の『神モドキ』の力を借りて、ルピアの立場を奪い、完璧のように振舞ってみせたとしてもそれはルピアではなく、あくまで『ファルティ=アーディア』という他の人間がやっていること。
比べられて当たり前で、十年以上努力を積み重ねてきたルピアの何もかもを思いきり土足で踏みにじり、ぐちゃぐちゃにして引っ掻き回したのだ。
それをいち早く理解して離れていったカサンドラ。
心を開くことなどなかった、ヴェルネラとカーラ。
そして、『示された数値上の仲良しのお友達』ルピア。
「何もかも、『私だけ』が努力して手に入れたものじゃ、ない」
よく分からない存在の手を取り、優越感に浸り続けたあの学院生活最後の一年間。
皆がファルティを褒めたたえ、王太子リアムの運命の相手だと持ち上げ、祝福してくれた。リアムもファルティの想いに応えてくれた。
神の意志の存在があったから。
『ゲーム』が終わり、エンディングを迎えたその先は、自分の手で切り開くものだ。あくまで大きな道としては整備されている。しかし、細かいところに関しては自分の力や意志の強さが試される。本当にそれでも良いのか、と聞かれた。
「おもい、だした」
ファルティの目から、ぽたりと涙が落ちた。
「……思い出した……!」
誰かのせいにし続けた。
ルピアのせい、ルパートのせい、ヴェルネラのせい、カルモンド公爵のせい。
何もかも自分を唆した、『システム』のせい。
そうして責任から逃げようとして、逃げて逃げて、つまづいて、思いきり転んだのが今。
「この事態を招いたのは」
(私のせいよ)
ようやく、ファルティはあの一年間を過ごす前の、本来の自分を取り戻せたような気がした。
ルピアにはきっと、謝り倒しても足りない。そもそも友人でも何でもない人を自分の意のままに、好きなように操って、思い通りの答えをもらえるように操作していた。
それがどんな苦痛だったのか、想像なんかできやしない。
それと同時に、そんな途方もない事ができてしまったあの『システム』という存在の恐ろしさを実感する。
魔法ではない何かで人を操り、思い通りにさせ、主人公として選ばれたファルティの思うままにあれこれ導き、結果を出させてくれた。
そういえば、これまでは恋愛エンディングだったから、とか何とか言っていなかっただろうか。
他にもこういったことに加担した令嬢が少なからずいるのでは?
しかし『彼女らはうまくやった』とも言っていた。つまり、抜けが無かったということではないだろうか。
抜け目なく、ライバル令嬢との関係性を築き上げ、本来の相手からお目当ての人物を奪い取った。
……きっと、今頃幸せに満ちた生活をしているだろう。
だがそれは、本当に幸せなのだろうか。いつか、虚しくならないだろうか。
そこまで考えて、はっとファルティは気付いた。自分も同じことをしているではないか、と。
「はは……」
自嘲めいた笑いが自然と出てくる。謝って許されるのであればとっくにそうしているが、自分の馬鹿すぎる言動や人を蔑ろにしたことがなくなるわけではない。それに、もう謝るには遅すぎた。
国を引っ掻き回したのだ、それなりの罰が下されることは間違いない。
「私、駄目な奴だったんだなぁ……」
ごめん、ごめんなさい、と何度も何度も繰り返す。
「ルピアさん、……私」
どこまでも続く上を見上げれば、漆黒の空間が広がっている。
「あなたのこと、大嫌いだったの」
嫌いな人間が思い通りに動いていることが、どれだけ優越感をもたらしてくれるのか。その令嬢の身分が自分より上であるほど自分は優秀であると、そう錯覚できたから。
自分の過ちを自覚できたとて、ここからどうやって脱出すれば良いのか分からない。しかし、諦めてなるものかとファルティは表情を引き締めた。
「ここから出て、貴女に言うわ。ごめんなさい、って」
それには色んな意味が込められている。
ただ、ここから出なければ『自分』としてルピアに会えないから、全てをかけてここから出よう。
それから、許してもらえなくても良い。きちんと、『ファルティ=アーディア』として謝りたいから。
ファルティは、自身が囚われている空間そのものをどうにかしてやろうと、行動を開始したのであった。