二十七話:吐き出せるだけ吐き出してしまえ①
ミリエールの乗った馬車は、愛娘と愛息子を追いかけるために急ぎ気味で道を走っていく。
屋敷では使用人たちが荷造りを開始した。それをアリステリオスにも連絡した。
ならば、自分も本格的に動かなければならない。だが、その前に子供たちに会っておきたいという想いが大きくなった。
クア王国に行って手続きをするとはいえ、何ヶ月も離れるわけでは無いのだが、ようやく元に戻った娘と過ごせるのだ。嬉しくないわけがない。
「さて。どれくらいで追いつくかしら~」
鼻歌交じりに馬車に揺られるミリエールはとても楽しそうだが、これから起こるひと波乱は相当なものになるだろう。だがそれはそれ、これはこれ、なのだ。
やったことの責任は、きちんと取ってもらう。そうしたのは自分たちなのだから。
それが、王家であっても。
まぁそんなことは今はどうでもいい、と緩く頭を振る。娘たちに追い付く方が先なのだ。
護衛も信頼のできる人に任せているし、彼ならばルピアも少しは甘えてくれるだろうと、そう思う。
今までが厳しくしすぎてしまったこと、更には王家からの要請で断れなかったとはいえ王太子妃としての教育まで受けさせてしまったこと。
これはもうすっぱり無くなったので、結果オーライといえばそれまでだが、背負わせてしまったことについて、時間は巻き戻せない。
加えて、色々なことが短期間にありすぎた ので、せめて移住するまでのあいだは心穏やかにいてもらいたい。
ガラガラ、と車輪の回る音と馬の足音、そして流れていく景色を見ながらミリエールはこれからのことに思いを馳せた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「着いたー…!」
んー、と背伸びをするルパート。
ルピアやヴェルネラは思いきりそういうことをするわけにもいかず、それでもできる範囲で体を伸ばす。
「王家から追手でもあるかと思ったが、なかったな」
ジェラルドは愛馬から降りて体を伸ばしたりストレッチをしながら、そう呟いた。
追いかけてきたかったのだろうが、そうすることはできないはずだ。もしも追いかけてこようものなら、今の王家の信頼度がおかしなことになってしまうから。
「出来ないでしょうね。おかしいではありませんか、用済みを未練がましく追いかけるなど」
「あぁ、それもそうか」
冷静にルピアが告げた内容に、ジェラルドは頷く。
自分たちが選んでおいて捨てたのだから、拾ってくれるな。それはアリステリオスからも王家に対して言われた台詞。
だから、追えない。
順番は違えど王太子妃はそこにいるのだから、彼女にどうにかしてもらわねば困る。
「ところでおじさま。久しぶりに公爵領に来ましたけれど…何か変わったことなどございませんでした?」
「変わったこと?」
「えぇと…その、作物の育成不良とか、民たちの諍いとか…」
「いや、視察もしているがそういったことはない。…どうした」
「………」
システムに操られていた自分。
どこまで影響があったのか、それをルピアは考えた。
ルパートは国を離れていたので、そもそも影響がなかったらしい。
ヴェルネラは同じ国内にいたけれど、影響はなし。
ならば、システムが操っていたのはどこからどこまでなのだろうか。
少なくともルピアは操られていた。けれど、恐らく…いや間違いなくファルティは操られてなどいない。むしろ夢の中で見たあの光景は、ファルティが何かを行ってシステムとやらがルピアを一年間もの間、お人形さんにしていたということになる。
では、何のために。
アーディア伯爵家は、王太子妃候補を選ぶ際、選出されていなかった。
それよりも歴史のある侯爵家や莫大な資産を持つ伯爵家などが選出されていたのだが、王の『カルモンド家がちょうどいい』という馬鹿げた発言でルピアが筆頭候補になったのだ。
そして、他の候補達もルピア同様王太子妃になるべく、別々に教育を受けていた。
その家の中にアーディア伯爵家に連なる者でもいたのだろうか?とも考えて、記憶消去の後で色々な資料を読み漁ってみたがそうでもなかった。
「…ルピア、何があった」
「……」
「おい、ルピア?」
「…おじさま、わたくしが話すことを…夢物語だとしても、馬鹿にせず聞いてくださいますか?」
「ん?」
「聞いて、いただきたいのです」
「そうか。…ならば、義姉上が追いついてからだ」
「………へ?」
「一度ここで合流することになっていてな」
「聞いてませんわ?!」
「『内緒にしといてね!』と言われて…。…すまん」
別にミリエールがジェラルドよりも物理的に強いとか、そういうわけではない。
だが、何となく頭が上がらない。ということらしいのだ。
双子に対しては厳しくも優しい母なのだが、出自からしてもやり手なのは理解している。
そこまでなのだろうか…と思っていると、大きな手のひらが頭の上にぽん、と乗せられた。
「あの、おじさま?」
「色々と…これまで、悪かったな。お前に…全部押し付けてしまった」
「え?」
「王家に望まれたとはいえ王太子妃への無理矢理な未来も、そして…次期公爵として教育を受けることもだ。それが当たり前だといっても、お前は公爵令嬢であると同時に、一人の女の子なんだから」
「えぇ、と…」
言われている意味が、ルピアはよく分からなかった。そして、別に謝らなくても良いし、それはジェラルドの責任なんかではない。
だがそれは、学院に通っている時に出来た友人にも言われたことがあるので覚えていた。
『ルピア、学院にいる間くらいは女の子としての楽しみも覚えなきゃ!』
どういうことだろう、と首を傾げていたが、その友人のおかげで、視野は広がった気がする。
とはいえ、所詮どう足掻いたところで自分の身分や立場というものが無くなるわけではない。
きっと、皆がルピアの境遇を心配してくれているのだろうが、父の跡を継ぎたかったのは本当なので気にされることではないと思っている。
王家の発言や諸々は許せるものではないのだが、もういい。
一連のルピアの頑張りを、ジェラルドも見てくれていたし、父も母も、見てくれていた。
今回のことで、恐らくカルモンド家は親戚一同揃って皆が、あの国から出ていくだろう。
ならば、信じられる人には自分が置かれていた状況を話しても良いのでは、と思ったルピアはジェラルドを見上げた。
「先ほど、『聞いていただきたい』とわたくしが言った内容についてなのですが…」
「どうした」
「ルパートとヴェルネラには、ここに来るまでの道中で既に話しております。…おじさまも…わたくしが…、学院の最後の一年、おかしかったことは聞いておられますか?」
「…あぁ」
苦い顔でジェラルドは頷いた。
「それが、何故そうなっていたのか。わたくしがおかしかった原因たるものについてのお話です」
「……は?」
「お父様にも勿論お話ししますが、おじさまとお母様に先にお話しします。」
深くルピアが腰を折り、頭を下げた。
冗談でこんなことを言う子ではない。これは余程のことがあったのだろうと、ジェラルドは気を引き締め、ミリエールの到着を待ったのであった。




