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四十話:大激怒【前編】

「父上、ネリーの機嫌がとても悪いんだけどどうにかなりませんか」

「諦めろ、原因が原因だ。宥められるルピア様がおらんから、無理だ」


 父と兄、揃っての会話。

 今日も今日とて、議題はヴェルネラの機嫌の悪さである。というかここ数日死ぬほど機嫌が悪い。

 普段ならば上げることは決してないような叫び声を上げているし、ヴェルネラの部屋の掃除に入ったメイドから『お嬢様の部屋が泥棒にでも入られたと誤解してしまいそうなほど荒れておりました…』とか、『お嬢様のお部屋だけ嵐が来たのかと思いました』とか、そこそこ散々な言われようである。


「……で、今日はどうしたというんだ」

「王太子妃から『ねぇ、ヴェルネラさんがルピアとの仲を取り持っていただけない?ヴェルネラさんとルピアが親友なら、わたくしもお友達よ!』と言われたそうですよ」

「帰ってきてからのネリーの反応は?」

「えーと、『誰が親愛なるお義姉様のお友達ですって?!頭沸いてんじゃねえですかねぇ?!』って言いながらストレス発散用の的を殴ってるよ、父上」

「我が娘ながら口が悪い」


 一応、ではあるが、アルチオーニ家はそこそこの家柄である。

 家族皆、大変仲良しのために言葉遣いはだいぶフランクなのだが、今回ばかりはヴェルネラの怒りも言葉遣いの悪さも納得出来る。


 ヴェルネラの兄である、ジュダ=アルチオーニ。そして父であるアウレール=アルチオーニ。


 おっとりと話している二人だが、『ふざけんじゃないですわよ!』と聞こえたが同時、何やら重たい打撃音のような何かが響き、そっと静かになってしまう。

 こういうときはルピアに会えばおさまるのだが、頼みの綱は現在クア王国にて騎士団入団試験の勉強中なので、邪魔などできるわけない。会いに来てくださいと手紙を書くわけにもいかず、ひとまずはこの嵐が過ぎ去るのを待つしかない。

 他にヴェルネラを落ち着かせられるのは、既に嫁いでおり、この家にはいないヴェルネラの姉たちなのだが、こちらもわざわざ帰ってきてほしいと、頼るわけにもいかないので更に困ってしまった。


「…ちょっと手合わせでもしたら、おさまらんか?」

「無理でしょう」

「……やっぱり?」


 このジュダとアウレール、正真正銘アルチオーニ家の人間であるし、紛れもなくヴェルネラの兄と父であるのだが、性格は真逆。

 だからこそ、ヴェルネラが『裏』で、アウレールのサポート要員としてジュダが。なおかつ今はジュダが所謂『表』を継ぐための仕事をしている。


 ヴェルネラの『裏』の素質を見出したのはルピアであり、アルチオーニ家のものではない。


 ヴェルネラに関して、礼儀作法は問題ない。人付き合いもまぁ、これといって悪いところがあるわけでもない。しかし、どこまでいっても昔のヴェルネラは無気力だった。

 何か向いている仕事があるかと問われれば、特出してこれといったものがなく、何をどうしていいのか分からず、いつも悩んでいた。

 もちろん、家のために嫁ぐことはある一種の価値ではあるが、何かが違う、と思いながらもどうしていいか分からない。まして、『裏』に関しては適性者がしばらくの間出ておらず、ヴェルネラがそちらに向いているのかすら、家族、親戚誰も確かめようとはしなかった。


 だが、とりあえず気晴らしに参加しておいで、と親戚に促されて、たまたま参加したパーティーでヴェルネラはルピアに出会う。

 まるでダイヤモンドのように眩しいほどに、かと思えば月のように、静かで綺麗なのに光り輝く存在。


「きれい……」


 自然と、そう呟いていた。

 背筋を真っ直ぐにして胸を張り歩く様子が、グラスを受け取り飲み物を飲む様子が、ルピアの一挙一動全てが洗練されていた。


「……お話、したい」


 そう呟いてからルピアの後をふらふらとついて行ったところ、『どうして自分の後を付いてこれるのか』と詰問され、最終的な結果としてルパートと婚約し、ルピアのことを『お義姉様』と呼ぶまでに仲良くなった。

 尊敬・敬愛しているルピアが、国全体から捨てられたようなことになってしまい、更にはしつこく『王太子妃教育を手伝え』、『王家に力を貸せ』などと言ってくる始末と聞いては呆れるしかない。

 加えてここ最近に関しては、ファルティから『わたくしたちお友達よ!』などという手紙が届いているせいで、ヴェルネラは荒れに荒れた。


「誰が!!お義姉様の!!親友よ!!」


 思いきり枕を床に打ちつけたことで、ひらひらと羽毛が舞い散る。

 ぜぇはぁと肩で息をしながら、ファルティから来た手紙について思い返してまた更に腹が立ってくる。よくもまぁ親友だと嘘をついたものだ。

 現に、ルピアが本当の意味で親友だと認定していた高位貴族の令嬢はことごとく国外に脱出している。彼女ら曰く、『これ以上泥船に乗っていて沈むわけにはいかない、沈むなら勝手に沈め』だそうだ。

 これに関してもヴェルネラはまったくもって同意見でしかなかった。


「……あぁ、忌々しいこと……」


 静かに呟かれた怒りに満ち溢れた声は、部屋の空気の中に溶けていく。


「お義姉様を好き勝手操って何もかも奪い去った泥棒猫のくせに、こういうときだけは図々しく人に助けを求めてくるだなんて……」


 乱れた髪を手ぐしで整えていると、遠慮がちに部屋の扉がノックされた。


「……はい、どうぞ」

「ネリー、入るよ」

「……お兄様?」


 訪れたのは自身の兄。一体何があったのだろうかと不思議そうにして扉を開くと、見事なまでに兄が硬直した。


「何かしら、お兄様」

「お前の部屋、強盗でも押し入ったか?」

「いいえ、あまりに王太子妃に腹が立ったので色々暴れておりましたの。ふざけておりますわよね、彼女」

「そういう正直なところ、お兄様は大好きだよネリー……」


 髪に少し乱れは残っているものの、息は綺麗に整えている。

 どんだけ暴れ回ったんだと問いかけようとしたが、部屋の惨状を見れば、何がどうなったのかは一目瞭然。事情を知らない人が見たら、間違いなく強盗、もしくは奇襲でもくらったのかと言わんばかりの室内のグチャグチャっぷりに目眩がする。


「しかしまた……これは盛大に、暴れたね?」

「ごめんなさいお兄様、何と言いますか、こう……」

「こう?」

「ちょっとあの王太子妃、どうやって暗殺してくれようか、と考えるくらいにはムカついたと言いますか……えぇと……」


 ほんのり頬を染めて言う台詞ではない。

 心の中でこっそりツッコミを入れるが、手紙の内容をあらかた知っているだけに、妹の気持ちも嫌というほど分かってしまう。


 ルピアがいなければ、ヴェルネラは無気力なまま、家のためにと適当な相手と結婚することになっていただろう。少なくとも、カルモンド家との繋がりなど得られたわけがない。


 ヴェルネラにとってだけでなく、アルチオーニ家にとってもルピアは恩人のようなもの。

 妹の才能を見抜いた……というか、後をつけられたからこそ分かったことではあるが、ルピアの後をつけなければ分からなかったこと。

 更に、その場にルパートもいたことで信憑性はぐんと高まった。当時のルパートは姉のために騎士になろうと心に決めていたほどだ。その彼が認定するくらいにはヴェルネラは異彩を放っていたのだから。


「まぁ、その……王太子妃の暗殺はちょっと置いておいて」

「置かないでくださいまし、わたくし結構本気なのですから」

「お前に最愛の義姉君から手紙が届いてるんだけど」

「寄越してくださいまし!!」


 目にも止まらぬ速さとはこのことかな、とジュダはまた内心呟いた。

 手紙を懐から出して奪うまでの速さはさすがというか、なんというか。内容をじっと見ているヴェルネラの顔が、貴族令嬢らしからぬ腹黒い笑みにどんどんと変わっていくではないか。


「……ネリー」

「はぁい、お兄様」

「顔、どうにかしなさい」

「うふふ、だって……」


 言葉を切って、ヴェルネラはにんまりと笑う。

 社交界の青薔薇、とまで呼ばれた彼女のその顔は、まるで毒婦と言われてもおかしくない程に艶やかでもあり歪んでいた。


「お義姉様が、わたくしを頼ってくださったんだもの。ええ、ええ、わたくし、全てをかけてお義姉様の為に、ありとあらゆる情報を集めてアレを追い詰める材料といたしましょう!」

「お前、どこまでやる気だ?」

「どこまで、って……」


 きょとん、とヴェルネラは目を丸くした。次いで、可愛らしく微笑んでから続ける。


「お義姉様から全てを奪った愚か者が、己のやったことを理解できるまで、どこまでも」


 笑ったままで言いきるヴェルネラを見て、ジュダはこっそりとターゲットになった王太子妃のファルティを哀れに想う。絶対に、許してなどやるものか。そう決めた妹は何があろうと容赦はしないのだから。


 さて、ヴェルネラがどうして、『裏』に向いていたのか。

 それは、体と魔法の使い方にある。


 誰かの後を追いかければ『後をつけられた!』と騒がれ、令嬢にしては軽やかな身のこなしを披露すれば『まるで猿だ』と嘲笑われた。

 魔法を披露すれば『何に役に立つのか理解不能』とも言われたが、仕方ない。だって、ヴェルネラの得意魔法は重力魔法と気配遮断の隠蔽魔法なのだから。

 自分の周りの重力を操作し、軽やかに飛び跳ねてみせる。時には自分を追いかけてきた狼藉者の上だけとんでもない圧をかけるよう制御し、動けなくなるよう手足だけ更に圧をかけ、へし折ったりもした。

 つけていたつもりはないけれど、騒がれたら躊躇無く当て身を食らわせて気を失わせたりもした。そうして、己の『使い方』を少しずつ覚えていくことができた。

 情報収集に長けすぎているが故に気味悪がられたのに、ルピアやルパートは何もかもをあっさり受け入れた。

 その上で、手を差し伸べてくれたのだ。気持ち悪くなんかない。光り輝く才能の一つなのだから、伸ばせと言ってくれた。


 無意識に魔法を発動しているのであれば、制御を覚えろ。そうして、それが何の役に立つのかを考えれば良い。

 背中を押し、きっかけを作ってくれた上にルピアはアルチオーニ家のありとあらゆることを調べ尽くしてから、ヴェルネラへと提案したのだ。


『最近、アルチオーニの裏は衰退していると聞いているわ。ならば、貴女は適性があるのだから、()()なりなさい?』


 取り仕切るものがいない裏世界を、ヴェルネラが支配しろ。そう、告げた。

 自分には出来ないと思っていたけれど、祖父や親戚、家族に相談したところ『どうして今までそれに行き当たらなかったのか』と皆が頭を抱えた。

 適材適所として、ヴェルネラをそこに配置しろ。


 まるでチェスの駒のようにルピアに使われるのか、と反対した親戚もいたが、ヴェルネラは笑い、否定した。『あの人だけが、これを見出してくれた』と、微笑んだ。


「ルピア様、我が忠誠は貴女様のためだけに。ですが、我が心はルパートのために。愚かと言われようと、愛してしまったのです、彼を」


 そう告げたときのルピアの顔を、ヴェルネラは未だに覚えている。


「良いのではなくて?だって、貴女の心は貴女のもの。それを誰にあげようとわたくしは口出しすらできない。でも良いの?忠誠をわたくしにだけ、なんて」


 問われ、迷うことなく頷いた。


「ルピア様に言われなければ、わたくしは生き人形として平凡な『わたくし』のままで過ごしておりました。でも、今は違う。わたくしだって家の役に立てることが分かって、わたくしだけの武器が手に入りましたもの!」

「そういうところ、大好きよ。ヴェルネラ」


 利用されていても良い。自分の価値の在り方を見つけてくれた人だから、己をもって仕える。

 人の心を操るような奇妙な術を使う人間が王太子妃、ひいては王妃になるだなんてとんでもない。


 決められているストーリーだとしても、反撃はできる。だから、そのための準備をいたしましょう。


 ルピアからの手紙を胸に、ヴェルネラは告げた。


「王太子妃の未来が王妃として定まっているというのならば、それで良いのです。その代わり、どうにかしてこれまでのことを皆に暴露しましょう。そして、思い知れば良いんです」


 頬に手を当て微笑んだその顔は、どこまでも楽しさを乗せていた。


「己たちが嘲笑い、結果的に追放までした御方がどれほど素晴らしかったのか。人外のものに唆されて言われるがまま手を貸すような者が王太子妃、ゆくゆくは王妃になるのだとこの国全体に知らしめましょう。お義姉様がこちらに顔を出しに来るまで、集めに集めてやりますわ」


 ファルティが何かしらと稀に交信をしているところまでは掴んでいる。ヴェルネラ自身はその得体のしれない、ルピア曰くの『システム』をみたことはないのだが、王太子妃自らソレに接触しているのであればどうにかして現場を掴んでやろうではないか。


「……まぁ、そのためにはあのクソ王太子妃のお茶会に参加してやらなければいけないんですけど」

「何を仕掛けるつもりだ?」

「とりあえず、色々と超小型の魔道具とか、あれこれを」

「つまりは?」

「盗聴と盗撮ができる魔道具!」


 ……ルピア様、貴女、どれだけうちの妹を自身に惚れこませたのでしょうか。


 届かないとは理解しているものの、ジュダは内心呟かずにいられなかった。





「……くしゅん!」

「姉さん、風邪?」

「誰かに噂でもされてるのかしら」

「ヴェルネラかな」

「そうかもね」


 参考書から一旦顔を上げ、ルピアは祖国の方角に視線をやる。


「……よろしくお願いするわね、ヴェルネラ」


 きっと、そう遠くない未来に、あの国に行くであろうことを思い、ルピアは再び参考書へと向き合った。

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