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三十八話:可愛いあの子を守るためなら

 さて、話は少しだけ逸れて、クア王国の王宮。更には国王の執務室でのとある一幕である。


 ルピアたちの生活が整いつつある一方、王宮内でのルピアの身体能力の高さや対応の的確さ、そして、彼女が現在進行形で将来についてあれこれと考えているということも、各方面に知れ渡ってしまった。

 王太子妃教育を受けながら次期公爵の教育までもこなした才女。

 騎士団に入っても男性に引けをとることはないだろうし、頭の良さから貴族令嬢の模範となり教師となる未来だってある。はたまた、外国語の堪能さから通訳や外交官としての未来もある。

 色々と選び放題ではあるが、こぞって言われたのは『うちの息子の嫁に!』であることはカルモンド家には伝えていない。伝えたら間違いなくアリステリオスが激怒するし、ルピアもルピアで『そんなもの嫌ですわ』と満面の笑みを浮かべて断るはずだ。


「で、何で俺宛にその手紙がドバっとくるんだ」

「陛下、ルピア嬢のおじさんですから」

「一国の王に言ってくるか?」

「王だからこそ、あなたに取り持ってほしいんですよ。何よりルピア嬢の『おじさん』ですし」

「取り持ったら俺がルピアに嫌われちまうだろうが!」

「そこはまぁ、仕方ないのでは」


 長年の側近は遠慮がない、だからこそ気に入ってはいるのだがそんなにはっきり言わなくても…とロッドは深い深いため息を吐いてしまった。

 というか、可愛い姪の結婚相手を今こうして選ぼうとしても、間違いなくルピアは拒否する。

 普通の拒否ならまだしも、拒絶レベルのそれをこちらに突き付けてくる。可愛い姪と仲良く話せなくなるのは嫌だし、向こうの嫌がることはしてはいけないと思うがゆえにロッドは難しい顔になる。

 それに今、ルピアは結婚どころではないはずだ。彼女の未来がぱっと拓けてしまった以上、色々なことに挑戦してもらいたいし、本人もそう思っているだろう。

 王家に取り込んでしまえと言う家臣もいたが、嫌な思い出を呼び起こすだけのことになってしまうではないか。

 政治的な道具に使うために、この国に呼んだわけではない。

 しかし、国王として考えると従者の言葉や、周りの貴族の言葉も一理ある。


「いやな、確かにそうかもしれんが」

「ルピア嬢、陛下からのお言葉は無下にしないと思っているのでは?」

「馬鹿言え、嫌なものは嫌だとはっきり言うぞ、あの子」

「ほら、皆には一部しか見えておりませんし。その事実も知りませんし」

「というかだな、俺はルピアに嫌われたくない」

「どんだけ姪っ子大好きなんですか、陛下」

「身内を可愛がって何が悪い。めっちゃ可愛いだろう?」


 ふふん、と笑うロッドに対して側近は『いつものことか』と思い頷いた。身内だから可愛い、これは本当だが溺愛していた妹の家族というところが本来の理由だろうが、結果として可愛いものは可愛いので仕方ない、に落ち着いた。


 また、彼らに関して…というよりかはルピアに関する噂だけを信じた馬鹿については、遠慮なく罰を与えた。何で単なる噂を信じるのか、と呆れたものだ。


 これからクア王国でどうするのか、どうやって彼らは道を切り開いていくのか、と考えたがある程度見えてきている。

 ルパートは恐らく婚約者と共同で何かしらの仕事をするだろうし、騎士の道も選べるしでこちらも実は引く手数多である。なお、本人に権力を追い求めるという頭はない。これっぽっちも。

 元公爵令息としてそれはどうなんだ、と言われもしたが本人曰く『向いてないし欲しくもないものを他人に押し付けられたくない』とのこと。

 一方で、アリステリオスに関しては前職とほぼ同じく騎士団に所属することになりそうだ。

 今の騎士団長との手合わせで、僅差とはいえ勝ってしまった。実力主義な騎士団長は、『あなた様にならついていきます!!』と声高らかに宣言したとかなんとか。


 余談ではあるが、ルピアが思いきりぶちのめした彼をはじめとした他の騎士団所属のメンバーが『是非うちに!』だの、『ご指導賜りたい!』とか言っているということもロッドの耳に入っている。指導されたい希望を上げるならルピアではなくアリステリオスにしろ、と釘は刺した。


 この親子、揃いも揃って色々と強すぎるせいで人を惹きつける傾向にあるな、と頭を抱えたのはこの側近とロッドの妻くらいしか知らない事実だ。


「ミリエールはどうしてる」

「あちこちの貴族の家からご招待受けまくりです」

「ルパートは?」

「確か、婚約者のご令嬢をお招きする準備をしていらっしゃるそうですよ。恐らくこちらで式を挙げるのでは、と推測されます」

「そうか。で、肝心のルピアは」

「何か、最近考え事をしていらっしゃるとか」

「考え事…?」


 嫌われたくないが家臣の手前、婚約の打診も含めて色々と話が来ていることを駄目元で伝えてみようか、とも思ったが、あの姪が何か考えているとなれば、他の話は一旦どこかに置いておかなければならない。


「何を考えてるっていうんだ?」

「さぁ……」


 ルピアが向こうの国で受けた仕打ちも聞いたが、違和感というか引っ掛かりを感じた。

 国と家の繋がりでもあったあの婚約関係を、決めた国そのものが白紙に戻してしまったという、ある意味事件。

 意見や決めごとが二転三転するような国と、誰が今後も付き合いたいと思うのか。

 気に食わないことがあれば白紙撤回をするのでは、と貿易などで関係をもっている国々は、あまりいい気分ではなかった。


「…向こうの国と、何か関係があること…か?」

「分かりません。ちなみに、ルピア嬢には陛下の差し金で皆様の動向を見守っていることはバレておりましたので、併せてご報告いたしますね」

「先に言えよ!!!」

「ルピア嬢より、伝言でございます」


 何処吹く風、と言わんばかりに側近は続ける。


「『おじさま、御用があるならいつでもお呼び出しくださいませ』とのことでして」

「手紙を書くから届けろ。あと、ルピアやミリエール達が好きそうな菓子か何かを届けてくれ」

「かしまりました」

「それと、国王としてではなく身内として招待したい、と伝え……いや、俺が手紙を書こう」

「その方がよろしいかと」


 机の引き出しから便箋を取り出し、用件を簡潔に書き記した。

 二つ折りにして封筒に入れ、ルピアに届けてくれと命じ、一旦退出した側近を見送ってから椅子の背もたれに背中をぐっと預けた。


 思うのは、ルピアが元いた国で受けた仕打ち。


 まさか国が定めていた婚約をあまりに簡単に変更してしまったこともだが、その相手に対して縋り付くようなみっともない真似までしたとあっては、おかしくなったのではないか、としか思えない。


 更に、今頃慌てているのだろうな、と思う。


 物事が、彼らの想像しているスピードよりも相当速く動いているのだ。


 国を守っていた一族は、もういない。

 分家の端に至るまで全て、まるっとあの国から手を引いた。速やかに、静かに。

 ルピアのことがあった分、尚のこと『ならば好都合』といわんばかりに、何もかもを引き払った。無論、彼らとて引き継ぎはしているが、これまでと同じように出来ないのは後続のものがよく理解しているだろう。


 クア王国だけではない。あちらこちらに知り合いはいるのだから、伝手を辿り、バラけた。本家はクア王国に。分家は程よくあちこちに。でも、連絡は取れるようにしているそうだ。

 これに関してはミリエールから報告が上げられている。お世話になるし迷惑をかけてはいけないからと、気を回してくれているが何より助かっている。


「さて、この手紙をどうするのかルピアに聞いてみるか」


 可愛い可愛い姪を傷つけた、かの国の王太子妃となったファルティからの訪問を知らせる手紙。

 日程としては余裕があるが、気分を悪くさせてはならない。ファルティの、ではなくルピアの、だ。


「友人として挨拶を、だ?……笑わせてくれる」


 カルモンド夫妻から『ファルティ=アーディアはルピアを操っていた張本人だ』と言われている。

 何をどうして、どうやって操ったのか気になるから、本人に聞かなければならないが、こうなった原因が乗り込んでくるというのだから相手をしてやらねばなるまいよ、とロッドはニヤリと笑う。


 そして、言葉に出さず、続ける。


 お前(ファルティ)が思うよりも、ルピアはとんでもない数の人たちに愛され、大切にされている。

 喧嘩を売る相手を間違えたことを、身をもって知るがいい、と。








 ルピアも、己に届いた手紙を見ていた。


 誰が、いつ、置いたのか。

 差出人と内容を見て、彼女の目から一切の感情が消える。


 そうまでして、苛立たせたいのかと、手紙の端をぐしゃりと握る。紙がよれようが、何とも思わない。思えない。


「……………………………潰す」


 平坦に、呟かれた言葉を聞いたものはいない。


 きっとこれが、ルピアにとって最初の、かつ最大級のブチ切れになることを、予想した人はいない。

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