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三十七話:自覚無き加害者たちは

 王宮から帰宅して、新たな拠点として与えられた屋敷の中、自室となった部屋にて。

 さぁこれから新しい生活を始めようとし、片付けも終わった頃だった。

 誰が置いたのか分からない、ルピアのデスクの上にあった一通の手紙。見覚えのある封蝋がされており、嫌な予感がしながらも中身を見、すぅっと表情を消した。


「…今更…?」


 つらつらと書かれた謝罪、こうなったことを後悔しているという現状を嘆くだけの文章。ひと通り、中身を読んでから丁寧に元のように折りたたんで封筒に戻した。


「ここで言っても届くわけではないけれど」


 手紙の最後の方に書かれていた、少しだけ文字が歪んでいたルピアへの問いかけ。


 ──ルピア、君とファルティは本当に友人か?


「そんなわけ、ないじゃないの」


 どこまでも冷たい瞳で、冷たい声で言う。


「アレがわたくしの友だなんて…。殿下はどんな風に思っていらしたのかしらね」


 ルピアの声は、ただ、冷たいままだ。

 リアムからこのような手紙がきたけれど、現状何かが変わったわけではない。ファルティが進んでいく未来はきっと、『システム』とやらに固定されている。あの国の女性の最高権力者ともいえる、王妃。それが、ファルティが選んで進んでいく未来。

 あるべき未来を奪われたルピアは、一族揃ってあの国を見限ることを決めた。自分たちカルモンド一族があの国を出ていったことは一部の貴族しか知らないのかもしれない。他の貴族は知ろうともしていないのかもしれない。


「……他の貴族たちは、ファルティと殿下の恋物語を、皆様揃って祝福しかしていなかった……。どういう意味を持つとも知らずに」


 前代未聞の恋物語に酔いしれた下位貴族と、平民たち。更に、学院の生徒たち。

 おかしい、と気付いていた貴族が、はたしてあの国にどれほど残っているのだろうか。

 きっと、あの国は終わりへと向かうだろう。

 得体の知れないものの手を取ってしまった、王妃になる予定の伯爵令嬢の手によって。

 でも、それを選んだのは他でもない王太子自身だ。

 一気に離れてしまうと気付かれてしまうが、ほんの少しずつ、それでも確実にひとり、またひとりと離れていく。心も、物理的な距離も。


「これからが見ものね」


 ルピアは薄ら微笑む。

 気付いていないのは貴族のみだろうか。もうそろそろ、気付かなければ大変なことになるというのに。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「なぁ、最近魔物が良く出てないか?」

「そうだよな…」


 ひそひそと、民は囁き合う。


 ここ最近、おかしいのだ。

 街道に現れる魔物が、やけに多い。これまでの比ではない。

 王宮から騎士団は派遣されているものの、同時期に発生すれば対処が遅れることだってある。そうなってはいけないのだが、如何せん数が多い。多すぎた。


「お貴族様が仕事サボってんじゃねぇのかぁ?」

「けどよ、サボる理由あんのか?」

「…ねぇんだよなー」


 果たして、どれくらいの人が気付いているのか。

 彼らを守ってくれていた存在が、もういないことを。


「……あれ?」


 笑いながら、とめどない話をしていた一人が、ふと、気付いて動きが止まった。そうであってほしくないと思いながらも、どんどんと欠片が合わさっていった、ような気がした。加えて、これまで自分達が何を言ってきたのか、思い返したその人はどんどんと顔色を悪くしていく。


「お、おい、どうしたんだよ」

「王太子妃様って…」

「は?」

「伯爵家の、出自なんだよな」

「おう。嫌みったらしい公爵令嬢を跳ね除けて、王太子様と恋仲になって結ばれた御方だろう?」

「まって、くれ」

「王太子様も散々な婚約者を宛てがわれたもんだよなぁ…。だが、それを排除して……」

「まて!」

「…なんだよ、いきなり叫んだりして…」


 訝しげに問うた。周りの人も何があったのかと、こちらには視線を向けることなく様子を窺っているのが分かる。

 しん、と一瞬静かになり、居心地が悪そうにし、周りには気にしないでほしいことをおちゃらけながら告げ、声を荒げた人物に対してそっと耳打ちした。


「…で、どうしたってんだ」

「その、公爵家が」

「は?」

「魔物を、討伐してくれてたんじゃ、ないのか」

「何言ってんだ、お前」


 その彼の言葉に、ほんの少しだけ周りがざわめいた。


「…ねぇ…」


 誰かが、言う。


「あたしたちは、お貴族様のことなんかよく分からないけど…」


 その声は、大きくないけれど、なぜだかよく通った。


「王太子様……単なる浮気者じゃないか……」

「お、おい!不敬だぞ!」


 慌てて呟いた人の口を隣にいた人が塞ぐが、女性たちは揃って真顔になっていた。


「言われてみれば何が運命の相手よ…」


 また、誰かが言う。


「冷静になって考えてみりゃ、元々婚約者がいるのに横やり入れて、その立場を奪って、王太子妃になっただけの話じゃない!」


 自分がその立場であればとんでもない!と女性たちは騒ぎ始めてしまった。

 止めようとしても、どれだけ綺麗に話をおさめようとしても、事実としては先程叫ばれた内容が全てだからどうしようもできないのだ。


「け、けど…親が決めた関係なんかクソ喰らえ、って話だろう?!」

「んじゃあんたは許せるんだね?!自分の娘が、いいや、息子が、結婚しようとしていて秒読み段階に入ってるにも関わらず、結婚するはずだった相手から心変わりされて式の直前に捨てられても、何も言わないんだね?!」

「あ……」


 ルピアの場合、捨てられたことも事実ではあるが、当の本人は『捨ててくれてありがとう』としか思っていない。それを、誰も知る由はないので、深い事情を知らない人からすれば、今言い争われていることの内容が、全てだった。


「そ、れ…は、だな」

「…そうだとしたら、とんでもないことになってるんじゃないのか…?」


 また、ぽつりと誰かが呟く。


「…単なる浮気者が、将来の国王なのか…?」


 王宮の兵士にもしも聞かれていたとしたらとてつもない不敬に当たるのだが、幸いにしてここは平民しか集まらない小さな市場。

 息を呑む音が響くわけもないのだが、ごくり、と誰のものとも分からない音が、聞こえたような気すら、した。


「だ、だけど婚約の解消は、陛下も認めてるんだろう?」

「一国の王太子ともあろう人が、心変わりしたからって婚約者を変えて、元の婚約者を捨てたんだぞ?」


 ざわざわと広がる波紋。

 だが、また更に別の誰かが言った。


「……わたしらは、何も言えないよ」

「なんで!」

「……揃いも揃って、公爵令嬢様を馬鹿にし続けたじゃないの…」


 あ、と聞こえた声はとても間抜けだった。

 今更ながら、ようやく彼らは自覚したのである。


 公爵令嬢を馬鹿にし続け。世紀の恋物語だ!と皆で盛り上がった現王太子と王太子妃の恋物語。

 普通に考えれば分かること。

 世紀の恋物語、運命の相手をついに見つけた王太子、運命を邪魔する愚かな公爵令嬢。リアムとファルティを散々持ち上げ、ルピアのことは親の仇のように罵り、嘲笑った。

 しかし、よくよく考えてみれば『本来の婚約者を蔑ろにして、好きになった相手と結婚までした浮気者の恋物語』なのである。綺麗に言えばそうなのだが、端的に言うと浮気者たちの恋物語でしかない。これに、ようやく皆がたどり着いた。

 とはいえ、たどり着いたところで、もう遅い。とっくの昔にルピアたちは国そのものを見限って、出て行っている。その結果が、王国を守っていた守護者の座は空位となっていることに、被害が出始め、ようやく気付いたのだ。


「ね、ねぇ、まさか、私らがあれこれ言ったから、魔物退治とかしてくれなくなった、のかな」

「けど、貴族の責務だろう!?」

「それは、公爵家が命じられていたからで、…あ、」

「な、なんだよ」

「俺らでさえこんだけあれこれ言ったんだぞ?…貴族は…」

「あ…」


 しん、と静まり返る。

 全員が、更に気付いたようだった。

 平民である自分たちはどこか他人ごとのように笑っていられたのだが、それを貴族がしないわけがない。

 彼らはスキャンダルをとても好む。まして、今回のように『伯爵令嬢が公爵令嬢の婚約者を奪った』ともなれば、話のネタには事欠かないどころかお高い公爵令嬢を蔑むネタができたのだから、これ幸いとしてしまったのではないか。

 貴族相手に商売をしているものも、少なからずいる。

 その者から聞かされた最悪の予想に、せめて自分達の被害妄想であってくれと願うばかりだが、残念ながらこれは紛れもない現実。


 ファルティが王妃となる未来()()は変わらない。『システム』曰く、『王妃ルート』なのだから。

 でも、綻びは生まれ始めてしまった。



 止まることなく、そのひび割れはファルティの足元へと進んでいく。ようやく気付いた名もなき加害者たちの気付きによって。

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