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十五話:出発前

「ルピアお嬢様の荷物はこれで全てか?」

「お待ちください、後もうひとつございます!」

「ルパート様のお荷物は!」

「こちらにご用意完了しております!」


 ドタバタとしながら侍女や執事、様々な家令の人が荷造りしたものを馬車へと積み込んでいく。

 学院に通うために首都にある屋敷に住んでいたが、ここではルピアは『王太子殿下と、現・王太子妃殿下の真の愛に敗れた哀れな令嬢』扱いをされる。それも何だか癪だし、ここから離れることであの二人から物理的な距離を取らねばならない。先日襲撃してきた馬鹿二人に関しては父や母が容赦なく、ヴェルネラも加わりトドメを刺した、と聞いている。彼らにではない、彼等の『家』に対してだ。

 来るな、とは言っていたのに親である男爵達が謝りに来たが、勿論のこととして門前払いをした。相当慌てて来たらしいが、謝るくらいなら最初から人様に迷惑をかけるような息子に育てるな、とアリステリオスに一蹴された。一縷の望みを、という思考回路からの行動かもしれないが、遅すぎる。

『この国の貴族は、こちらの言うことを理解出来る脳みそが無いのだろうか…』と、割と本気でアリステリオスが呟いていたが、国王も似たようなことをしているのであながち間違いではないのかもしれない。

 ルピアはそれを聞きながら『もしかして、あのシステムとやらが何かしら影響しているのかも…』と思いはした。それはルパートやヴェルネラも同じだったようで、三人で顔を見合わせてしまった。


 荷造りがされ、いよいよ明日の朝から少し長い旅路が始まる。

 ヴェルネラの提案を受け、カルモンド公爵領からぐるりと大回りではあるものの、アルチオーニ伯爵領へと。

 ルピアの静養先に関して、『首都では無い』とアリステリオスは伝えている。更に、『娘がこのまま首都にいると心無い言葉に傷付いてしまいかねない』とまでも言っている。国王夫妻と王太子夫妻に遠慮なく釘を刺したのだ。

 ここまで言ってもなお関わってくるようなら、脳みそが詰まってない、もしくは人の話を聞く耳を持ってないとしか判断せざるを得ない。

 ルピアが将来のことを考え、基礎的なトレーニングを復活させて勤しんでいる間、父も母も、双子の弟であるルパートも、色々な方面に働きかけてくれた。ルパートの婚約者であるヴェルネラも、各方面に手を回して力になってくれている。

 一人ではなくて、良かった。心の中で言ってから、その日もトレーニングを開始しようと中庭に歩いていく。

 ちょうど鍛錬をしているアルフレッドを見つけると、邪魔をしないように近づいて行った。


「アルフ」

「お嬢様、これから鍛錬ですか?」

「えぇ。室内だとできる動きも限られているでしょう?」


 素振りを止めたアルフレッドは汗を拭いながらルピアの声に応える。

 あの男爵家子息達の襲撃時は、アリステリオスから言われて遣いに出ていたせいでルピアを守れなかった。それを悔やんだこともあるが、ルピアが『人の護衛を勝手にお使いなどにやらないでくださいまし!!』と烈火の如く怒ったのは言うまでもなく、ミリエールにも『何を考えているんですかお馬鹿!!』と叱られた。

 肝心な時にいない護衛など何が護衛か!と更に愛娘と愛妻から怒鳴られ、しょんぼりしていたところに『いや父上、言われて当たり前のことしてるからさぁ』、『おじさま…それはよろしくないですわ…』と更なる追い打ちを食らったアリステリオスは、身内以外では見ることが叶わないくらいに更にしょんぼりとした。

 まさか偶々、あんなにも偶然が重なるか?と言わんばかりのタイミングの悪さは、ルピアも何かしらあるのではと勘ぐったりもしたものの、単なるタイミングが悪すぎたということで一同納得した。一応。

 これまでもアルフレッドを遣いとして借りたことはあるものの、このようなことは起こらなかったが故の軽さだったろうが王太子夫妻の結婚式から色々あり過ぎてしまっているので、用心し過ぎに越したことはない。改めてカルモンド公爵家、使用人含めた一同は全員で認識を一致させた。


「お嬢様をお守りできず、申し訳ございませんでした」

「次からは貴方も断りなさい。誰が、誰の護衛なのか理解していないなら、即、護衛を変えますけれど」

「いえ。公爵閣下のご命令とはいえ、わたしは従うべきではありませんでした」

「理解しているのならば、まぁ良いわ。…良くないけれど」


 矛盾しているわね、と笑いながらルピアは手にした細身の木剣を構える。


「アルフ、貴方ならどう思う?」


 ひゅ、と鋭い音を立てて振り下ろされる木剣。

 動きに一切の無駄はなく、ルピアの視線はまっすぐ前。


「自分の意識が、知らないうちに誰とも分からぬ輩に乗っ取られ、その間にあるべきだった未来が奪われる…ということを」


 何が誰に、どうやって起きていたかは明言せず、ルピアは問いかけた。


「けれど、奪われた未来よりも…自分のやりたかった目標の未来がやって来る。…ねぇ、どう思って?」


 幾度か素振りをし、すぅ、と構えを変えた。剣の教師から習った型を、一から順にこなしていく。声には出さず、いち、に、と数えられるような一定のリズム。狂うことないリズムなので、見ていて飽きない。ずっと目が奪われてしまう。

 武闘は舞踏にも通ずるような何かがある、とは誰が言っただろうか。そう思いながらアルフレッドはルピアの動きをじっと見ていた。

 そして、ふと我に返り問いかけに答える。


「わたしならば、恐らく奪われた未来の事を憂うでしょう」

「……そう」

「ですが、本来やりたかったはずの、目標としていた未来が奪われていないのであれば、気持ちを切り替えます。失われた時は戻りません。憂う暇がもったいないかと」

「……そうね」


 ふふ、とルピアは笑う。


 アルフレッドも心配していた。己の主が、何やら濁ったような奇妙な目で、何を聞かれても人形のようにしか動かず、答えず。

 公爵家令嬢としてあるまじき姿であるにも関わらず、何故だか周りはそれを当たり前に受け入れすぎていた。勿論、自分自身も。

 心配な気持ちと『別に大丈夫だろう』と相反した気持ち悪い想い。それがなくなったのは、ルピアが正気に戻ったであろうあの日。

 王太子と王太子妃の結婚式があり、祝いの言葉を男爵家令息達に強要されていた姿を見て、アルフレッドの中で何かが弾けようとしていた。

 彼が動こうとしたまさにその時、ルピアの目に一気に力が戻ってきた。その瞬間、アルフレッドも何かが弾けたようにして我に返る。いや、そもそも正気を失っていたわけではないのだが、表現として『正気に戻った』というのが一番しっくりくる。

 ルピアの目に光が、力が戻り、自分のことをルピア自身の意思で呼んでくれた。『あぁ、いつものお嬢様だ』と安心したけれど、その後ルピアは嘔吐し、倒れ、そして静養することを決めるに至った。

 今こうして、剣を振るうまでに回復したことが嬉しく、ほっとしたのだが、従者としても感情を分かりやすく表情として出してはならぬ。そうやって己に言い聞かせ続けられたおかげで、緩みそうな表情を隠したが、急いで公爵夫妻に知らせつつ馬車の手配をした。

 アリステリオスに抱き抱えられ恥ずかしがってはいたようだが、今思い出してもルピアの顔色は悪かったし、父としてアリステリオスが取った行動は何らおかしくない。

 これを見た貴族や王家の人間は相当驚いたというが、これが普通。ルピアが恥ずかしがったのは、『いい歳して抱っこされて移動していたのが恥ずかしい。人目があったから余計に恥ずかしい』ということなのだ。

 他の貴族の間では、このカルモンド公爵家の家族仲は冷えきっているという認識のようだが、それはとんでもない間違い。

 跡取りであるルピアを守るため、いや、ルピアでなくこれがルパートだったとしても同じ行動を取っただろう。

 カルモンド公爵家、そして分家も表には見えなくとも家族仲、親族仲はとても良い。悟られないようにしているからこそ、今回の行動の早さにも繋がった訳だが。


「お嬢様、荷造りがもうすぐ終わります。あまり動きすぎないよう」

「はいはい。…動かないと体が鈍ってしまって仕方ないんだもの」

「お気持ちは分かりますが、アルチオーニ領に向かわれてからでもよろしいかと」

「…んもう」


 ひと通り型の動きをこなしたかったのに、とボヤくルピアだが、アルフレッドの言うことも一理ある。

 だが、体の調子が戻れば動かしたくなるのも理解しているので、アルフレッドもあまり口酸っぱくなりすぎないようにしておいた。疲れが残った状態で馬車に乗るよりは、きちんと眠って万全の状態の方が勿論良いに決まっている。


 万全の体制でもって、出発の準備はなされていく。

 物理的に王家を遠ざけるため、久しぶりのカルモンド公爵領地を経由して、アルチオーニ伯爵領へ。

 ルピア自身は王太子妃として生きる道が無くなったため、ほとぼりが冷めるまで王都を離れ、公爵としての勉強を改めて進めるのも良いだろう。

 そう思いながら額から垂れ落ちてきた汗をルピアは拭った。


 まだまだ分からないことが多すぎるが、噂が届いてきて五月蝿い王都にいるよりは落ち着いて考えることができるだろう。ファルティやリアムも、そう容易には手紙をおくってもこれないだろうと追加で思ってから、屋敷の中へと歩いていったのであった。

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