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二十四話:温度差

「ふざけるなよ貴様!」


 開口一番。

 リアムが呼ばれるままに国王の執務室に入り、扉が閉められ何の話かと振り返ろうとしていたリアムのことを、いつの間にか歩いてきていた国王は思いきり殴り飛ばした。

 がつん、と鈍い音が響いて、リアムはその場に崩れ落ちる。


「い、っ…」

「陛下、何をなさるのですか!」

「この馬鹿は!とんでもないことをやらかしおった!」


 止めようと慌てる側近の声など意に介していない様子で、国王は床に倒れて今まさに体を起こそうとしていたリアムを思いきり踏みつけた。


「何が『王命』だ!貴様、国王になったつもりか!」


 ぎりぎりと踏みつけられ、反論しようとしていたリアムは何も言えずに口をぱくぱくとさせるだけになってしまう。

 だが、いきなり殴られるほどのことなのか、とどこまでも甘い考えでいたのは、リアムがまだルピアと何かしらの形で繋がれていると思っているから。

 実際彼は、ファルティとルピアが友人同士だと信じている。

 だから、大して何も考えていなかったのだ。

 これまで当たり前に『与えられる』側で、王太子教育についてはかなり厳しいものであったがそれもきちんとこなしてきていた。

 踏まれたままでいるわけにはいかない、と無理矢理国王の足の下から抜け出し、父である国王をリアムは睨みつけた。


「確かに失言でした。ですが、いずれは俺が国王となるではありませんか!」

「では、あの失言を、()()()()()()()()()()()


 底冷えするような冷たい声に、リアムも側近も、体が竦むのを感じた。


「答えろ。どこで、言った」

「どこで、って…」


 思い出してリアムは顔色を一瞬で悪くした。


「…王宮の…廊下…」


 リアムの妻となったファルティも、確かに失言を繰り返してしまった。

 だが、彼女とは状況が全く違っている。

 ファルティは、王太子妃教育の教育係の前で、その失言を繰り返しただけであった。それも相当どうかとは思うのだが。

 一方リアムは、王宮内で人が城下町ほどではないにせよ、王宮内で働く者たちや他の貴族たちが多くいる場所で、やらかしてしまったのだ。


「…っ」


 リアムの背を、どっと冷汗が流れる感覚がした。


「どう、落とし前をつけるのだ…!」

「そ、…っ、あ、…あの…」

「どうやらお前の失言について、様々なものが見ていたようでな…」


 怒りで血走った目で、国王は己の息子を睨みつける。


「教えてくれたのは、お前にそのようなふざけたことを言われてしまった人だ」

「…カルモンド、公爵…?」

「ああそうだ!」


 その時の公爵の顔を思い出したのか、国王はリアムの執務机を思いきりこぶしで叩いた。


「人の口を全て塞ぐわけにはいかぬ…! いや、塞ぐことなどできるはずもない…っ! 本当に貴様は…」


 ぎろり、と己の息子を睨みつけ、国王が悔しさや恥ずかしさ、忌々しさなど何もかも、負の感情を可能な限り詰め込んだ声音で言葉を続けた。


「やり直せるなら…、お前が公爵に失言したその瞬間に戻してもらいたい…。王太子妃が頑張って高位貴族に少しずつでも認められようとしているときに…貴様がこのざまか!!!」


 叫ぶような、悲鳴のような声に、思わずリアムはへたり込んだ。

 王族が、間違いを起こすようなことがあってはならないのに、一番やらかしてはいけない人の前でやらかしてしまった、とてつもない失言。


 王をはじめとして、どうにも失言まみれなうえにカルモンド公爵家に粘着していると思われても仕方のない言動の数々。

 実際、公爵家に縋る勢いで何かしらの行動をしている王家の様子を見て、高位貴族達はさてどうしたものか、と考えている家も多いのだが、水面下で見えないように行動を始めた家々も存在はしている。

 それを知らない王家やその他の貴族たちは気になどしていないし、気にしようともしない。気付くのは、行動に移した後なのであろう。


 王自身、これはまずいと、何かしら対策を練らないといけないと分かっているが、もう一つ、大切なことを言うために呼び出したことを思い出した。


「…時に、ファルティのことだが」

「は、い」

「あ奴がカルモンド公爵令嬢とどういう関係かもう一度、聞かせてくれまいか」

「え? どういう…って、友達、でしょう」

「真だな?」

「え、えぇ…」


 空気は、冷えるを通り越して凍てついた気配がした。


「…公爵は、ファルティとルピア嬢の間に友情などなかった、そう申しておるが?」

「え?」


 リアムが驚愕の声を上げる。

 学院での出来事を思い出してみるが、そもそもルピアが友人とべったりしているような女性ではなかったことから、ファルティと一緒に居なくても『ああ、そういうものか』と思っていた。


「友、で…ない?」

「公爵が迷いなく言い切った。嘘でそんなことを言って何の利がある」

「ルピアが悔し紛れにそう言っているだけという可能性はないのですか!?」

「何のために」

「俺と…婚約関係にあったんですよ。そ、そうだ、婚約解消されて悔しいから!」

「彼女はそなたのことを何とも思っておらんだろうな」

「…へ?」


 間抜けな声がリアムから漏れた。

 婚約関係にある=少しでも自分を想ってくれている。そういう思考回路に染まり切っているリアムは、意味が分からないといった表情で国王を見た。


「あの婚約は、お前の後見にカルモンド家が()()()()()()と思ったから、そうしていたのだ」

「ち、ちょうど、いい!?」


 バカげたことを、と言いそうになったリアムの言葉を奪うようにして国王が更に続ける。


「彼女は『公爵令嬢』だからな。家のための道具となることを己で選んだ、ただそれだけだったということだ。…まぁ、親愛の情くらいはあったやもしれんが」


 更に言葉を続ける国王の言葉など、リアムには届いていなかった。

 ファルティが自分を好きになってくれたように、ルピアもそうなのだとばかり信じ込んでいたのだから。

 ここまできてようやく、彼も理解をする。

 ああ、もう道が交わることはないのだ、と。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「…無理があるわ」


 再び進んでいく馬車の中、ルピアは真顔で呟いた。

 勿論、それを逃すことなくヴェルネラとルパートはきっちり拾う。


「何が?」

「さっき、おじさまに少し相談していたんだけど…クア王国に移住した後、公爵位を用意するだろう、だなんて言うんだもの」

「ああ」

「無茶ですし無理ですわね、きっと」

「…伯爵、もしくは男爵あたりかしら…?」

「でもさ、俺それよりも気になってることがあるんだけど、姉さん」

「何?」

「姉さんの道を否定するわけじゃないんだけど、姉さんがなりたかったのはさ」


 一呼吸おいて、ルパートは続けた。


()()()()()()()()?それとも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 先ほど、自分の未来の進むべき方向をジェラルドに零していたルピアは目を見開いた。

 ルパートはふざけてなどおらず、至って真剣である。


「悪い意味じゃないんだ。今住んでるところから出て、本格的にクア王国に移住することが決まれば、姉さんのやりたいことを何でもやってみて良いと思う。でも、姉さんが『公爵』という地位にこだわっていれば、移住しない方が良いんじゃないか、とも思う。だから、どうしたいのかな、って」

「ルパート…」

「俺は公爵としての素質に恵まれなかったから、自分が出来ることを突き詰めていった。結果的に姉さんがもしも王太子妃になるなら、近くで、一番の味方として、姉さんを守りたかった。王宮の中なんて腹の奥に何を隠し持ってるか分からない奴だらけだから」

「…」

「俺は普通に貴族として過ごすよりも、補佐とか、騎士として勤めることの方が向いてるんだと思う。こういう性格だし」


 幼い頃に双子が揃って受けた公爵家跡取りとしての教育を始める前の見極めにより、跡取りの第一候補となったのはルピア。次いでルパートだった。

 公爵として成る為に何が必要か、どういった資質が求められるのか。色々と加味した結果としてルピアが第一候補となった。

 とはいえ、今住んでいる国を出て新たな国へ移住し、新しい爵位を賜った場合、そもそも論としてルピアが目指していたものが崩れる。

 父の跡を継ぐ、それで良ければ問題ないのだが『公爵位』に拘るのか否か。ルパートは問いかけてからなおも続けた。


「けど、今のこの状況で公爵位にはもうこだわる必要なんてないんじゃない?父上の跡を継ぐにしても、クア王国に行けば父上の仕事そのものが変わりかねないんだからさ。また違う道もあるだろう?」

「…それもそうね」


 おや、とルパートが思ったのも束の間、ルピアはどことなくスッキリしたような顔でヴェルネラとルパートを見る。

 てっきり何かしらの反論が飛んでくると覚悟していたがそうはならなかった。


「…思ったより、わたくしに色んな未来があるのね」

「姉さん色々できるから、応用もきくでしょ?」

「ええ」


 きっぱり言い切るルピアと、思わず目を丸くしたヴェルネラ。


「え、えぇと…お、お義姉様?」

「ヴェルネラ。うちの姉さん、色々叩き込まれすぎて、色々できるようになっちゃったんだよ。可哀想なくらいに」

「えぇ…?」

「武術に学問、刺繍、ダンス…あとは何だったかしら…乗馬に…魔術、それと…あと何があったかしら」

「姉さんストップ、ヴェルネラがびっくりしすぎてる」

「本当のことだもの」


 出来ることを指折り数えるが、そもそもそんなに出来てどうするんだ、と言わんばかりの数々。

 あれもこれもと突き詰めていった結果、器用貧乏のような状況になってしまっているわけだが、どれもこれも残した成果はハイレベル。

 魔術に関しては生まれ持った素質があるために、こちらについてはハイレベル!というわけにはいかなかったが、ある程度は出来ている。


「…お義姉様、これからの未来がより取り見取りではございませんか」

「わたくしも驚いているの。…それにね、さっきおじさまともこんな感じの話をしていたから、…驚いてしまって」


 ふふ、と少し声を出して笑うルピアは、先ほどまでの憂えた空気もなくなっていた。

 目は輝き、しっかり静養すればこれからの未来に向けて真っ直ぐ歩き出せるだろう。

 ルピアのことを友人だと言っているファルティの存在については、今は頭から追い出すことにしておいた。

 そんなことよりも、見えてくる領地で、更にその後、アルチオーニ伯爵領でどう過ごそうかと思うルピアの顔は、とても明るかった。

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