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三十一話:在るべき未来だったものの残滓

「ルピア!」


 声が、聞こえる。

 お茶をしている最中のルピアを呼ぶ、柔らかく優しい声。


「まぁ、殿下。どうなさいまして?」


 それに応えるルピアの声も、穏やかだ。

 こちらに声をかけてきた彼は、真っ直ぐに歩いてきて微笑みながらルピアの隣に寄り添い座った。


「君が、ここでお茶をしていると聞いたから。公務は忙しいか?」

「大丈夫ですわ。殿下こそ大変なのではございませんこと?」

「大丈夫だ。だって、わたしのことはルピアが支えてくれているからね」

「まぁ…」


 周りの使用人達も、通りかかった王妃も、皆、微笑ましそうにルピアとリアムのやり取りを見ている。

 理想的な、仲睦まじい王太子夫妻は周辺諸国からも大変評判が良い。上辺だけではなく、お互いがお互いを想い、支えあっていることがよく分かるから。

 外交に関しても何の問題もない。仮に問題があるとすれば、それは年若い二人の経験が足りないということだろうが、補佐してくれる周り、更には国王夫妻も、公爵家のバックアップもあるから、さほど問題では無い。


「ルピア、お茶が終わったら明日の公務について前もって話しておきたいことがあるんだが、いいか?」

「勿論。終わり次第殿下の執務室に向かえばよろしいですか?」

「あぁ、よろしく頼むよ」

「かしこまりました」


 ルピアは、微笑んで先に王宮へと戻っていくリアムの背中を見送り、礼をする。残っていたお茶を飲み干し、ひと息ついてから言われたようにリアムの執務室へと歩いていったのであった。








「…………………っ」


 ギリリ、と悔しそうに歯噛みをするファルティ。

 どうしてこんなものを見せられているのか理解できないが、今、自分はこんな風に穏やかな関係を築けているのかと問われれば答えは『否』だ。

 エンディングを迎え、メインをクリアしてしまったらもうお前には用は無いと見放された。それが条件で手助けをしてもらったのだが、ファルティからすればそれは見放されたも同義。

 そもそも見放されたのではなく『必要な時に細やかな手助けをしてくれる期間が終わっただけ』なのだが、ファルティはそれを良しとはしていない。


「何なの…!」


 最近、リアムにもルピアとの関係性を疑われた。

 王妃になるための下地はしっかりと積み重ねられつつあるが、どうもリアムの様子がおかしい。


「…エンディングが確定した時点で、私の幸せだって確定してるんだから…」


 自分に言い聞かせるようにして、ファルティは呟いた。

 その通りではあるが、その未来に関わりのない人たちは、少しずつファルティを見放していっているのだが、本人はそれに気付いていない。


 まず第一に離れたのは、ルピアの『本当の友達』の令嬢。彼女達は揃って高位貴族であるのだが、気が付けば距離を取られている。

 離れただけではなく、王家派であったはずの彼女らの家が、次々に王家を支持しないとはっきり言い放ったのだ。理由はお察しなのだが、これを反逆と見なしてしまいたかった。そういう訳にもいかず、国王夫妻は粛々と受け入れるしか選択肢は用意されていない。

 ほんの少しずつ、足元が崩壊してきているのに、彼らはそれに気付かないというよりも気付きたくないのであろう。


「そう、私は幸せなの…。幸せでなくちゃいけないのよ…」


 ぎゅう、と自身の体を抱き締めながらか細い声でファルティは呟いた。

 王家から見放されたルピアが、勝手に離れていった貴族達が、幸せであるはずはないという、これまた勝手な思い込みを自分に言い聞かせるように『私は、幸せなの』と呟きを重ねる。


 何が幸せで、何が幸せでないのか。


 ファルティの思う幸せとはかけ離れているのだろうが、ルピアのように距離を取っている令嬢たちは何故笑えるのだろうと、ファルティにはそれが理解できなかった。


「認めない…!」


 ぎり、と肩に自分の爪が食い込む。

 ドレス越しではあるが、一瞬走る痛みに思わず顔を顰めてしまった。いけない、体に傷を付けては気が触れたと思われてしまう可能性がある、と己に言い聞かせて落ち着きを取り戻していった。


「……………邪魔なのよ。ステータスも見れなくなった、そんな…まがい物の友達なんか。何の役にも立たない…っ…!」


 身勝手な思いだけが、どんどん大きく膨れ上がっていく。

 その様子を『システム』はファルティに見られない位置から観測していた。


 優秀であると、そう信じていたファルティ=アーディアは、学生時代は確かに優秀であった。

 勉強も嫌いでは無いが故、成績も抜群に良かった。

 だから、取引を持ちかけたのである。


『貴女の望みを叶えるためのお手伝いをして差し上げましょう。その代わり、貴女にもわたしのお手伝いをしていただきたいのですがよろしいですか? あぁ、ご安心を。別に無理を言うわけではございませんので』と、つらつらと台詞を重ねた。

 手を差し伸べた先のファルティの望みは、『この国の王太子の想い人になりたい』というもの。

 言われたシステムは、『ふむ』と考える。


 あぁ、ちょうど()()()()()()()()()()()()()()


『王妃ルート』と『大団円ルート』が。

 ファルティが懐く思いの強さからすれば、もしかしたら最難関で、一つたりともイベントを取りこぼさないように慎重に慎重を重ねないと辿り着くことの出来ない『大団円ルート』も到達できるのではないだろうか。

 そう思ったからこそ、手厚すぎると言われようとも、相当しっかりファルティをサポートしたのだ。


 結果はとんだ期待はずれ。


 だが、王妃ルートには入れたからそのまま進ませた。

 文句を言われても『ちゃんと対応している』と言えるよう、ステータス画面にも表示していた。

 悲しきかな、ファルティはそれに気付かないまま、『大団円ルート』だと信じた状態で結婚式に挑んでしまったのだ。

 これに頭を抱えたのは『システム』側だが、ソレらの動きは早い。次の主人公を用意してしまって、最難関ルートを目指させれば良いだけなのだが、ここでもまた誤算が生じた。


 ルピアに主人公となってもらおうとしたのだが、彼女はそれをあっさり却下した。受け入れようともせずに拒否した。


 思い通りにいかないことばかりだが、ルピアよりも自分の現実を受け入れているようで中途半端に受け入れていない、ファルティをどうにかせねばならない。

 そうしないと、いつまでも呼びつけられて文句を言われ続けるに違いない。

 とんだモンスターな主人公だ、と誘惑して甘い餌を与え続けた己を棚に上げ、『システム』はゆらりと空間へと溶けていった。





 ほんの少し、『システム』が消えた僅か後。

 ファルティは机に向かい、レターセットを用意していた。


「……逃げるつもりなんだろうけど、そうはいかないんだから……」


 王太子妃としての役割はきちんと果たしている。

 昨日も、今日も、王妃からは合格をもらえた。所作も美しくなってきたと、微笑みながら言われた。


「やっぱり…私にも出来た…。カサンドラ様ったら…バッカじゃないの…? ルピアに固執し続けて、王都から去ってしまって優雅な暮らしを捨てるだなんて…とんだ間抜けよ」


 歪な笑いを浮かべ、ファルティは探らせているルピアの行動のその先を予測にかかる。


「ルピアの母親が、クア王国の出身…。なら、そっちに行くはずよね。えーと…」


 地図を広げ、ファルティはじっと地図を見続ける。


「あぁ、そういうこと」


 指でカルモンド公爵領からクア王国までの道筋をゆっくりと辿る。


「…みーつけた」


 歪な笑いのまま、ファルティは言う。

 ぐぐ、と地図を押さえる指に力がこもり、指先が白くなっていたがそんなこと気にしない。


「逃がさないんだから」


 理由は何とでも付けられる。

 ファルティはニタリと笑って、ようやく歪な顔を消した。その後は上機嫌そのもの。


「待っててね………………ルピア」


 部屋に静かに響くそれは、誰にも聞かれることなく溶けた。

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