三十二話:いざ行かん
気持ち的に第二章開始、というところです。
大体半分。折り返し地点。
カルモンド領を出てからアルチオーニ領に到着し、早一週間。
先にクア王国に向かった母からは『諸々、準備が整った』と連絡が来た。
父からは『王都での処理はもう終わった。こちらはこちらで移動する』と簡潔な父らしい文書が届いた。
ルパートと二人、顔を見合わせて頷き合う。自分たちの荷物はあくまで静養に向かうためのものであるため、これ以上にはならない。
まとめ終わった二人分の荷物を見て、忘れ物がないかだけ今一度お互いに確認を済ませた。
「もう行けるね」
「ええ」
双子は、揃って無くさないように手紙を荷物の深い所へとしまい込んだ。
「お義姉様、ルパート。馬車の用意が整いました」
二人が荷物をぱたり、と閉じてから時間を置かず、ヴェルネラがノックをして二人の客間へとやって来る。深深と礼をして告げられた言葉に、揃って頷いた。
「ありがとう、ヴェルネラ」
「巻き込んで、ごめん」
「まぁ、謝られることなど何もありませんわよ、ルパート」
にっこりと微笑んでヴェルネラは続けた。
「わたくしはお義姉様と貴方の力になりたい、それだけですわ。あの王家に誓う忠誠などありはしませんもの」
言われた内容に『それもそうか』とルパートは思う。
ヴェルネラとは通っている学校が違っていることもあったが、ファルティのやっていたことには幸いにも巻き込まれずに済んでいたようなのだ。
巻き込まれる基準がイマイチ把握はしきれていないが、恐らくはファルティがなし得たかった未来に深く関わりのある者が、揃ってルピアのようになっていたらしい。
主役のファルティ。
そしてファルティが結ばれたいと望んだ相手の王太子・リアム。
ライバルという立ち位置にいる、ルピア。
リアムが正気のまま巻き込まれたかは彼の様子が分からないため、ルパートにはよく分からないが恐らくファルティの言うことならば間違いないと思えるくらいには、おかしくなっていたのだろう。
アルチオーニ領に来ているルピアの元に、しらみ潰しに調べたのかどうかではあるが、ほんの昨日手紙が届いたのだ。それも、つらつらと謝罪が書き連ねられているものが。
鼻で笑ってルピアは呆れたように読み進めていたが、何やら呟いていたので恐らくあの姉は何かするだろうな、とだけ予測できた。
そして、ヴェルネラがおかしな状態になっていなかったということは、思っていたよりもルパートの心の支えになってくれていたようだ。
王都に戻ったあの日、姉を罵倒する言葉ばかりが聞こえた中で、ヴェルネラがルピアを心配する言葉は純粋に嬉しかった。すぐ後で、ルピアの『本当の』友人である令嬢たちからも続々と見舞いの手紙が届けられた。
少しでも味方が居てくれて、本当に良かった。
「…ありがとう」
「はい、どういたしまして。わたくしも、お父様やお兄様も、移住の準備を進めてから、そちらに向かいますわ」
「あぁ。…待ってる」
「ほんの少しだけ離れるだけです。ルパート、また会える日をわたくし、楽しみにしております」
うん、と頷いてヴェルネラを当たり前のように抱き寄せてこめかみに唇を押し当てた。
「へ?」
「また、後で」
「………は、い」
思いがけないルパートの行動に、ヴェルネラは顔を真っ赤にした。
「未来の妹と双子の弟が仲良しなのは良いんだけれど」
「あ」
「あら」
冷静なルピアの声に、ヴェルネラは元々赤かった頬を更に赤く。ルパートは一気に茹でダコのように顔を赤くした。
「出発しますわよ、ルパート」
「あ、はい」
微笑ましい光景を、ルピアもいつまでも見ていたい。だが、急を要してしまうのだ。
ファルティから届いた、たった一行の執着心まみれの手紙。
『逃げられると、思わないで』
こうもべっとりと粘着されると、さすがのルピアも堪忍袋の緒がぷっつり切れそうになってしまう。
仲良くもないのに、『システム』のおかげでルピアを思いのまま動かしていただけの存在が、ここまでルピア自身を縛り付けにかかる行動の意図がさっぱり不明だ。
もしかしたら、あの『システム』が余計な何かを吹き込んだのかも、と一瞬考えもしたのだが、エンディングを既に迎えている状態では何をどう足掻いても周りの人の行動は思いどおりにはいかないのだろう。
とすれば、ファルティのコンプレックスを何かしらで刺激をしたのか。
「(どうでもいいけれど…いい加減鬱陶しいわ)」
今日、クア王国に到着してからの予定の方が大切なのだ。
こちらの神経を逆撫ですることだけは、恐らくどこの貴族よりも貴族らしいな、と。ファルティに対する評価を改める。
けれど、それだけ。
「それでは、お二人とも。…どうか、ご無事に到着されますよう…」
「ありがとう、ヴェルネラ。アルチオーニ領の皆様に、『落ち着いていて静養にぴったりだった』とお伝えしてくれる?」
「はい、お義姉様!」
綺麗なお辞儀で、ヴェルネラは二人と荷物の乗った馬車を見送る。
馬車の姿が小さくなっていく頃、ゆっくりと頭を上げてからルピアに言われたことを反芻して微笑みを浮かべる。
「特出した産業はないけれど…落ち着いた場所こそ、我が領地の誇るもの。…良かった…お義姉様に喜んでいただけて」
アルチオーニ伯爵家の領地は、貴族や平民でも資産家として分類される人たちが、静養地として好んでいるところだ。
領地の場所柄、とでも言うべきか、比較的落ち着いた場所にあり、王都から極端に離れているわけでもない。気候も落ち着いており、暑すぎず寒すぎず。割と、色んなことが良くも悪くも『普通』なのだが、それこそが好まれている。
喧騒から少し離れたい貴族たちはこぞってアルチオーニ伯爵領内に土地を購入し、別宅を建てた。
そして、彼らの為にと飲食店や、食材を取り扱う店が増えていき、日用品も取り扱う店が増えていった。
結果として領地はそこそこ栄え、人の流れも、『情報』の流れも集まりやすくなった。
「さて…と。わたくしはもう少しお仕事をしてから、荷物をまとめなければ」
ヴェルネラは誰に聞かれるでもなく呟いて、屋敷に戻っていく。
心にあるのは、二人が無事に到着しますようにという想い。
そんなヴェルネラの想いを受けてか、馬車はスムーズにクア王国へと進んで行った。
「姉さん」
「なに?」
馬車の中で、ルパートが口を開いた。
「王太子妃から手紙、来たんでしょう?」
「えぇ」
「どうするの?」
「構ってやるだけ時間の無駄だけれど…アレには一言言ってやらないと気が済まないのよね。でも…」
ルピアは微笑んだまま、『今じゃないわ』と続けた。
はて、とルパートが首を傾げる。
「クア王国への移住の処理がきちんと、完全に終わってから祖国へ出向くわ。それで、おしまいにするの」
微笑んで告げ、それ以上言わずにルピアは窓の外へと視線をやった。
そして、ルパートは思う。
粘着的に姉へと絡むのはファルティの自由だが、もう少し相手選べよ…と。
ファルティに会ったことこそないが、反省はしてもまた同じようなことをやらかす彼女を、どうやっても好ましく思えない。
もしかして、少し状況が違えば…と思わずルパートは考えた。
ファルティが目指していた何かしらの未来。
そこに自分がもしも、…もしも何らかの形で絡んでいたとすれば、こんなにもおぞましく、得体の知れないことはないだろう、と。