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四話:じわりと広がる違和感

 カルモンド公爵夫妻も、令嬢も、とっくに帰宅されましたという報告を受けた国王夫妻は頭を抱えていた。今後について彼らと色々な日程調整をしたかったのだが、一体どうして今日という日に早々に帰宅などしてしまったのか、と国王はため息を吐いた。

 だが、王妃は真っ青な顔で震えている。


「どうしたというのだ、王妃よ」

「思い返せば…恐ろしいことをしたものだ、と…」

「は?」


 国王は意味が分かっていなかったらしい。

 王妃が続けた言葉に、さぁっと血の気が引いていく。


「我が王家は、カルモンド公爵家の後ろ盾を…失ったのですよ…?」

「……!」


 確かにファルティは、王立学院では成績優秀で、特待生で、品行方正で、と非の打ち所のない令嬢だったのかもしれない。一般的な貴族社会では、伯爵家という身分もいい方向に働くのだろう。


 王太子の後ろ盾としては、どうなのか?


 王妃の顔色を見れば、その答えは一目瞭然なのかもしれない。

 かつて、というよりほんの少し前まで婚約関係にあった王太子リアムとカルモンド公爵令嬢ルピア。

 恋愛感情を互いが抱いていたかどうか、それは分からない。二人とも賢い子だったから、家のため、あるいは国のためということをきちんと理解していたのだろう。


 それが崩れたのは、王立学院の最高学年に上がってからのこと。

 王太子リアムとアーディア伯爵家令嬢、ファルティが出会い、少しずつ歯車は狂い始めていった。縮まっていく二人の距離と、離れていくルピアとリアムの距離。後者の距離が離れるに従って、学院の生徒達は色めき立った。

 国を代表するほどの大貴族であるカルモンド公爵家令嬢を捨ててでも、所謂『真実の愛』を取ろうとする王太子。そして彼をけなげに支えるファルティの愛、とでもいうべきもの。

 王立学院に通うのは貴族だけではなく、優秀な成績の平民もいるのだ。彼らの娯楽ともいえるのは学院内の恋愛事情。

 平民同士、貴族同士ならよくある話なのだが、あまりに違う身分同士の恋愛。片方には婚約者までいるにもかかわらず、であれば貴族も平民も食いつくに決まっている。

 彼らは一年間、しっかりと愛情を深め合い、そして公爵令嬢との婚約解消を実行してしまった。更には王太子妃としてファルティを迎え入れることとし、あっという間に話は進んでしまったのだ。


 それが何を意味するのか。

 まず一つ目、王太子はカルモンド公爵家という後ろ盾を失うこととなる。これは自分の選択の結果であり、王家がカルモンド公爵家に『貴様らなぞ不要である』と宣言したと同義。

 二つ目に、ルピアの王太子妃教育に関する記憶を消去しなければ、彼女は栄誉ある杯を賜ることとなる。それは、アリステリオスが決して許さなかった。王家の独断で婚約を結び、王家の独断で婚約解消までしたのだから、責任を取るべきではないのか?と、公爵は問うた。これにはすべての貴族が同意することとなり、結果として莫大な慰謝料も支払われることになった。

 そして最後、ルピアの処遇について。これがカルモンド公爵を激怒させる理由の一つとなってしまった。どこの世界に、ほいほいと捨てた相手に対してどの面下げて『新しい王太子妃のために教育係となってください、それが終わったら君、用無しね!』と言えるというのだろうか?


 実際、この王家はやらかしてしまった。

 だが、公爵が激怒するまでそのおかしさに気づいていないどころか、『そうすることが正しい』としか思ってなかったのだから、何かがおかしい。

 じわりじわりと広がっていく違和感は、家臣から広がっていった。まずは下級大臣が違和感を訴えかけ、披露宴が終わってからようやく国王夫妻も違和感に気付いたということらしいが、『今更か』と言いたくなるようなことばかり。

 披露宴の会場から公爵夫妻と公爵令嬢が早々に帰宅したことで、途端に騒ぎ出した貴族が大勢いたそうだ。


「…王家として、謝罪をするしか…」

「ですが、遅すぎませんか? …それよりも、どうしてわたくしたちは、リアムとアーディア伯爵令嬢の婚約を認めたのでしょう…」

「何を言う、そなたが先導したのではないか!」

「まぁ陛下、陛下が先に歓迎しておりましたわよ!」

「…ん?」

「…え?」


 二人が顔を見合わせて困惑した表情を浮かべている。

 お互いが先に王太子の婚約者変更を歓迎したというようなことを言っているが、どちらが言ったにせよ、公爵家の後ろ盾を失ってもなお、ファルティは価値ある令嬢なのかと胸騒ぎがした。何らかの精神操作魔法を使われているわけではないのに、()()()()()()()()()()()()()()()()のだと思っていたのだ。

 じわりじわりと冷静になると、もはや後戻りができない状態になっていることを思い知らされてしまう。既に結婚式まで挙げてしまったのだから、もう取り消しはきかない状態。

 せめて公爵の怒りを買わないように、そして再び王太子の後見となってもらえるように頼み込まなければいけない。


 そう思っていたのだが、カルモンド公爵の行動はとんでもなく早かったのだ。


 まず、披露宴でルピアの置かれていた状況を持ち出してきて、責任がどこにあるかと問いただしてきた。他の貴族が居なくて良かったと安堵したが、決して喜べる状況などではない。

 たかがそんなこと、と反論したかったのだが、あの日、ルピアが控室で嘔吐した挙句に倒れてしまったと聞かされ、報告を聞いた王妃が小さく悲鳴を上げた。


「そ、そのようなこと、それは…」

「なんでも、我が娘に対して祝福を強要していたのは殿下お付きの、学院時代からの()()()である男爵家子息たちというではありませんか」


 はっはっは、と朗らかに笑うアリステリオスの目の奥は笑っていなかった。

 底冷えするような視線と、同じく冷たい声音には反論などさせてなどやるものか、という強い意志が込められていた。


「ルピアの体調が戻るまで、こちらには来させません。ルピアの手を借りずとも、大変優秀な王太子妃殿下であれば、今からでも教育係のご婦人にお願いすればいいだけではありませんか」

「それは」

「ルピアを来させる意味は、どこに御座いますかな?」

「王太子妃が、望んでいて…親友である、ルピアさんを、と…」

「おかしいですなぁ。かの王太子妃殿下は、我が家に来たことも、ルピアから友人として紹介されたこともございませんが…?」

「そ、そんな!」

「具合の悪い者に教育係をさせようとは…いやはや、王家は我が娘がとことんまでお嫌いのようだ」

「違います!決してそのようなことは!」

「そうですか。あなた方が何と言おうとも、娘は静養させます。人前で決して弱いところを見せなかったあの子が、どれほどまでに精神的苦痛を味わったのか…。親として、子を守るのは当たり前ですから」


 失礼します、と言い残してアリステリオスは席を立つ。

 止めようと手を伸ばしたが、止まるわけもなく彼はそのまま歩き出した。

 今、公爵が帰宅してしまうと、いよいよ取り返しのつかない事態へと進んでしまうとは理解していた。だが、どうやって引き止めていいのか分からず、見送るだけとなってしまった。


「あ、あぁ…っ…!」


 待って、行かないで、とか細く呟く王妃の声など、カルモンド公爵には届かない。

 ぱたん、と扉が閉められてしまうともう残っているのは国王夫妻のみ。人に聞かれてはいけないと、内密に行われた話し合いであったが公爵の怒りを収めることはできなかった。むしろ膨れ上がらせてしまった気もする。


「どう、したら」

「分からん…」


 呆然としている国王夫妻だが、何故自分達がルピアとリアムの婚約を解消してしまったのか分からないままで、どちらからともなく頭を抱えた。

 あれだけ王太子妃教育を頑張ってきてくれて、教育係の婦人からも褒められていたルピアを、どうして無下にできたのか。リアムもリアムで、国の王太子たるものが恋愛ごとにかまけるとは何事か、と今更思う。

 とはいえ、もう後戻りはできないのだ。ファルティを王太子妃として認めたのは自分たちなのだから。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇



「あれー…何でだろう?」


 王太子妃に与えられた豪奢な部屋で、ファルティは悩んでいた。


「ルピアと親密度そこそこ高いはずだから王太子妃の教育係やってもらえるはずなのになぁ…」


 むむ、と悩んでから手元にある紙へと今の状況を書き記していく。


「リアムとの結婚ルートに入れた、つまりこれが大団円ルート。一番難しい恋愛エンドだけど、周りの皆にも認められた上で終わり。ライバル令嬢のルピアとも諍いなく終わった、よね?」


 さらさらと綺麗な文字で綴られる内容は、恐らく普通には理解し難いものであることには違いない。

 それもそのはず。ファルティが取ってきた行動は、あくまでこの大団円ルートに入り、皆から愛されて何よりも幸せな時間を過ごすことが最終目標だった。

 だから、エンディングを迎えたその後が、どうなるかなど思ってすらいなかった。

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