三十九話:手加減無用
最初に壊したのはそもそも誰か?
ファルティ=アーディアと、王太子であるリアム。
関係性の修復など、これっぽっちも望んでいない。修復したところで戻るわけもない。
ルピアが王太子妃候補から外され、何もかもを奪われ、貴族に笑いものにされていたとき、彼らは己らの幸せを疑うことなく享受していた。
だから、離れただけ。
そんな相手に対してどうにかしてくれ、と縋りついてくる彼らの鬱陶しさは半端ではない。
どこまでも冷ややかなまま手紙の内容に目を通し、呆れた、と呟いてから封筒に戻しいれる。
この内容に対して素直に『はいはいそうですか』と言うことを聞いてやる義理も何も存在などするものか、と。更には、これを置いたものに対しても言ってやりたい。
人の力を当てにしているくせに、それが頼む態度か?と。
ルピアは部屋を出て、アリステリオスの執務室へと向かう。確か今日から騎士団での務めが開始されるはずだが、少し遅い時間だと聞いている。
三回ノックをすれば、中から聞こえる父の声。ルピアです、と声をかければ室内から『入りなさい』と柔らかく言ってくれた。
「失礼いたしますわ、お父様」
「どうした、ルピア」
「わたくしの部屋に、いつの間にかこんなものが」
にっこりと微笑み、手紙を父に見てもらうよう手渡した。執務机の少し前ほどに設置されている応対用のテーブルセット。そこにあるソファーに腰を下ろしていると、父の側近がお茶を用意してくれた。
ありがとう、とお礼を言うとよく見慣れた微笑みを返してくれる。幼い頃からルピアをよく知るその側近は、第二の家族のような存在。二人で笑いあっていると、父の方からはとてつもない怒気が流れてきた。
「お父様、どうなさいまして?」
「これをお前に届けたのは、誰だ」
「いつの間にか、ありました。…きっと…ファルティ=アーディアに関係する何かの仕業かと」
娘に送られてきた手紙を破り捨てるわけにはいかない。だが、それほどまでに腹立たしい内容で、アリステリオスは怒りのあまりに吐き気すら覚えた。
厚かましすぎる内容に、どうしてくれようかと額に手を当てる。
移住した後、家族から聞いたルピアのおかしな状態を、『作り上げた』存在の有無。それこそが、今王太子妃となっているファルティが原因だと聞かされたとき、アリステリオスは思った。
可愛い娘の将来を奪ったあの女なぞ、殺しておけばよかったのだ、と。
おかしな術を行使する女が王太子妃となるとは、世も末だと溜め息を吐いたが、反対にルピアは清々しそうな微笑みを浮かべているではないか。
「……ルピア」
「はい、お父様」
「お前、上機嫌だな」
「だって……これで向こうの国に行ったときにアレに対して反論できる大義名分が出来上がりましたもの!これを愉快と言わずして何と言えとおっしゃいますの?」
とんでもなく楽しそうに笑いながら、ルピアは言い切った。あの手紙が送られてきては、それは怒り狂うのは当たり前のことか、とアリステリオスは思う。
それに、多分。いや、間違いなく言う。
どの面下げてあの手紙を書いたのだ、と。
どうやら元いた国の人々は、いつまで経っても身分違いの運命の恋物語に酔い知れているようだ。
「少しだけ大人しくしていれば、こちらが許すとでも勘違いしているようなおめでたい思考回路の方々のようですし、少し…痛い目を見ていただかなくてはなりませんわ」
「ふむ」
「ファルティに関しては、わたくしのことを『友』だとか言っているという始末。とんでもない大ウソつきですし、それに」
「それに?」
にっこり、と微笑んでルピアは言う。
「自分でやったことに対しての後始末くらい、自分でするべきでしょう?」
ファルティが『システム』の力を借りたとはいえ、自分自身で選んだ道。
大団円ではないから、どうしたというのか?
ファルティが失敗してそのルートに行けなかっただけなのに、どうしてルピアがそんなくだらない思いに対してわざわざ尻拭いをせねばならないのか。
届いた手紙は、こうだ。
『親愛なる友人のルピアへ。
驚いたわ、あなたがクア王国に行ってしまったなんて。どうして教えてくれなかったのかしら。
ねぇ、前にお話ししていたけど、私の補佐のことはどうなったの?
あなたのお父様にもお願いしたかったのよ?私やリアムの護衛を。
それに、ルパート君だって、あなたに無理矢理クア王国に連れていかれて困っているのではないかしら?
あなたが勝手な行動をしたことについては不問にするわ。
だって、私はこれから王妃になる存在なんですもの!
きっとあなただって私の友人でいた方が後々助かるって、そう思うに違いないわ!
一度、きちんとお話ししましょうよ。私、まだあなたにだけ、祝ってもらえてないんだもの』
「何回読んでも吐き気がするなこれは」
「おめでたい思考回路であると同時に我儘極まりない、そうですわね。クソみたいな手紙ですわ」
我が娘が、とんでもない顔をしているとアリステリオスは思う。
例えるなら、世間で嫌われている害虫がいきなり目の前に落ちてきたような。もしくはだまし討ちで嫌いなものを食べさせられた子供が真実をいきなり暴露されたような、そんな感じの。
「あの女、どこまでも自分の都合の良いような解釈しかできないようですし、もう遠慮なんていらないでしょう?」
「ルピア、どこまでやる」
「徹底的に」
「どこまで使う」
「ヴェルネラにも協力してもらいましょう。ファルティ、どうやらヴェルネラの逆鱗にも触れたようですので」
「おや」
珍しいね、と言う父に、ルピアは先ほどから一転、疲れ切った表情になり言葉を続けた。
「ヴェルネラから、通信用の魔道具を使って珍しく緊急連絡が来たんです。あの子にしてはとんでもなく怒り狂っていたものだから、落ち着かせて順を追って話を聞いてみたら…」
「あぁ…」
言わずもがな。
恐らく、いや、間違いなくヴェルネラの地雷をファルティは踏み抜いたのであろうことが想像できた。想像というよりは確信に近いが、ここまでの巻き込み事故をやらかしてくれるのであれば、相応の対応をして、きっちりお返しして『現実』を思い知らせてやらねばならないだろう。
ファルティはこの世界を、今を、何かしらのゲームのようなものと軽んじているのではないだろうか。
それをやっていいのはこの世界の創造神たる存在くらいだ。
凡そ、あのくだらない『システム』という存在に惑わされた時に、選ばれし者のような思いでいて、現在進行形でそう思い続けているのかもしれないが、違う。
『システム』は、こちらに介入して何らかの意図をもってして、自分たちの目的を達成したいだけのことなのだ。認識がそもそもズレている。
「人ならざるものと関わったことで、自分がまるで高次元の存在になったとでも言いたいような女だな、アレは」
「そう思っているでしょうね。もう、あの子のための舞台は演目終了でカーテンコールすらないというのに」
「ルピア、早急にこの国でのお前の立場を手に入れることとしようか」
「はい、お父様」
綺麗なお辞儀をし、ルピアはようやくいつものように微笑んでみせた。
この国での立場としてまず目を付けたのが騎士団員となること。何せこれからあれこれ挑戦してみるといい、と父や母から許可ももらっているのだ。
まずは騎士団員として。挑戦してみないことには始まらないというもの。胸に手をあて、真っ直ぐに父を見つめてルピアは言葉を続ける。
「筆記試験から、まず頑張りますわ」
「うむ。ああそうだ、騎士団員の試験に合格したら、という前提条件はつくんだがお前に護衛を頼みたいそうだ」
「え?」
「陛下が」
「お父様がいるではございませんか」
「姪を見せびらかしたいそうだ」
「……えぇ……」
「諦めろ、あの人はお前が本当に大好きだから」
「ご自分にもご自慢できる娘がいるのに…?」
「そこはまぁ、あの人だから」
「……お父様、今度おじさまがここに来たらわたくし思いきり文句言っても良くて?」
「ミリエールを同席させておきなさい」
「……はぁい」
少しだけ不満そうだったものの、きっと良きように進むだろう、こちらは。
そして、かつて自分がいた国は、順調に破滅へと向かってくれている。
きっと今頃、魔獣の被害が明らかに多くなってきているはずだ。
国防を担っていたカルモンド一族全て、あの国にはもう誰一人としていないのだから。
身から出た錆だ、と笑う。
ご丁寧に非を責められるような手紙を寄こしてくれた王太子妃には感謝しかしていない。ルピアも、アリステリオスも。
次回、ヴェルネラ大激怒☆