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二十六話:『友達』

 友達、とはどういう存在か。

 問えば、『仲のいい人』という答えが返ってくるだろう。

 これを問う人を限定して問いかけると曖昧な答えが返ってくると予測される。

 そして、ファルティに、『ルピアとはどういう友達関係?』と聞くと微笑みこそ返ってくるものの、明確な答えは決して返ってこなかった。

 だが、不思議なことに学生時代最後の一年、ファルティとルピアは何故か一緒に居たのである。

 ルピアの友人にそれを聞くと、皆揃って『ルピアが何かされているかもしれない』と訝しんでいた。


「…」


 そういった内容の報告書を、今更になってリアムは目を通していた。


「どういうことだ…?」


 だが自分も見ていたのだ。

 ルピアとファルティが一緒に行動しているところを。


「だが…友人ではない」


 ルピアの父であるアリステリオスが、きっぱりと言い切ったのだ。

 ファルティが、ルピアの友人などではない、と。

 だが学生時代に一緒にいたのはリアムも見ている。では何故…?と疑問符が頭の中をぐるぐると回り始めた。


「ファルティに…聞いてみよう」


 ファルティが言っていることと、何となく嚙み合わないことが増えてきているのだ。

 否、増えているというより、気にしていなかったけれど少し考えれば分かることだった。


「今まで接点がなかったのに…どうして友などと…。いや…けれど仲は良さそうだった…」


 廊下を歩きながら、リアムは思わず一人呟く。

 リアムがカルモンド公爵に対して放ってしまった『王命』という言葉。取り返しのつかない失態ではあったのだが、その際に公爵から言われた言葉がずっと引っかかっていた。

 ファルティがルピアのことを『友人』と呼んでいるから、疑ったこともなかったのだが、ではどうやっていきなりそういう関係になったというのか。

 三年生になるまでクラスは別だったし、人懐こいファルティだからこそあっという間に仲良くなったのかもしれないが…というところまで考えて、首を横に振った。

 まずは本人に聞いてみなければ。

 ぐっと拳を握り、リアムはファルティの部屋の前に到着した。


 今の時間帯であれば、公務の空き時間のはずだ。


 頭に入っているスケジュールを思い出しつつ、部屋の扉をノックする。

 室内から『どうぞー』という明るい声が返ってきて、ファルティ付きの侍女が扉を開けてくれた。


「あ、リアム!」


 リアムの姿を見て、ファルティの顔はぱっと明るくなる。

 それで浮かんだのはかつての婚約者の、淡々とした言葉。


『殿下、王族が分かりやすい表情をしてはなりませんわ』

「聞いて、王妃様がね、最近の私の成果をほんの少しだけど褒めてくださったの!」


 ファルティと結婚しなければきっと、この部屋にいるのはルピアだった。

 そして、部屋の扉を守っていたのは彼女の双子の弟であるルパートでもあった。

 今更変えられない、あるはずだった未来の様子が、何故だか思い浮かんでしまったのだ。


「そう、か」

「ええ。仕草は…その、ルピアまでとはいかなくても、でも、形にはなってきているって!」


 とても嬉しそうに笑うファルティを愛しいと思う気持ちは変わらない。

 けれど、何かが『駄目だ』と囁きかけてくる奇妙な感覚。

 今現在から時間を戻すことなどできないと理解もしているが、たられば、を思い描いてしまう。絶対にそうならないとは理解しているのに。


「…あの…リアム、どうしたの?」


 あまりに何も言わないリアムの様子が心配になったのか、ファルティが心配そうに見上げてくる。

 きっと、タイミングは今なのだとリアムは決心して、ファルティを真っ直ぐ見つめて、問い掛けた。


「…ファルティ、どうやってカルモンド公爵令嬢と仲良くなったんだ?」

「…………え?」


 ファルティの表情が、凍り付いた。


「今、どうしてこんなことを聞くのかと思うかもしれないが…少し、気にかかることはあるんだ」

「な、にが?」


 気遣うように微笑んでいるリアムの顔が、真っ直ぐ見ることができないが、それでもファルティは本能的に目を逸らしてはいけないと、そう思った。


「いや、ほんの少し気になっただけなんだ。…その、それまで同じクラスではなかっただろう? それなのに三年生の時はあんなにずっと一緒に居たから、気になって…」

「今更…?」

「ファルティが自分で言っていたじゃないか。『友達』だと」

「それは、そう、だけど」

「友達なのに助けてくれない、とも言っていただろう?」

「…そう、だけど」


 ファルティにとってはとても嫌な既視感(デジャヴ)だった。

 自分(ファルティ)に対して、王太子妃教育をやりたくないと言った教師陣が、自分(ファルティ)に対しての態度と重なってしまう。

 もう既にエンディングは達成したのだ。

 だから、今進んでいるのは未来へ向かう道のり。


 それはシステムにも言われた内容。


 頭では理解しているのに、どうしても心では受け入れたくなかったこと。


『どうやってカルモンド公爵令嬢と仲良くなったの?』


 システムが、ルピアを『ライバル令嬢』という『役割』に当てはめたから。

 そして、彼女は一年間、その『役割』をこなすために、ファルティという『主人公』の近くに居続けることを強制されたのだ。


 ファルティが、『大団円エンディング』を目指そうと決意してしまったから。


 結果として『王妃エンディング』に到達したわけだが、ルピアは『ライバル令嬢』に選ばれてしまった。

 ファルティが輝かしい未来へと駆け上がっていくための、所謂『当て馬』のような役割を果たすためだけの存在。


 どうしてルピアを友人と呼んでいたのか?

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「…ファルティ?」


 あまりに長い時間無言でいたファルティを、心配するようにリアムは見つめる。


「あ、え、っと」

「どうしたんだ?」


 大丈夫、リアムは私を責めに来たわけではない。

 自分に言い聞かせてファルティは微笑んで次を続けた。


「たまたま…よ」

「…たまたま?」

「そ、そう!…でもいきなりどうしてそんなこと聞くの?私とルピアは紛れもなく友達で」


「カルモンド公爵が、そう言ったんだよ」


「…は…?」


 ファルティの中の何かが、ひゅっと温度をなくしたような感覚に襲われた。

 どうしてそこで公爵が出てくるのか、そう一気に詰めたかったけれどリアムが続けた言葉に更に言葉を無くしてしまう。


「ファルティは学生時代、カルモンド公爵令嬢の家にお邪魔したことはあるかい?」

「な、ない」

「じゃあ、学校帰りに…ええと、女子生徒が寄り道なんかをしていたようだけど、そういうことは?」

「…っ」

「…ファルティ?」


 リアムからの質問には答えられない。ファルティは、ルピアとの仲の良さについては数値でしか判断していなかったのだから。

 一緒に出掛けたことなど、あるわけもない。


「どうして…リアムは今、そういうことを聞くの…?私のことを疑っているの…?」

「そ、そういうわけではないんだ!ただ、不思議に思っただけなんだ」

「不思議に…?」

「ファルティだったら不思議に思わないかい?」


 え?と問い掛けると、苦笑いを浮かべたリアムは絶望的なことをあまりに簡単に言ったのだ。


「今まで同じクラスでもなく、家同士の付き合いもない、幼馴染でもないのにどうやって仲良くなれるんだろう、って」


 悲鳴を上げたくなるのを、ファルティは必死に堪える。

 自分自身がシステムからの恩恵をたっぷりと受けていたから、そんな細かいところを気にしてなどいなかった、というのが正しいのだけれど。

 どうしてそれに気づかなかったのか?

 ルピアが強制的にとはいえ、当たり前のようにファルティの隣にいてくれた…否、居させられたから。


「だ、誰とどうやって友達になった、とか…は、公爵閣下に関係があるのかしら」


 必死に、声が掠れそうになるのを堪えて言う。


「女子の友達関係にそうやって口を出してくるなんて…」

「それは口を出すよ」

「…え?」

「ルピアの家柄を考えると、当たり前だよファルティ」

「…なんで?」

「…この国に公爵家が大量にあればともかく、だが。…ファルティ、公爵家が何家あるか知っているね?」

「…………四、家…?」

「そうだね。かつての王女が降嫁したりなんかで理由は様々。かつての王家の血を濃く引いている家は、王国といえど大量にあるはずもないんだよ。本来であれば家同士の繋がりなどを考えて、王家が婚約を希望したんだが…俺が選んだのは君だった」

「そう、だよね」


 ファルティも決して身分が低いわけではないし、どちらかと言えば上の方。王太子妃になれる可能性は、無くもなかった。

 だが、ルピアの家と比較すると下でしかない。


 決して忘れていたわけではないのだが、迂闊にもほどがあった。

 物語の主人公でいられたのは、あの一年間だけ。

 今やって来ている『現実』からはどうやっても逃げられない。


 今までの『主人公』に選ばれた人たちはどうやってきたのだろう、と今思ってもどうにもならない。


 というか、これまで達成されてきているエンディングはかつての『主人公』たちが選んできた『恋愛エンディング』ばかり。

 これもファルティは説明として聞いているはずなのだが、悲しきかな。この瞬間にぱちりとパズルのピースがはまるように思い出してしまった。自分には関係ないと思い、すっぽ抜けていたのだ。


「学院時代はずっと一緒にもいたし、仲も良さそうだったけど…公爵にあそこまで断言されるとさすがに俺も気になってね」

「公爵様に…あった、の?」

「ああ。父上に話があると、そう言っていたよ」

「…そ、う」


 友達の定義。

 ルピアがファルティの友かどうか。


 答えは『否』だ。


 だって、ファルティはどこまでもルピアを自分の都合の良いように使い、傍に居てもらって、微笑んでいてもらっていた。

 ルピアの友人が訝し気にしていても『あら、ルピアは私と仲良しになっているんだから!』で黙らせてきた。

 ここまで来るとどれだけ自分が杜撰なことをやっているのか、と責めたくなるのだがもう遅すぎるのは明らかなのでどうにもならない。


「公爵様のお話は…何だった、の?」

「それは今は関係ない。…で、どうやって仲良くなったんだ?」

「…リアムに、どこまで話す必要があるのかしら…」

「え?」

「だって…」


 これまでの王太子妃教育で、短期間とはいえ培ったものが役に立つ。

 少し悲し気に微笑んで、戸惑いがちに言う。


「リアムと仲良くなる前に、私とルピアは仲良くなったんだから…いつか、なんて今言われても…」

「…そう、か?」

「じゃあリアムが同じことを聞かれて、すぐに答えられるかしら?」

「それは、そう…かもしれないが…」

「もし気になるなら、本人も交えて聞けばいいと思うわ」


 トドメと言わんばかりににっこりと微笑みかけてから、こう締めくくった。


「でも、本人と会うことができないようにされているのだから、本当のところをルピアに聞くにしても困ってしまうわよね」


 ファルティの言うことも一理ある。

 今、ルピアは静養という名目でこの王都から離れてしまっている。王都に用意されている屋敷に出向いたとしても会えないままで終わってしまうだろうということは容易に想像できた。


「…そうだね。すまない、妙なことを聞いてしまった。ところで、最近公務にも参加させてもらえるくらいには色々と勉強も進んでいるのかい?」

「ええ、そうなの!」


 ファルティの学習速度は並大抵のものではなかった。

 ここに関しては王妃も褒めてくれているくらいだ。特に座学については学生時代から本人が主張するだけのことはあって、優秀だと褒めるべきだと言われることが多かった。

 王族としての立ち居振る舞いに関してはまだ粗削りだが、成果は出てきているとのことだ。…もっとも、そうしなければ王太子妃として何もできない、民の血税を消費するだけの役立たずと言われかねない。


 話題のすり替えと論点をほんの少しずらして、ファルティは何とかこの場を切り抜けられた、と思っているのだが、リアムはそう思っていなかった。


「(手紙を、書こう)」


 返事がもらえなくても良い。

 カルモンド公爵が言ったことが真実なのかどうかを、確かめられずにはいられなかった。

 そうした方が良いのだと、本能が告げているのだ。

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