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二話:違和感だらけ

「システムからの、解放…ねぇ」


 ルピアは少しだけ眠っていたらしく、体調は楽にはなっていた。気遣ってのことなのか、護衛のアルフレッドも今は室内にいない。

 だが、それよりも先ほどのあの無機質な声と何かが割れるような音は何だったのだろう。考えてもいまいち分からないが、ゲームがどうとか言っていたな…とルピアは身体を起こしつつ考えてみる。


 ゲーム、つまりは遊戯。


 更に意味が分からなかったのは『システムからの解放』とか何とか言っていた台詞のようだが無機質な棒読みのあの声。解放、が意味するところもよく分からない。

 身体を完全に起こし、ベッドに腰かけた状態で状況整理をしてみる。


「そもそも、システム…?って何なのかしら」


 うーん、と思わずうなり声が出てしまう。

 聞きなれない単語と、人ではないと思われるあの声。分からないことだらけでしかない。


「…システム…システム、ねぇ…。ダメだわ、何も思い当たらない」


 何を意味するのかは分からない。だが、少なくとも何か煩わしいことから解放されたのは事実なようだ。

 ファルティのことを大切だと思っていた、あの奇妙な感覚が完全に消え失せている。

 そもそも、彼女は親友でもなんでもない。たまに図書館で遭遇して、机がいっぱいだったときに相席して一緒に勉強をするというくらいの仲。


 伯爵家令嬢にして特待生、というのは知っているけれど、その程度。

 そもそも、ルピアが親友と呼んでいる人間は相当少ない。心の内まで曝け出せる人など片手で足りるくらいだ。

 あとはクラスメイトとして程々に親しかったり、あるいは親同士の仕事の関係で親しくさせてもらっている令嬢たち。

 貴族令嬢として本音と建て前を使いこなし、人間関係の広げ方も知っておかねばならなかった。未来の王太子妃となるべく、だ。

 だが、ファルティが王太子と()()になって、あっという間にルピアと王太子の婚約関係が解消されてしまった。

 王命により結ばれた婚約の解消。ただしあまりに一方的ということで、公爵家には結構な額の賠償金が支払われたとは父から聞いている。

 カルモンド公爵家令嬢として思うのは『そんな簡単に王命を覆すのか』ということ。王太子妃教育の中で得られた知識、身に付けたマナーに関してはむしろお礼を言いたいくらい。

 とはいえ後日、王太子妃教育で知り得た王家の様々な事柄に関しては、記憶消去が行われるらしい。

 そして何故か、()()()()()ファルティの補佐をしてほしいとか言われていたような気がするが、こちらについてはお断りだ。手を貸してやる必要を感じない。

 本来の婚約者からその立場を自分の意思で奪ったのだから、どうにかしてもらわないと困るのだ。

 それくらいのこと、考えれば分かるだろうに…と誰もいない室内で盛大にルピアは息を吐く。


「わたくしの記憶、さっさと毒なり魔法なりで消してくれないかしら」


 そう呟いていると、部屋の扉がノックされる。コンコンコン、と三回。結構な早さで。


「どうぞ」


 外にも聞こえるように大きな声で入室を促すと、急ぎ足で室内へとやってくる父と母、そしてアルフレッドの姿があった。


「お父様…お母様…!え、えぇと…アルフレッド、貴方が…お二人を…?」

「はい。披露宴は終わりましたし、何よりお嬢様の体調が優れない旨を早く公爵ご夫妻に申し伝えねばと思いまして…」

「あ、ありが、とう…?」

「あぁ…っ!わたくしの可愛いルピア!」


 ルピアがアルフレッドに、お礼を言い終わるが早いか、というタイミングでカルモンド公爵夫人ミリエールは、己の娘をぎゅうっと抱き締めた。


「さぞや悔しかったでしょう…!本来ならば貴女があそこにいるはずだったのに…!」

「お、お母様?!」

「王太子殿下も国王ご夫妻も、本当に馬鹿げたことをしてくれたものだわ!」

「あの!お母様!」


 娘の叫ぶような声にようやく我に返ったミリエールは、あらいやだ、と小さな声で恥ずかしそうに呟く。

 カルモンド公爵夫人は、心を許した相手や家族の前ではついうっかりこうした場面を見せてしまうことがある。だが、これまでの母親を思い出してみたルピアだったが、今まで自分に対してこんな姿を見せたことなど無かったから戸惑いが勝っていた。


「一体どうなされたというのですか…。わたくし、婚約解消に関しては気にしておりませんわ、本当に。えぇ、心の底から」

「え?」

「え?」


 最初の『え?』がミリエール。

 次の『え?』がルピア。


 ここまで現カルモンド公爵であるルピアの父、アリステリオスは特に何も発さずに我が子と妻の様子を窺っていた。

 というのも、学院生活を送る娘が人形のような無感情な顔をすることが多くなっていたからだ。

 ルピアを『淑女たれ』と教育してきたのは公爵家に代々仕えてくれている教育係の侯爵家夫人だ。

 そして、その夫人からルピアの評判はすこぶる良い、のだが。


「ルピアよ」

「はい、お父様」


 アリステリオスが名前を呼ぶと、しゃんと背筋を伸ばし真っ直ぐにこちらを見てくる娘。こうして見ていると、あの学院に通っていた間だけ何かしらの魔術にかかってしまっていたのではないか、と錯覚してしまう。


「今の気分はどうだ」

「婚約解消に関してはお礼を、体調に関してということであれば…あまり、良くないですわ」

「だろうな。顔色が悪すぎる。ミリエール、アルフレッド、帰るぞ。アルフレッドはルピアを護衛せよ」

「はい、貴方」

「かしこまりました、旦那様」


 簡潔な問に対する簡潔な答え。

 それだけで良かったのだ。

 父として、ルピアのことが心配でたまらなかったが、立場というものもある。だが、もうそんなもの投げ捨ててでもこの娘を守ろうと、そう思う。

 だが、ルピアもそこまでやわでは無い。


「アルフレッド、手を貸してちょうだい」

「はい、お嬢様」


 ふらつきながらも立ち上がり、アルフレッドが差し出した腕に自分の手を乗せて歩き始めるが、歩みは遅い。それどころか足元はふらついている。

 一体どうすれば、ルピアはこのようになってしまうのだろうとアリステリオスは考えるが、思い浮かばない。

 たとえ体調が悪くとも、足をひねっていても、痛みや辛さを顔に出すことなく公の場をこなしていた、大切な愛娘。勿論ながら早く傷が治るように、体調が良くなるようにと治癒術士の派遣も怠ることはなかった。


「ルピア」

「は、はい。…っ、歩くのが遅く、誠に申し訳ありま………きゃあっ?!」


 有無を言わさず、アリステリオスはルピアの体を抱き上げる。抱き上げられた当の本人は顔を真っ赤にして狼狽えていたが、ミリエールに『駄目よ、今は甘えなさい』と優しい声音で言われてしまい、頷くしかできなかった。

 重くないのか!と慌てているルピアの心情に反し、カルモンド公爵家は軍人の家系でもある。昔、王弟が騎士団長として王国に仕えていた際の血の流れを継承しているので、アリステリオスも代々のしきたりに従って王国騎士団長として思う存分力を発揮している。

 鍛錬は怠らないため、四十二歳ながらもアリステリオスの筋力はその辺の成人男性より遥かに強いし逞しい。そんな父に抱き上げられ、王城内をずんずんと進み、周りの貴族のぎょっとした眼差しをむけられながら、家紋のついた馬車まで辿り着いたのであった。

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