二十九話:気持ち悪い
アリステリオスには、国を出て移住するまでファルティのやったことは(やったのは間違いないだろうが内容は予想が多い)言わないでおく。改めてヴェルネラ達もそれは同意してくれ、尚且つ、ルピアから色々な事柄が共有されていった。
国を出るその日、もしくは出たあとで王宮に向かい挨拶をするようなことがあるとするならば、ファルティのみに『お前がやっていたことは知っているぞ』と告げてやろうか、など。ルピア自身は色々と考えてみたが、迂闊に動けばファルティが持ち得る権力を行使しまくって、ルピアを拘束しかねない。
「それは、困る」
つい声に出してしまったが、拘束されては自分の未来が閉ざされる可能性しかない。
「…さて、どうしようかしら…」
ファルティはどうやら、王太子妃教育をしっかりとやれているらしく、以前の失言を取り返すほどの頑張りを見せているようだ。
もっとも、既に遅いと判断して見切りをつけられていることには気付いていないらしい。
「移住はもはや決定事項。なら…」
自分に出来ることはなにか。
色々と考えてみたけれど、やり返さないまま放置することはルピアの気持ちがおさまらない。
「『システム』とやらに接触して、どうにかしてやるのが一番よね…。やり方は分からないけど」
そこが一番問題だ、と呟いてから窓の外の景色を眺める。
綺麗な花々が咲き誇る庭園。
季節の花で彩られたそこは、いつ見ても心を落ち着けてくれる。庭師が丁寧に仕事をしてくれているからこそ、保てている光景だ。
この国が好き、というよりもルピアは公爵領が大好きだった。
いつも、皆が一生懸命に頑張っている姿は、見ていてほっとするしこちらも励まされる。国の食料生産を高めていられるのもここの領民たちが頑張ってくれているからこそ。
ルピアが王太子妃の座から引きずり下ろされた時も、彼らはルピアの代わりに憤ってくれたと聞いている。『あれだけ頑張っていたお嬢様になんという無礼な!』と声が上がりかけたが、元の状態に戻ったルピアが早々に手紙を書いて止めさせた。
自分のために怒ってくれるだけで、良かったのだ。
貴女が小さい頃から頑張っているから、皆が応援してくれているのよ、と母が言う。
だって、自分は公爵令嬢なのだから頑張るのは当たり前だ。
手を抜かず、前を真っ直ぐ見据えて歩く姿が皆に希望を与えてくれたのだよ。
父がそう言ってくれたが、あまりに大袈裟だ、と最近笑った。
操られていた一年間のことも、ここの領民たちは心配してくれていた、と聞いた。
人の縁、繋がりには本当に恵まれたな…と思い、つい微笑みを浮かべるルピアだった。
が、部屋の雰囲気が一変したことに表情を一気に引き締めた。
「…なに…?」
気持ち悪いような圧迫感。
胸がムカムカとしてきて、胃の中のものを全て吐き出し切りたい思いが強くなるが堪える。
視線だけで周りを見渡していると、じじじ、と空間が歪み、ノイズが走った。
「……え?」
そして無くなる、色。
「こ、れ」
思い出す。
自分が『自分』に戻ったあの日のことを。目の前が焼けるような怒りに襲われた日のことを。
≪貴女が、会いたいと思っていたではありませんか≫
じじ、ざざー、と嫌なノイズ音が響き渡り、耳を塞ぎたくなるような甲高い音や雑音があちらこちらから聞こえてくる。
いきなり無音になったかと思えば、自分と同じ顔、同じ体つき、同じ声音をした別の『何か』が、そこに立っていた。
「………あなた、」
≪はい、わたしがシステム、です≫
聞き間違いかと思いたかったが、その声はまるきり自分と同じ。理解してしまった途端に更なる吐き気に襲われてしまう。うぷ、と思わず口元を手で覆うと、心配そうにこちらに歩み寄ってくる、それ。
≪まぁ…大丈夫ですか?ルピア様≫
心配そうな声音、表情。
だがそれは作られたものだとルピアは、勿論認識している。ファルティとのやり取りを見ていたから。
「随分と…心配する素振りがお得意ね」
≪何をおっしゃいますか…!わたしは貴女のことが心配で…!≫
「そうやって、アレにも取り入ったのかしら」
ひく、とシステムが形どっている『ルピア』が表情を引き攣らせた。
「この程度で顔を変えるだなんて、未熟よ」
≪人間風情が…≫
「えぇそうね。だから? それがなぁに?」
気持ち悪さを隠して、ルピアは言葉を紡いでいく。
コレが、全ての原因。
接触したいとは思ったが、まさかこんなにも簡単にそれが叶うとまでは思っていなかった。
ぎり、と歯を食いしばって『システム』へと問い掛ける。
「わたくしに何か御用かしら」
≪もう、ファルティが主人公の物語は終わりました≫
「だから?」
≪次は、貴女に主人公になっていただきたいんです≫
「は?」
≪好きなように、思うがままに、全てを叶えさせてあげましょう!何でもお望みどおりに!勿論手助けいたします!≫
いいことをしている、とでも言いたいのか。もしくは今話した内容が、ルピアにとっては良い案だとでも言いたいのだろうか。
幼子に提案をするかの如く、『システム』は上機嫌になってペラペラと続けていく。
それを自分の顔でやらないでもらいたい。
公爵令嬢という立場、さらには淑女たれ、と言われ続けたルピアにとって、見知らぬ何かを目の前にしてこんなにもくるくると変わり続ける己の顔を見ていたくはなかった。
「…頭は確か?」
≪は?≫
次は、『システム』が問われる番になってしまった。
「彼女は終わり、はい次は貴女!と言われて喜ぶ馬鹿はいると思って…………いるから、こうしてわたくしの前にあらわれたのよね…………」
はぁぁ、と思いきり深く溜め息を吐けば、そのルピアの様子が気に入らなかったらしい『システム』は、忌々しそうに顔を歪めていく。
──だから、私の顔でやるな。
思わずつられてルピア自身も顔を歪めそうになってしまったが、気合いでどうにか我慢して耐えきった。
≪何故、拒否する≫
ジジ、ザザ、と奇妙な音がして『システム』の外見が姿を変えた。
「…ルパート…?」
《姉さんに、何もかもを与えてあげようと言っているのに!≫
いやいらん、と内心スパっと拒否していたが、目の前でくるくると外見が変化していく様が、あまりに奇妙で、理解不能で、気持ち悪くて。
更に吐き気が込み上げてくるが、それを見せるとつけ込まれる。そう判断し、ルピアはルパートの姿をしたソレを睨みつけた。
「どこまで上からなの」
≪上だからね! 自分の立場が分かっているの?≫
ルピアを馬鹿にするような口調と態度は、崩れることはなかった。むしろ、じわじわと優勢具合を実感しているのか、ルパートの形をしたソレが、気持ち悪い笑みへと表情を変えていく。
「立場…?」
≪そう!ねぇ、考えてもみてよ姉さん!願いが叶うんだからこれ以上に嬉しいことはないでしょう!?≫
理解できない。
理解したくない。
人に叶えてもらう願いなど、本気で願っているものではない。
本当に叶えたい願いは、自分の手で叶え、つかみ取ってこそ達成感が得られるというものだ。それを、コレは、分かっていない。
いいや、こいつらの感覚からすれば、そうしてもらって嬉しくないわけがないと思いこんでいるからこそ、ほいほいとルピアの前に姿を現したのだ。
「…お前に叶えてもらって、わたくしが得をすることはなぁに?」
≪邪魔者が、邪魔しないように全てをかけて貴女を守るよ。そして、≫
また、『システム』は姿を変えた。
≪お義姉様、クア王国の王妃となられませ≫
次に姿を変えたのは、ヴェルネラ。
とても綺麗に微笑みかけてきて、ルピアの方に歩み寄り、優雅に一礼をしてからルピアの足元へと跪いて、うっとりとした顔で見上げてくる。
≪ねぇ、お義姉様のお望みはそれなのでしょう?≫
駄目だ、何も分かっていない。いや、分かるはずもない。
恍惚とした表情で、言外に『ほら、お前の望みはこれだろう?』と問うているのが分かってしまう。そんなわけないのに、とルピアは心の中で呟く。
貴族令嬢としての立場や役目、家の事情、色々なものを鑑みての行動が、そう見えていたのだろうかとも思ってしまった。
≪王太子は特に、内心ではそう思っておりますわ。お義姉様が王太子妃の座を奪われたから、気を引くような行動をしているのだと≫
本当に何も理解していないのだな、と呆れてくる。表情には出さないまま、ルピアは少しずつ怒りを蓄積させていく。
自分のことを分かった風でいる、恐らく人よりも上位の存在であろう『システム』とやらが思ったより馬鹿で、単純で、こちらを舐め切っていることが、更に怒りを増幅させていった。




