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二十三話:用意されているであろうもの

 領地へ向かう道中、昼食がてら休憩もかねて皆が馬車から降りて休んでいた。

 流れる穏やかな時間とは裏腹に、ルピアは考えなければならない問題が山積み状態なのである。ふと気付いてからは堂々巡りとは分かっていても思考がグルグルと回り続けてしまう。


 国王からもし登城の要請があったとしても一切応じる必要はない、と父が言ってくれている。それについては言葉に甘えることにした。顔を合わせたら何を言われるのかわかったものではない。


 そして、これからやってくる『未来』。

 この国を出るということは、カルモンド家は『公爵』ではなくなる可能性の方が高いだろう、と思っている。

 ルピアが目指した『次期公爵』という夢は、そこで潰えてしまうのではないだろうか。いくら母が元王女だと言っても、王位継承権は放棄しているとも聞いた。


「どうしたら、良いのかしら」


 ゆったりとした時間が過ごせることは勿論嬉しい。

 それと反比例して、少しずつ冷える自分の感情があるのは事実なのだ。暗い声で呟いた時、かさりと葉を踏む音が聞こえてルピアはそちらに視線をやる。


「どうした、ルピア」

「…おじさま」

「悩みか?」

「…これから、わたくしはどうしようかしら、と思ってしまったの。…一番の目標だった『カルモンド公爵』への道が…」

「閉ざされてないだろう、まだ」

「え…?」

「お前、頭が固いな」

「え!?」

「それに、やけに後ろ向きすぎる。どうした、お前らしくもない」


 くく、とジェラルドは笑うが、理由が分からないルピアは目を丸くして困惑している。

 どうやら、頭が働いていない様子の姪を見てジェラルドは苦笑いを浮かべ、問いかけた。ここまで短時間に思いつめるとは、余程色々な事を同時進行で考えてしまっているようだ。

 ルピアの性格上、仕方ないのかもしれないが、どうにも考えすぎなところのある姪に対し、言い聞かせるようにしてジェラルドは問う。


「考えてもみろ、お前の母親は?」

「元クア王国王女、ですわ」

「なら、だ。この国で公爵でなくなるとはいえ、クア王国に行けばまた違う道がある。それに、王位継承権は放棄しているといっても、元王族を軽い扱いなんぞできるわけないだろう」

「…あ、っ」


 母であるミリエールの実家、もとい出身地は『クア王国』。

 ミリエールは第六王女としての生を受け、側妃の子であるから王位継承権はほぼ無いに等しい状態であったのかもしれないが、余計な火種を生まぬようにと嫁ぐ際にミリエールは継承権を放棄した。それは書面にもきちんと残してある。

 だが、今回の一件でクア王国に身を寄せることが確定すれば、結婚して王国を出ていった王女が再度戻ってくる、ということだ。

 たとえ継承権を放棄しているとはいえ、ルピアとルパートがミリエールの血を引いている以上、何かしらに利用されかねないのでは、とルピアが考えているとジェラルドは続けて言葉を紡いだ。


「少なくとも雑な扱いを受けることはない。向こうへの移住が確定してから今後がはっきりするだろうが…。何せ、クア王国の現国王はお前の母であるミリエールを可愛がっていた王子の一人だったんだ。義姉上がこちらへ嫁ぐ際に継承権を放棄してはいるが、元王女を雑に扱うことがあってみろ。王室の品位が疑われる。それに、お前たち双子に価値を見出したらこの国と同等の地位を用意するだろうな」


 ジェラルドの言葉に呆然とするが、言われてみれば母の故郷に帰った際、おじ、おば達から何だかとてつもなく溺愛をされたような記憶もちゃんとある。

 ルパートも勿論一緒に可愛がられた。歳の近い子らが当時は少なかったために余計に、なのかもしれない。


「わたくしやルパートに…価値を見出していただけるんでしょうか…」

「価値ならとんでもないんだよ、お前ら双子は。お前が弱気になってどうする」

「買いかぶりすぎではないかしら?」

「…あのな、ルピア。どこの国に公爵家の跡取り教育と王太子妃教育を同時進行する娘がいる?」

「え? あの、ここに?」

「普通はな、そんな途方もないことできないんだよ。どちらかだけになるのに、お前は良くやった」


 あまり、ジェラルドからこうして褒められたことはない。

 次期公爵としての教育と王太子妃教育、両方やると宣言したあの時、ほとんどの周りの大人たちは『できもしないことを言うな、これだから女は』とバカにしてきた。

 ジェラルドも、表には出さないもののルピアのことを内心では見下し、『できるわけない』と笑っていた一人だ。

 だが、幼いルピアは弱音を吐かず、日々のハードすぎる教育を乗り越えていった。一日、二日、それがいつしか半年、一年、と長くなるに従い、ルピアを馬鹿にする意見は目に見えて減っていく。

 更に、教養を恐ろしい速度で身に付けながら、カルモンド公爵家の役割である国防も担うため、剣を始め、ありとあらゆる体術も着実に身に付けていった。


 時には疲労で気絶するように眠り、傷だらけになりながらも、ルピアは歯を食いしばり、一つずつ、着実に己のものへとしていった。


 それを、どうして馬鹿にすることができようか。


 次第に親戚も、家臣たちも、ルピアを応援していった。厳しく接しながらも息を抜く時には思い切り抜いて、子供らしく笑えるようにと、周りが支えたのだ。


 だが、そんな温かな雰囲気の身内同士の集まりを、国中の貴族全てが知っているとは限らない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、という勝手極まりない判断をしていたのだ。


 結果として、それが幸いしたのかもしれない。

 今回の婚約解消の件など、ルピア達の耳にはあまりはっきりと聞こえてきていないが、父であるアリステリオスが容赦なく色々とやっていることは知っている。

 ルピア本人は、これまで目標にしていた未来へ向けて歩みを進められるのだと思って嬉しい反面、今になって『これから』が不安になっているようなのだ。

 あまりに短期間に事が起こりすぎたせいか、さすがのルピアも少しだけ参っているらしい。だが、それをこうして見せてくれるのは心を開いてくれている特権でもある。


「…今までは、悩んでも口に出せなかったろう。だから、今こうして弱っていたとしても我らはお前の支えになろう」

「おじさま…」

「ルピアよ。今、悩んで悩んで、悩みぬきなさい。迷ったら声に出して、考えを整理しろ。己の中に留めてはならん」


 よく通る声で、大人らしくルピアを力強く導いてくれる存在に、純粋に感謝をした。

 一人ではなくて、良かった。そう思いつつ悩みをついでに吐き出し切ろうとしていたその時。ジェラルドはにかっと笑って続けた。


「まぁ、クア国王のことだ。なんだかんだ言いつつ、元王女のためにと公爵位くらいは用意するだろうからお前の勉強は無駄にならん!! あっはっは、良かったなルピア!!」

「は!?」

「ロッド国王、本当にミリエール義姉上が大好きだからなぁ…。もし何か試験のようなものがあったところで、お前さん達なら問題ないだろう」

「おじさま、根拠、ございまして?」

「根拠らしいものはないが、お前たちなら大丈夫だろう。良く頑張っているのを俺たち親戚もちゃあんと見てきたんだ。胸を張らんか!」


 あっけらかんと言われ、何だか毒気が抜かれたような、どことなくすっきりしたような感覚に襲われる。同時に、おじのジェラルドにはルピアは感謝をした。

 そして実際、ジェラルドの言うように話は大変順調に進んでいたので、噂をされているクア王国の国王は盛大にかの地の執務室でくしゃみをしていたのだが、それは国王の側近のみ知る事実である。

 クア王国の国王、ロッド=リ=クア。

 嫁いだ妹が自国に帰ってくることの嬉しさと、可愛い姪と甥までもがやってくる。加えて甥の婚約者までクア王国にやってくるのであれば相応の地位を用意しなければと思う一方、親族としての贔屓なしで彼らを判断せねばならない。

 国王として、無駄なものを国に受け入れ、無駄な混乱を招くことも避けなければいけないのだ。


「さぁて、単なる淑女であれば…我が国に必要とはされんぞ、ルピア。そしてルパートよ」


 手にしていた身辺調査書をぱさりとデスクに置いて、ロッドは移住してくるであろう妹家族との久しぶりの対面に心躍らせる。

 国王として、彼らがどのように役に立つのか見極める必要があるが、それに対して合格点なのであれば()()()()()()()()()()()()()()

 役に立たなければ、適当な爵位を与え、王家との関わりを持たせないまま貴族として暮らしていけばいい。


「アリステリオスは我が国でも指折りの強さであるからな。だが、彼の強さが健在かまでは分からんからな…」

「陛下」

「すまんすまん、だがな、俺は国王なんだ。…役立たずを重用してやる義理など、無いんだよ」


 そう言って、改めて調査書を見る。


「さぁ、身内としてではなく、いち貴族として我が前に早く来い、カルモンド家」

完璧すぎる令嬢が身内の前でだけは、ちょっと気を緩めるとかそういうのが大好きなんです…!

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