二十七話:吐き出せるだけ吐き出してしまえ④
ちょっと短めかもしれません
「あら」
「…ほう?」
笑顔で告げたルピアの思いがけない言葉に、大人二人は意外そうな顔をする。
「当家は見捨てられたのですし。それにファルティの頭がおかしかろうが何をしていようが、わたくし達には関係ないことではありませんか」
ルピアは婚約者から外された。正規の手続きも無しに、無理矢理。
そして自分を操っていたのはファルティだろうと推測できるような妙な夢も見た。
自分達に対して不利益ばかりしかなく、甘い蜜ばかりを王家とファルティが欲しているようにしか思えないこの状況で、王太子妃がどうもおかしいんです、と忠告してやる必要がどこにあるというのか。
「ただ、…おかしなことをやらかしてくれた報いは少しでも受けていただかねば、とは思いますわ」
「ああ、それならばじわじわ報いは回ってきているわ。まずは王太子妃なんだけれど…」
「え?」
ミリエールの言葉に、ルピアが思わず問い返した。
「『学院時代の成績はルピアよりも上だったんです。だから、私はきっとルピアよりも素晴らしい王太子妃になります!』…ですって。王太子妃が教育係に対して放った言葉よ」
ルパートやヴェルネラの顔色が悪くなる。
ファルティがこれを言い放ったのは、教育係であるカサンドラ。
教育熱心で、幼いルピアに対しての教育も手を抜かなかったとは聞いている。厳しいけれど、無理を通しまくる人物ではないが、礼儀のなっていない人に対しては一切の容赦がないことでも有名だった。
「…カサンドラ先生に、そのような…こと、を…?」
「ええ、初対面で」
「ニーホルム侯爵夫人にそのような物言いは…」
「ヴェルネラ、お察しの通りよ」
ヴェルネラも、社交界に参加する一員としてカサンドラの評判は聞いている。
だが、それを抜きにしてもファルティの言動のマズさが際立ちすぎていた。
「…俺、そのファルティとかいう令嬢は知らないけど…伯爵令嬢、なんだよね…?」
ルパートも見事にドン引きしている。
「…学院時代の『身分は関係ない』という気分かつ、殿下をわたくしから…まぁその、『奪えた』ことで、何かを勘違いしていたのかしら…」
考えたくはない。だが、色々整理しないと全員の思考回路がどうにかなりそうだった。
現に、ジェラルドは頭を抱えて困惑しきっている。
「すまん…王太子妃の行動が…意味が分からん」
「おじさま、大丈夫ですわ。皆、分かっておりません」
屈強なジェラルドが、まさかこうなると誰が予想しただろうか。とはいえ、これが『現実』なのだ。
ファルティの失言しか、今はまだ知らないけれど。
「そもそも何ですかその発言は…。カサンドラ先生にあまりに失礼では!?」
「安心なさい。カサンドラは今後、あの王家の教育係をやらないとまで宣言したわ」
思ったよりもやらかしていたらしい、ということは今、更に追加で知った。
ニーホルム家が王家と関わりを絶つということまでやらかしたのであれば、きっと他の教育係もファルティから離れていったであろうことは容易に想像できる。
「教育係が、まずはあの王家から離れた…と」
「そう。後は王太子殿下もちょっと…ね」
「兄上から聞いた。あの王太子、兄上に向かって『王命だ、止まれ』と言ったそうだ」
それを聞いた子供達全員、ぎょっとする。
王でないのに『王命』とはこれいかに。既に王になったつもりでいるならば、それはとんでもない思考回路でしかない。
「…口が滑った、にしては…」
理解できない、という顔でルピアが呟き、ルパートは絶句している。ヴェルネラは絶句もしているし顔色も悪い。
「…当家も…あの国を出た方が良いような気がしてきましたわ…。最初はわたくしだけで良いと思っておりましたが…失言を繰り返す王太子殿下に王太子妃様が後々治める国など、ちょっと…」
「ヴェルネラ嬢、手紙を書くなら早めにしておけ。レターセットを準備させるか?」
「お願いしますわ。皆さま、少し失礼いたします」
「俺が付き添おう」
いそいそと席を立ち、邸内に小走りで向かうヴェルネラとジェラルドを見送る。
残ったのは母と子供たち。
「…とまぁ、そういうわけなのよ」
「俺はてっきり姉さんが解放されて終わりだと思ってたけど…。あ!」
「どうしたの、ルパート」
「母さん、姉さんがさっき馬車の中で、変な夢見た、って…」
「そうなの?」
「はい。王太子妃と何かが話しておりましたが…恐らく、その、システムとかいう何かと…」
「…夢…だった、のよね?」
「ええ、ただ…」
馬車の中で見た、あの気持ち悪い夢。
ファルティが泣いていたような気がするが、それはまずどうでも良い。
会話の内容は聞こえていた。
何やら、『大団円エンド』がどうとか言っていたが、そもそもの言葉の意味がルピアには分からない。
聞く必要があるかもしれないけれど、どうにも関わりたくない…が、さすがに公爵家が爵位返上をするとなれば王家への挨拶、そして各方面への通達も必要だろう。
考えることが増えた…!と内心で頭を抱えていると、ミリエールの手が頭に乗せられる。
「あの、お母様」
「思いっきり吐き出しちゃいなさい。そして、わたくし達に貴女の手助けをさせてちょうだいな」
「…え」
「俺も。姉さんの力になりたい」
「…ルパートまで」
母と弟、二人がにっこりと笑ってくれている。
甘えたいのに、自分の中のもう一人の自分が『甘えちゃいけない、貴女は公爵令嬢なのだから』と待ったをかけ続けてきていた。
もう、そんなことしなくても良い。
要らないものを捨てて、これから必要なものだけを取得していけばいいのだから。
ルピアは二人に向かって微笑みかけて、こう言った。
「うまく、話せないけど…聞いてほしい。後でおじさまやヴェルネラにも勿論お伝えするけれど…」
夢で見た内容を、隠さず、覚えている限り全て、話していく。
馬鹿げているけれど、ルピア自身に起こっていた思い出したくない『現実』であったもの。
夢の内容と『現実』を声に出し、考えを整理していくことで、ぼんやりとだが輪郭が見えてきたような感覚になる。
やられっぱなしでなど、いてやらない。
そのための情報共有から、本格的に開始したのであった。




