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十二話:守るためならば

 はぁぁ、ととてつもなく深い溜め息が零れる。

 執事のジフから公爵家に来ている連絡の詳細の報告を受けたアリステリオスは、本格的にこの国を見捨てようかと考え始めていた。ルピアの婚約をあっさりと解消された時にも思ってはいたのだが、まだ改善の余地があるのかと躊躇していたが、そろそろ遠慮する必要は無さそうだ。

 国王から届いた、ルピアの記憶消去を行った行動に関する抗議文。内容は予想通りといえばそれまでのもの。

 どうして王家立ち会いの元行わなかったのか、依頼していたのに王太子妃にどうして協力してくれないのだ?意地をはっているのではないのだろうか、というものだったのだが、それを見たアリステリオスは鼻で笑っただけだった。

 そして、国王に謁見を早急に申し込み、招かれた部屋に入り、双方着席してから先に口を開いたのはアリステリオスの方。


「国王陛下が先に約束事を破られましたので、そうしても良いものだと思いまして。いやぁ、責められるなどとは思いもよりませんでしたな」


 はっはっは、と朗らかに笑っているアリステリオスだが、目の奥には怒りが込められている。

 約束事、というよりも国が望んだ婚約を一方的に解消しただけではなく、次の王太子妃に対して協力しろと役割を押し付けてこようとした。

 公爵として、というよりも『親』として許せるものではなかったのだ。だから、公爵として咎められようとも家族を守ることの方を優先させたのだ。


「娘を守って何が悪いのでしょうか?」

「だ、だが、こちらの要請に対してあまりにもそなたは不誠実であろう!」

「陛下、婚約を当家に命じてきたときと婚約を解消したとき。あれらは不誠実ではないとおっしゃいますか?」

「ぐ、…っ」

「当家との繋がりを求め、我が娘に望まぬ婚約を押し付け、殿下が優秀な娘と恋仲になった。だからその気持ちを優先したいと言ってきたのは、どこのどなたでしたか?」


 淡々と告げ、未だに王太子妃に協力しろと言ってくる国王の態度に関しては嫌悪感を隠さず、問うてくるアリステリオスの怒りの大きさを国王は舐め切っていた。

 ルピアに対して行われていた次期公爵としての当主教育なども含め、相当厳しく接しているのを見ていたし、周囲も『幼子にあのような苛烈な教育を…』と囁き合っていたからてっきり『公爵家の親子関係は冷え切っている』と思い込んでいたこともある。

 これは王妃や王太子であるリアムもそう思い込んでいた。だから、王太子妃候補にルピアが選ばれることは家としての誇り、本人の誉れとなるのだとも決め付けていた。

 実際は全くそれとは異なっていた。

 王家の人間は知らないが、王命の婚約、という言葉を聞いて自分の状況をじわりと理解したルピアは、親戚一同、更には両親や使用人達が居る前でみるみるうちに真っ青になり絶望し、わんわんと泣き喚いたのだ。『嫌だ』、『私はカルモンド公爵になる!』と、今では考えられないほどに王太子妃候補としての役割を嫌がった。だが、『王命』という言葉の意味もきちんと理解した後のルピアが、考え抜いて諦めきれず、父と母にこう告げたのだ。


『いつか、もしもその日が来たら、私を当主にしてください。どれだけ辛くともやり遂げますから』


 言葉は少なくとも、泣き腫らした目元が真っ赤になっていようとも、心の奥に秘めた思いは残して決意した。

 そして、今その日が来ただけという話。父であるアリステリオスは娘の願いを叶えるべく動いた。


 ただ、それだけだった。

 それの何が悪いのだろうか、と白々しく問いかけると国王は顔を真っ赤にしてアリステリオスを睨み付けてくるが、痛くも痒くもない。どうせこの男も公爵家の家族関係を勝手に推測し、ルピアを取り込もうと画策していただけなのだと思うと笑いが更に込み上げてくる。


「優秀なのでしょう?王太子妃様は。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 自分たちが自信満々に言った言葉が、ことごとくアリステリオスによって返される。そうだ、確かにそう言って簡単に婚約を解消とする手続きを進めた。進めたのは誰か?他ならない国王と王妃、王太子だというのに今はこうしてそれを批難する国王。自分がやったにも関わらずそんなことをしている、という事を今更ながらに理解したらしい。青くなったり赤くなったり、目をぱちくりさせたりとまぁ忙しくしている。

 だが、おっさんの表情がぐるんぐるんと変わるところを見て何が楽しいのか、とアリステリオスは何ともいえない顔になった。


「ご自身らが言ったこと、行ったことが、高位貴族の反感を買っておられることも理解出来ておらぬのであれば、ここ一年間を振り返られると良い。…あの王太子妃様に熱を上げているのは、王立学園で彼女の取り巻きをしていた者たちくらいですよ」

「ま、まて公爵、どこに行くのだ!」


 よいしょ、と立ち上がったアリステリオスを止めようとする国王だが、その言葉も伸ばした手も、届くことは無かった。返ってきたのは拒絶反応。


「もう、この国に居ることに意味を見出せません。娘への仕打ちだけで、と言われるかもしれないが…」


 とことんまで下がりきった部屋の温度に、国王が身震いをした。


「…我が家はね、陛下。貴族の皆々様が思うよりも仲が良いのですよ。例えば、娘のために国を捨てようと思うくらいには、わたしも妻も、そして使用人達もルピアが可愛くて仕方ないのですよ」


 微笑んでいるのに、国王へと向ける眼差しには温度がない。

 愛娘を守るためならば何でもしてみせるほどの気概と、それを実行に移してしまえるほどの財力もある。

 更に、アリステリオスには自分の一番近しい人が何より最大の味方なのだ。彼女も、それを使ってしまうことに躊躇はなかったし、同時進行で連絡を取ってくれている。


「こ、ここを出てどこに行くというのだ!」

「…おや、わたしの妻の実家がどこにあったのか、それもお忘れですか」

「ま、さか」


 にぃ、と笑うアリステリオスは聞こえやすいようにと少しだけ話す速度をゆっくりにした。


「ええ、妻の実家も賛成してくれているのですよ。爵位などどうにでもしてやるからこちらの国へと来るように、と言ってくれておりますのでね」


 ミリエールの実家にして祖国である、『クア王国』。ミリエールはクア王国の元王女であり、継承権こそかなり下位ではあったが、兄や姉たちと年が離れていたこともあり大切に育てられてきた。

 アリステリオスが公爵家の長男であったため、国同士の交流会の場で二人は出会い、ミリエールがアリステリオスに一目ぼれをして王国から降嫁してきたというわけなのだが、ミリエール自身はクア王国での継承権は嫁ぐ際に完全放棄をしてきた。だが、婚姻時に父や母、兄姉たちから『何かあった時はいつでも祖国を頼れ。遠慮をするな』と言われていたのだ。

 ミリエールは躊躇することなく、現王である兄に助けを求めた。ルピアの身に起こったことを全て、何もかも話したうえで移住をして良いかどうかの伺いを立てたところ二つ返事で許可された。あっという間に。

 ルピアもルパートも、クア王国の言語は問題なく喋れるし、国の水準は今住んでいる王国と差異もない。

 住む場所が今の国から母の祖国に移るだけ、という認識でしかない双子は、母からの提案に迷うことなく頷いたし、ヴェルネラはヴェルネラで『ルパートとの婚約が解消されるというわけでもないので問題ございませんわ』とこれまた簡単に了承してくれた。

 クア王国側では、他国に嫁いだ王女が帰ってくるという事で貴族たちがざわついたものの、帰ってくる本人が『王位継承権?そんなもの不要です。平和に暮らせればいいので』としっかり手紙に書いて送ってきたうえに、その内容を公開するように現王・ロッドに申し出ていた。不満を抱いたものにはその手紙を遠慮なく見せてくれ、とも伝えていたのだ。

 とりあえず帰国後の仕事と身分が保障されていればあとはどうにでもする、という内容も記載しておいたのが良かったらしい。

 反対が大きくなることもなく、そのまま受理されて受け入れ準備が着々と進み始めたというわけだ。とはいえ時間はそれなりにかかってしまうことには変わりない。

 それまでルピアは静養し、引っ越しやらの準備をしようというわけなのだが、国王の顔は可哀想なほどに真っ青になってしまっていた。


「そなたの妻は…」

「クア王国の元王女です。おや、お忘れでしたか? 移住後、仕事ができて、家族で平和に過ごせればそれだけでいい」

「だ、だがそなたらが出ていけばカルモンド家の親戚も全て!」

「出ていくかどうかを決めるのはわたしではなく、当家の親戚たちですので」


 ここを去るまではきちんと仕事をしますよ、と付け加えた後、声のトーンを変えてアリステリオスは続けた。


「…そうそう、王太子様と王太子妃様は、しっかり止めておいてくださいね? 言いつけを破って我が家にやってこようとすれば、それ相応の()()をさせていただきます。えぇ、当家に襲撃を仕掛けてきた男爵家たちのように、ね」


 公爵家に襲撃をしてきたあの二つの男爵家は、容赦なく潰した。どうやっても再興などできないほどに徹底的に。加減などしなかった。


「最初に当家を不要ともいえる対応をしたのは、貴方方だ。それを、お忘れなきよう」


 国王に背を向け、アリステリオスは退室した。

 残るは、何も言い返せずに事実を受け入れることしかできない国王と、その側近。


「…間違って、いたのか…」


 その呟きを拾うものも居なかったし、是か否か、応えてくれるものも居なかった。

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