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二十一話:怒りが向かう先と、向けられた先②

 自分の友達。それは、学院に入学してから、貴族だからと分け隔てなく接してくれていた平民出身の子であったり、伯爵家と付き合いのある商家の令息、令嬢だったりと様々だ。

 だが、ルピアはどうなのか?

 一方的に、さらに勝手にファルティの『ライバル令嬢』に選ばれ、そしてシステムによって己の自我をほぼ奪われた状態で、『主人公』の邪魔をしないように動かされていた、未来ある公爵令嬢。

 そのルピアが、王家からも離れ、ファルティからもリアムからも離れて歩き出している。神の意志(システム)曰く、『解放』した、ということらしい。


「なんで、そんな勝手な…」


《勝手?はて、何が勝手でしょうか?》


「私は!私は了承してない!」


《何故?》


「ルピアは、私と一緒にこの国を良くする役割を持っているんじゃないの?!」


《大団円エンドを迎えていたら、そうなっておりましたね。でもあなた…()()()()()()()()()()()


 黙るしかできない。

 ファルティは、仲良くなったつもりだっただけで、数値面しか見ていなかった。結果がこれだ。


「っ……こ、公爵令嬢ともあろうものが、王家に静養先を告げないなんて!」


《婚約者を奪ったあなたが言っても、説得力などあるわけないでしょう。ご理解できませんか?》


 困ったものですねぇ、と。ファルティの顔で、声で、嘲笑う。奪ったお前が何を被害者面しているのかと。既に王太子リアムの婚約者ではないルピアが、どこへ行き、何を考えようと自由なのだ。

 王都に居ては、心無い噂がルピアを傷つける。だから、王都から離れるし王家とも距離を置く。その間、ルピアは本来進むべき道へと走り始めている。


「どうやったら…、どうやったら大団円になるのよぉ~…」


 子供のように泣き始めたファルティに対し、神の意志(システム)は呆れたように告げた。


《あなた、ルピアからルパートを紹介されていないでしょう?ルピアを心から尊敬している彼の関心を得られてこそ道は拓かれるものだったのに…。きちんとこちらはやるべきことリストにも載せておりましたよ》


「っ、うぅ…っ、……う~…」


 言われることは真実ばかり。

 ついうっかり飛ばしてしまった身内の紹介イベント。これがそんなに大切だったなんて、と泣きじゃくるファルティを見る目は、無機質というよりも最早一枚の止め絵のようですらあった。

 吐く必要のない溜息を盛大に吐いて、更に続ける。


《あなたは我らから見てもとても良きヒトであったのに…失敗してつまずいて転んだらこの有様…》


「戻して…」


《はい?》


「時を戻しなさいよ、この欠陥品!戻したら、次はもっとうまくやるから!」


《はぁ…良いですよ?》


「え、本当に?!」


 投げやりに叫ばれた内容を、あまりにあっさりと快諾され、一瞬目を丸くするファルティだったが、次いだ言葉に表情を無くした。


《あなたが、焼け焦げた肉を焼く前に戻せるというのであれば、わたしも時戻しをやってみせましょう》


「………そ、っ………そんなこと出来るわけないでしょう?!」


《分かっているではありませんか。できっこないんです》


 口調はどこまでも優しい。

 聞き分けのない子どもに言い聞かせるように、けれど、大人ゆえに容赦などしない。

 話している内容はファルティの心を容赦なく抉りとっていった。


《読み終わった童話に続きがないからと癇癪を起こさないでください。進むべきは、見るべきは、『未来』ですから》


「じゃあ…どうした、ら、いいの…?」


《あなたはこのまま王妃になるべく、もっともっと精進されるといい。…それを、一人の令嬢から奪ったのだから》


 そんな、と泣いても喚いても今進んでいるこの『現実』は止まらない。

 ここまで言われてやっと気が付いたのか、と呆れるような表情を向けられているとは知らず、ファルティは呆然と床を眺めている。一瞬ルピアを恨みそうになったが、それは筋違いなことも理解している。

 理解しているつもり、なのだ。どこまでも。

 御伽噺の終わったあと。終わりの続きを歩んでいるという自覚がファルティには無さすぎた。

 今、こういう状況をある意味で()()()()とはいえ、選び、歩んできたのは紛れもなくファルティ自身。ルピアはそれに対して『ライバル令嬢』という立場で無理矢理に付き合わされた存在。己の野心を追いかけるばかりに、一人の令嬢の未来を狂わせてしまっていることを、ファルティが()()()()理解をしなければいけない。こうして神の意志(システム)からの言い方が嫌味のように聞こえ、更には不満なのだとしても受け入れなければならない。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇



「姉さん……姉さん!」

「…あら…わたくし、ったら…眠っていたの…?」

「お疲れだったんですわ、お義姉様。大丈夫ですか?少しうたた寝されていたようですわ。ただ…顔色が…」

「…おかしな夢を見た、気がするわ…」


 おかしな夢?とルパートとヴェルネラは首を傾げる。

 馬車の中で、気を許せる人しか乗っていないとはいえ、ルピアがうたた寝をすることはとても珍しい。

 それに加えて、うたた寝をしながらとても顔色が悪かったのだ。ルパートとヴェルネラは心配そうにじっと見る。

 馬車酔いをしたのか、と問われても首を横に振るルピア。


 うたた寝をしていたほんの少しの間、ルピアは夢のような何かを見ていた。恐らく夢だとは思うけれど、あまりに現実離れをしている内容。

 自分が王宮の、王太子妃の部屋にいて、ファルティと誰かが話している光景を、立ったままでずっと見せられていたようなものだった。

 ルピア自身は馬車の中にいて、静養するための場所へと向かっている真っ最中。そんなところに行けるはずはないし、王太子妃にはファルティがなっているので、もう興味の欠片も持っていない。

 むしろ、これから先の未来をどうするのかを考えなければいけない。次期公爵としての道があるかと思いきや、母の祖国へと移住する計画も持ち上がりつつある中、静養へと出発する前に父や母からは選択肢が増えたと思って色々な可能性を探ればいいとも言われた。

 それなのに、何故、あんなものを見たのだろう。


「姉さん、おかしな夢、って?」

「夢、というか…えぇと、映像のような、もの?を見せられている、というか…」


 歯切れが悪く、要領を得ない言い方に、ルパートもヴェルネラも困惑したような顔になる。

 やはり体調が悪いのではないだろうかと思い、併走してくれているおじに連絡しようとしたが、ルピアが慌ててそれを止めた。

 気遣うようにこちらを窺ってくれたおじには、ルパートが笑み交じりに『何でもないよ』と首を横に振ってみせると理解してくれたようで、再び視線を前へと向ける。


「…姉さん?」


 ルパートの手首を掴んだままのルピアに問いかけると、意を決したように小さな声でルピアがぽつりと零した。


「夢、の中で…あの子が、何かと、言い争いをしていたの」

「あの子って?」

「…ファルティ=アーディア」


 その名前に、ヴェルネラとルパートに、一気に緊張が走る。

 あいつのせいで、ルピアは未来のひとつを奪われてしまった。いくら気にしていない、大丈夫だと言っても噂の好きな貴族達はこぞってルピアを笑いものにしているのも知っている。


「あいつが…何?」


 少しだけ怒気を含んだ声音で、ルパートは問うた。


「何か…問い詰めているようだったの。わたくしとファルティが、揃ってこの国を良くするという役目がある、だとか…わたくしとファルティが…親友、だとか…」

「お、お義姉様、あの人とお友達でしたの?!」

「まさか! そんな訳ないわ!」


 ヴェルネラの問いかけに対して慌ててルピアは首を横に振った。


「意識がよく分からない『システム』とやらに乗っ取られたような不可解な状態になって、いつの間にかあの人が隣にいるようになっただけよ! 卒業して、わたくし慌てて自分の友達には連絡を取ったわ。そうしたら皆もおかしいと思っていてくれたようなんだけど…」

「そ、そうですわよね…」

「とにかく、あんな子は友達でもなんでもないわ。夜会で多少顔を合わせる機会があったけれど…仲良くしたい人や家同士の繋がりがある人、貴族としての付き合いはそんなにも簡単なものではないんですもの」

「…まぁ、そうですわよね」

「えぇ。一方的に知っていることを『友達』などと呼ぶのであれば、誰でも彼でも『友達』になるじゃない」


 それもそうか、とヴェルネラもルパートも頷く。


 だが、気にかかることは増えてしまった。ルピアが見たという先程の『夢』の内容。もしかして、『システム』とやらが何かをやって、ルピアを操っていたとして、ファルティが()()させていたのであれば。主たる原因でなくとも、原因のひとつである、と仮定するならば…。


 同じ考えに辿り着いた馬車内の三人は、誰が、というわけではなく顔を見合わせた。


「あのファルティっていう女、何をやってくれてたんだよ…」


 誰かに問い掛けるでもなく呟いたルパートの声は、馬車内で消えたが、ルピアは忌々しそうに顔を歪めた。

 一年もの間、自身の思考がほぼ奪われ、何故かファルティには友達面された状態で迎えた先日の結婚式。王太子妃にならなくても良いのは好都合だったが、記憶消去の術による心身への負担。

 思いもよらない形とはいえ、本来の道に戻れ、更には他の道もあるかもしれないということ()()()()感謝する。


 気にしないようにはしているが、王都にいた間に聞こえてきたルピアを嘲笑う話の数々は到底許せるものではない。


 家を継ぐ=次期公爵。そう思っていたが、ルピアの中にもう一つ、案が浮かんだ。

 もしも、移住が実現したならば…。

 静養先から戻らず、移住先での未来を歩むことになるのであれば…。


「(次期公爵、ではないにしろ…進む先の幅は広がりそうね)」


 忌々しいという感情に支配されそうになっていたが、頭をすぐに切り替えようと緩く首を横に振る。


「(要らないものとは、早々に決着をつけるようにしなければならないわ)」


 いずれ、国に別れを告げる時はルピアはカルモンド家の次期当主として改めて国王達に挨拶をすることになるだろうと推測される。移住をしたら、『公爵』という立場ではなくなるだろう。


 静養している内に、考えることが増えたな…と思いながらルピアは流れる景色を眺めたのであった。

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